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ラドゥガ王室恋愛譚  作者: ばいおれんじ
疵の王が向日葵の隣で仰ぐまで
21/23

今日も地獄の夢を見る

妊婦や胎児が犠牲になる残虐描写、暴力的な性描写を含みます。

上記の描写が苦手な方、妊娠中の方、小さなお子様がいらっしゃる方は次話まで飛ばしてください。

読まなくてもある程度わかると思います。

 ここのところ、ずっと穏やかに過ごしていたからなのだろう。

 忘れるなとばかりに蘇る。最強などと謳われておきながら、無惨に自分の掌からこぼれ落とした者達を。

 俺は何も守れなかった、お前は誰も救えなかった。ああ、まただ。己の無力さを思い知る――今日も地獄の夢を見る




「兄さん!」


 今まさに出発しようと集落の入り口にいた俺の下へ、ミネアが駆け付けてくる。

 祭りが始まった頃には戻ってくる予定だったが、この辺境から遠く離れたラドゥガまで向かうのだ。馬を使っても長い旅路になるだろう。

 何かあるならこのタイミングで聞いておかないとしばらく連絡が付かなくなる。だからミネアはこんなにも慌てていたのだと思う。

 辺境と大陸間の郵便網はあまり発達していない。手紙はギリギリ行き来できるが、それ以上のものとなると別の方法を取る必要があった。

 だから妹の結婚式で使うベールは注文こそ手紙でおこなったが、現品については今から俺が受け取りにいくのだ。

 ミネアは祭りの中日に行われる結婚式の準備で忙しい。だが俺は砦の任期が終わったところで暇を持て余していたのだ。

 異種族婚におけるルールに基づき、結婚式は妻の集落で夫の形式で執り行う。ベールは砦の国、妹の夫となるハルゲンの国の婚姻衣装で使われるものだった。

 あいにく今の砦の国にはベールを作れる人間がいない。その為、ベール作りで有名なラドゥガの職人に頼んでいたのだ。


「実は一緒に買ってきてほしいお菓子があって……ラドゥガにしか売ってないの!」

「お前な」

「お願い! あ、カサンドラ姉の分も買ってきてほしいなあ~! 出産前の景気づけってことで!」

「仕方ないな……どの菓子だ?」

「ありがとう~! やっぱ持つべきは頼れる兄だね! お店の名前がえっと」


 調子の良い奴め、通りでハルゲンと気が合うはずだ……なんて思っても頼られて悪い気はしない。

 両親とミネア含む弟妹達五人、カサンドラと彼女の夫。また大荷物になりそうだな。重量については問題ないが、整理整頓が苦手な身としてはかさばるのは困るなと思う。

 ただカサンドラが元気な子を産む手伝いができるなら悪くないか。時期的に帰ってきた時には産まれてる可能性もあるけども……。想いこそ散ってしまったが、幼馴染には変わりない。ぜひとも彼女には幸せであってほしい。

 というか、これだけ買うならもはや幾つか増えても同じか。滅多にない機会だし、薬婆や近所のチビ達の分も買ってくるとしよう。

 ミネアからのお願いを聞き終え、俺は今度こそ出発したのだった。



 砦の国の王族は忙しい。常に襲撃してくる魔獣の対応に追われているからだ。

 特に最近、国王となったハルゲンに至っては政務も担っているので、目が回る多忙さらしい。

 だがもうすぐ静寂期が訪れる。その時期であれば魔獣に関する仕事がなくなる分、なんとか結婚式を挙げられそうだと。

 最強の戦士だと優先的に駆り出される俺がこの地を長く離れられるのも静寂期のおかげだった。


 魔族の集落が祭りを行うのは誰かが結婚する時だけだ。オーガ族は女が産まれにくいこともあって、他の種族と比べて圧倒的に機会が少ない。

 その上、今回は族長の一人娘の婚姻かつ非常に珍しい異種族恋愛ときた。その為、準備から集落の皆が張り切りようは凄まじく。

 静寂期も重なって、それはそれは盛大な祭りが行われている――はずだった。




 長らくの旅を終えた俺を待っていたのは、破壊の限りを尽くされた変わり果てた故郷の姿だった。

 蔓延する血と焦げた臭いに荷物を馬に残したまま、集落の中へと駆け出す。

 家へと向かう途中、多くの家屋が火を放たれ、親しい人達が黒焦になった焼け跡に倒れているのを見た。

 燃やされようと角は残る。だから誰が犠牲になったのか、わかってしまった。集落にいる間、遊んでいたチビ達が骸になって転がっている。幼い頃、面倒をよく見てくれたご老人方がバラバラに刻まれてる。

 俺の家は残っていた。だが家の前に立っても何の物音もせず、人の気配もしない。


「どう、して……」


 ひどく争ったのだろう、入ってすぐの団欒の場は至る所に血肉が飛び散っていた。

 そして両親と弟達が無惨な姿で倒れている。

 魔獣退治の役務に就くにあたって、人の死を見たのは一度や二度ではない。迫り上がった胃の腑をどうにか飲み込む。だがここまで悪意を持って壊されたものは今までなかった。

 逃げ出そうとする足を無理矢理従えて、扉の壊された妹の自室へと進む。


「……ミネア」


 家族の奮闘でどうにか逃げ込めたが、長くはもたないと理解していたのだろう。

 胸に抱え込んだ真白い花嫁衣装はミネアの首から垂れた血で赤く染まっていた。破かれた服から覗く痛ましい跡に、必死の籠城は無為に終わったことを改めて実感させられる。

 けれど、どうにか魂までは穢されずに済んだみたいだ。自ら折ったであろう角を首に差し込んだままの妹の死に顔は安らかだった。

 ハルゲンはどこにいったのだろう。時期からしてもう来ていないとおかしいのに。家中探し回ったが、どこにも彼の姿は見当たらなかった。

 自宅の探索を終えたところで、ふと気付いてしまった。ミネアは死を持って最悪の末路を回避できた。

 ――ならば、どうしても自死を選べぬ理由を持つ者は?



 駆け付けた幼馴染の家には椅子に縛りつけられた首のない男の死体があった。妻子への暴虐を見届けるしかなかったのだろう、落とされた頭は絶望に染まった表情を浮かべている。

 その傍らには裸に剥かれ、腹の割かれた女が横たわっていた。ロクに抵抗もできないだろうに強く押さえつけられていたのか。四肢には手跡が紫の痣になっている。

 彼女の肌を穢す暴漢達の体液が嗅覚を痛めつけてくる。もう何も映さない彼女の瞳の周囲に涙の跡が見えた。愛情深い彼女の事だ、泣き叫んで必死に望んだのだろう。我が子だけでも生かしてもらおうと。

 見えてはならない腸の間から伸びた紐の先、そこには原型を留めぬほどに踏み潰された――



 幾度と戦場を共にしてきたから知っている。集落の皆に刻まれた傷跡は砦の国特有の剣術によるものだと。

 それと砦の国の民は魔族を忌み嫌う者が殆どであることもわかっている。だから俺が離れるこのタイミングを狙ったんだろう。

 ならば俺一人ならどうでもなる、その思い上がりを潰す為に。そしてハルゲンを探す為に。

 親父の死体から族長の証であるアミュレットを借りて、俺は砦の国へと向かっていた。


「ああ、随分遅かったじゃないか! 穢れた」


 単身乗り込んできた俺を嘲笑しながら話しかけてきた門番の頭に手を貫通させる。

 何が起きたのか認識できていないうちに、隣にいた二人目も同じ末路を辿った。

 魔獣にも劣る畜生の血で汚すのは憚られ、相棒は置いてきた。でも問題ない。最後の一人となった俺の中に流れる血が力を貸してくれる。

 唯一逃げられる可能性のあった奴らは仕留め終わった。もう焦る必要はない。


 門へと近づいて入り口の魔石にアミュレットをかざす。

 魔石が光り、仕掛けが発動したのを確認する。これでもう俺以外は出入りできない。

 砦の国の者達はただの飾りだと思っているこれは古代魔法による防衛機構の管理装置だ。この辺境に古来から住まう魔族だけに伝えられており、使用にはいずれかの集落の族長のアミュレットが必要となる。

 万が一の時、族長は門の前に立ちはだかり、命に代えても敵を退ける。そうして砦の中の者達を守る為の装置だったのに。まさか仇の檻に使うなど、ご先祖様も想定していなかっただろうな。

 使えるのは対応するアミュレットと同じ種族だけだから、もし人間に奪われたとしても問題ない。一生奴らは砦から出られない。まあ、そんなヘマはしないが。後でみんなを埋葬する時、親父の元へ返すためにも。


 砦の中では宴が行われていた、どいつもこいつも浮かれていた。

 聞き耳を立てるに一番難関であるオーガ族の集落をあっけなく制圧できたからと。静寂期の間に全ての魔族を滅ぼすと世迷い言を吐いていた。

 門番の命を奪った以上もう後戻りはできない。だがもしかしたら並々ならぬ事情が、という淡い期待は消え失せた。こんな愚かで強欲な企みに俺の大切な人達はあのような結末を迎えることになったのか。酷すぎて逆に笑えてくる。

 もういい。もうどうでもいい。無数ある部屋へ順に乗り込み、中の愚者達をことごとく頭を殴り飛ばす。首を折る。心臓をぶち抜く。胴を引きちぎる。

 惨劇に気付いて酔いが覚めたところでもう遅い。誰一人逃すつもりはない。

 若きも老いも男も女も、命乞いされようと、気にとめず全て潰していった。お前達も俺の大切な人達に同じことをしたのだから。

 順調に仕留めていき、大広間から逃げた最後の一人を王座で追い詰める。そして、その見覚えのある男に俺は魔法で顔を焼かれた。

 俺に痛恨の一撃を食らわせたそれはハルゲンの兄だった。ならばこれは魔族への特攻たる聖なる炎のはずだ。本当なら痛いのだろう、怯むのだろう。だが今の俺はそれどころじゃなかった。

 この魔力は集落を灰にしたものと同じだと気付き、いっそう俺は怒り狂った。まさか反撃されるとは思っていなかったのか、男はあっけなく俺に組み敷かれた。

 一撃で死なぬように何度も何度も痛めつける。もう死なせてくれと叫ぶようになってからも散々苦しめて、反応が薄くなってきたところで肝臓を潰した。すぐには死なない、じわじわと近づいてくる終焉に怯え続けろ。トドメをささず俺はその場を立ち去る。


 砦の中は一通り回ったはずだ。だがどこにもハルゲンの姿は見当たらない。

 一つだけ見ていない場所がある。そんなところにいるはずがないと……いてほしくないと。避けていた地下牢へと重い足取りで進む。

 牢のところどころに投獄され息絶えた遺骸があった。彼らはちょうど任期に宛がわれていた魔族の戦士と、戦場で幾度と背を預けた数少ない魔族に友好的な砦の国の人間だった。

 暑くはない、むしろ寒いくらいなのに汗が滲んで止まらない。心臓が嫌な音を立てて軋んでいる。進みたくない、見たくない。


 奥まで行き着いたところの牢に白髪の男が繋がれていた。髪こそ色が抜けていたが、その屍は年若い青年だった。

 極限状態に追い込まれ、ストレスによって退色してしまったのだろう。瞳が抉られ、爪を剥がされ。他にも凄惨な拷問の跡が色濃く残る。


「う、あ……」


 髪色が違う、瞳はわからない。だが彼の腕には砦の国の王の証が輝いている。

 この腕輪を身に付けた者は俺の顔を焼いた炎など到底及ばぬほど強力な払魔の魔法を使える。それから腕輪は持ち主が望まぬ限り外せないことも。俺は彼から聞いていた。

 思わず手を伸ばす。触れた肌は当然ながら氷のように冷え切って固くなっていた。昇りきっていた血が引いたことでやっと知覚し始めた、俺の顔を覆う未だ燃えているかのような傷とは真逆の、死を確信させる温度だった。

 その瞬間、ひとりでに落ちた彼の高潔さを語る黄金が床に転がり、カランカランと澄んだ音を立てる。まるで役目を終えたとばかりに。

 君は最期まで俺が来ると信じて。なのに俺は間に合わなくて。だから、俺の、俺のせいで、ハルゲンは。


「あ゛、あああ……ッ!」


 彼の亡骸を抱え込み、激しく泣き叫ぶ。

 何が最強だ。俺は大切な人に守られることしかできなかった。誰も救えなかったくせに。

 忘れるな、忘れるな、俺の罪を。己の無力さを呪い、皆の分も一生独りで苦しめ。それが愚かなお前にお似合いの――



「ボルケノ様!!」

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