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第11話 優しさでは救えない

 夕暮れの王都は、いつもより少しだけ静かだった。


 人通りが減ったわけではない。店が閉まっているわけでもない。だが、どこかに張りつめたものがある。


 クラリスは、その空気の中を歩いていた。


 目的は決まっていない。


 ただ、じっとしていられなかった。


 今日一日で見たもの。


 聞いたこと。


 それが、胸の中で重く沈んでいる。


 パン屋。


 泣いていた子供。


 そして、自分の選択。


「……」


 足が、自然と止まる。


 目の前には、小さな広場があった。


 普段なら、子供たちが遊び、屋台が並び、笑い声が響く場所。


 だが今は――


 人が少ない。


 いや、いるにはいる。


 だが皆、どこか落ち着かない様子で立ち止まり、何かを待っている。


「まだ来ないのか?」


「今日はもう無理なんじゃないか」


「そんな……」


 声が、断片的に耳に入る。


 クラリスは、近くの女性に声をかけた。


「すみません、何かあったのですか?」


 女性は疲れた顔で振り返る。


「……配給を待っているんです」


「配給?」


「ええ。パンが足りなくて……王都からの補填が来るって話だったんですけど」


 そこで言葉を切る。


 その先は、言わなくても分かる。


「……まだ、来ていないのですね」


 女性は、力なく頷いた。


 クラリスは胸の奥が締めつけられるのを感じた。


 配給。


 それはつまり――


 市場で回らなくなった分を、別の形で補うということ。


 だが、それもまた。


 どこかから“持ってくる”必要がある。


「……少し、確認してきます」


 思わず、口にしていた。


 女性が驚いたように目を見開く。


「え?」


「王城に戻れば、状況が分かるかもしれません」


「そ、そんな……」


 だがクラリスは、もう歩き出していた。


 止まれなかった。


 何かをしなければならない。


 そう思ってしまった。


 王城。


 執務室の前。


「お待ちください、クラリス様」


 侍女が慌てて止める。


「今は――」


「お願いです」


 クラリスは言った。


「少しだけ、お話を」


 その真剣な様子に、侍女は言葉を失う。


 やがて、小さく頷いた。


 扉が開く。


 中には、アレクシスと文官たちがいた。


 空気が重い。


 誰もが疲れた顔をしている。


「クラリス?」


 アレクシスが驚いたように顔を上げる。


「どうしたんだ」


「殿下」


 クラリスは一歩進み出た。


「東区の広場で、配給を待っている方々がいます」


 言葉を選ばず、まっすぐに言う。


「まだ届いていません」


 沈黙。


 文官たちが顔を見合わせる。


「……その件は」


 誰かが口を開く。


「現在、調整中で――」


「いつ、届くのですか」


 遮るように問う。


 その声は、震えていた。


 だが、止まらなかった。


「今日中には、難しいかと」


 別の文官が答える。


「では、明日には?」


「……保証はできません」


 その一言が、クラリスの中で何かを折った。


「どうしてですか」


 思わず声が強くなる。


「困っている方がいるんです。少しでも早く――」


「それは承知しております」


 文官が言う。


「ですが、現状では……どこから回すかを決められないのです」


「決められない?」


「はい」


 疲れた声。


「どこかに回せば、別のどこかが不足します」


 当然の理屈。


 だが、それはつまり。


「……誰かが、困るということですか」


 小さく問う。


「はい」


 はっきりとした答え。


 クラリスは、言葉を失った。


 頭の中で、繋がる。


 昨日の選択。


 一つを救い、一つを失った。


 それが今。


 もっと大きな規模で起きている。


「……では」


 必死に言葉を探す。


「できるだけ、多くの人を救う方法は」


「ありません」


 即答だった。


 その言葉は、冷たかった。


 だが。


 現実だった。


 クラリスの視界が揺れる。


「……そんな」


「これは、選択です」


 文官が言う。


「誰を優先するか。どこを後回しにするか」


 静かな説明。


「そして、その選択は」


 一瞬、言葉を止める。


「誰かが、負わなければならない」


 その意味を、クラリスは理解した。


 エレノア。


 あの人が、やっていたこと。


 自分が昨日、ほんの少しだけ体験したこと。


 それを――


 ずっと。


 すべてに対して。


 やっていた。


「……無理です」


 思わず、言葉がこぼれる。


「私には、そんなこと」


 できない。


 誰かを切り捨てることなんて。


 選ぶことなんて。


 そのとき。


「だから、あの方は嫌われたのです」


 文官が静かに言った。


 クラリスは顔を上げる。


「誰もやりたがらないことを、やる」


 淡々とした声。


「誰も背負いたくない責任を、背負う」


 その言葉が、胸に刺さる。


「それでも、結果として誰かが救われるなら」


 一拍。


「それを選ぶ」


 沈黙。


 クラリスの目から、涙がこぼれた。


「……でも」


 震える声。


「それでも、あの方は」


 嫌われた。


 理解されなかった。


 否定された。


「ええ」


 文官は頷く。


「それでも、です」


 それが現実。


 それが、あの人の立っていた場所。


 クラリスは、その場に崩れ落ちた。


 涙が止まらない。


 苦しい。


 悔しい。


 どうしようもない。


 優しさでは、救えない。


 その現実が、あまりにも重かった。


 誰も、何も言わなかった。


 ただ、その光景を見ていた。


 王都のどこかで、また一つ。


 誰かが、選ばれている。


 そして、誰かが。


 選ばれなかった。

 ここまで読んでいただきありがとうございます。


 クラリスが初めて「無理だ」と理解しました。

 優しさだけでは救えない世界。


 そして同時に、

 エレノアがどれだけのものを背負っていたのかが

 感情として見えてきたと思います。


 次話では、ついに王都全体に影響が広がり、

 “崩壊”がはっきりと形になります。


 ここが第1章のクライマックスです。


 少しでも続きを見たいと思っていただけたら、

 ぜひブックマークしてお待ちください。

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