第13話 地方
王都から離れるほどに、道は荒れていった。
石畳は途切れ、土の道に変わる。整備されていたはずの街道も、ところどころ崩れ、車輪が深く沈む。
馬車が大きく揺れた。
御者が舌打ちをする。
「……ひどいな」
小さく呟く声が、外から聞こえた。
エレノアは何も言わなかった。
窓の外を見る。
枯れかけた畑。
手入れの行き届いていない水路。
人影はあるが、動きが鈍い。
それだけで分かる。
――回っていない。
王都だけではない。
この領地もまた、歪んでいる。
「到着いたしました」
やがて、馬車が止まる。
扉が開く。
エレノアはゆっくりと外に出た。
目の前に広がるのは、ヴァルディエ侯爵領の中心地。
本来であれば、活気に満ちているはずの場所。
だが今は――
静かだった。
人はいる。
だが、動きが少ない。
声も小さい。
どこか、諦めたような空気。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
出迎えたのは、領地の管理を任されている代官だった。
中年の男。
服は整っている。
だが、その目はどこか濁っていた。
「……お久しぶりです」
エレノアは短く答える。
「長旅でお疲れでしょう。すぐにお部屋へ――」
「結構です」
遮る。
代官が一瞬だけ言葉に詰まる。
「まず、現状を」
淡々とした声。
だが、拒否は許さない響き。
「……は、はい」
代官は慌てて頷く。
案内されるまま、建物の中へ入る。
執務室。
王都ほどではないが、整えられている。
だが。
机の上の書類を見た瞬間、エレノアの目がわずかに細くなった。
乱雑。
分類されていない。
数字の整合性が取れていない。
――酷い。
「現在の収支を」
短く言う。
代官が書類を差し出す。
エレノアはそれを受け取り、目を通す。
数秒。
沈黙。
そして。
「……三割」
小さく呟く。
「はい?」
「三割、足りません」
顔を上げる。
「収入が」
代官の顔色が変わる。
「そ、それは……」
「説明を」
逃げ道を与えない声。
代官は、しばらく口を開け閉めした。
そして。
「徴税が、滞っておりまして」
「理由は」
「……反発が」
エレノアは何も言わない。
ただ、続きを待つ。
「以前の徴税方法に対する不満が……強く」
「当然です」
即答だった。
代官が言葉を失う。
「ですが、それを是正した結果」
書類を叩く。
「収入が落ちた」
「は、はい」
「代替案は」
「……検討中で」
「未実施」
切り捨てる。
沈黙。
空気が重くなる。
「支出は」
「削減しております」
「どこを」
「主に……」
言葉が濁る。
エレノアは書類をめくる。
そして。
「……孤児院」
静かに言った。
代官が肩を震わせる。
「医療費も削減」
さらに一枚。
「水路整備も停止」
もう一枚。
「……終わっていますね」
結論。
冷たい。
だが、正確。
「い、いえ、その……」
「維持ができていない」
言い直す。
「いずれ崩れます」
代官は何も言えない。
言えるはずがない。
それが現実だからだ。
エレノアは書類を閉じた。
「三日」
短く言う。
「は?」
「三日で、最低限の流れを戻します」
その言葉に、代官は目を見開いた。
「三日で……?」
「はい」
迷いはない。
当然のように言う。
「ただし」
一拍。
「以前より厳しくなります」
その意味を、代官は理解した。
顔が青くなる。
「反発が――」
「出ます」
遮る。
「ですが」
エレノアは、まっすぐに言った。
「出なければ、崩れます」
沈黙。
重い沈黙。
それは、選択を迫る言葉だった。
優しさか。
維持か。
どちらかしかない。
「……承知、いたしました」
代官は、頭を下げた。
その声は震えていた。
だが、拒否はしなかった。
できなかった。
エレノアは、それ以上何も言わなかった。
窓の外を見る。
領地の街。
静かで。
弱っていて。
それでも、まだ壊れてはいない。
「……間に合う」
小さく呟く。
自分に言い聞かせるように。
だが。
その言葉は、ほんのわずかに――
確信を欠いていた。
ここから第2章が始まります。
王都ではなく「地方」。
そして、エレノアが再び“支配する側”に戻りました。
ですが――
今回は王都と違い、すべてが思い通りにはいきません。
次話では、
エレノアの指示が“通らない”状況が描かれます。
ここから物語はさらに加速していきますので、
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