陰を晴らす光
セシリーが来てくれてから、穏やかな日々が続いている。
今までは日々の大半を討伐に費やしていたが、彼女のおかげで日に数度あった襲撃が一回あるかないかまで激減したのが大きい。
以前はある程度倒すと撤退されてしまっていたのだが、今はセシリーとエリザベスが逃がさず仕留めてくれる。それにより繁殖や発生が追いついていないらしく、徐々に襲撃者の規模が縮小した。その為、戦士達に随分と余裕ができたようだ。
最近では「現状なら自分達だけでも対処できます。本気でやばそうなら呼びますけど、普段は自分達に任せてください」と戦士達が提案してくれたことで、討伐への参加自体が少なくなりつつある。
その代わりといってはなんだがセシリーと過ごすよう勧められ、好意に甘えて彼女との時間を設けさせてもらっていた。
「君にも苦手なことがあるんだな」
セシリーは多才な子だった。
書類仕事は言わずもがなだし、戦闘もお手の物。生活魔法を上手く使いこなしているし。刺繍や乗馬を嗜み、高貴な身分でありながら料理もできる。庭で非常用に育てている野菜の世話まで対応できるのにはさすがにまいった。
だがそんな彼女も絵を描くのはあまり得意ではないようだ。セシリーの手元のスケッチブックにはたぶん蛇……?と思わしき、おそらく生き物が描かれている。
「私としては上手く描けたと思うんですが……μφισβαινα」
「すまん、なんて言った?」
「μφισβαιναです。神話に出てくる、あの蛇型の……」
俺の理解が足りなかっただけで上手い可能性がでてきたな。
試しにエリザベスを描いてもらったところ、よく特徴を捉えていた。どうやら俺の勘違いだったらしい。本当にセシリーは弱点ないな……。
「でも私、苦手なもの色々ありますよ。武器や攻撃魔法は使えません」
「そういえばセシリーは討伐の時いつも素手だったな」
「戦ってる時は力が制御できないので武器は壊してしまいますし、攻撃魔法は味方どころか自分を巻き込みかねないんです。あとは実は小動物も怖いです」
「小動物が怖い? 小さい時に噛まれたりしたのか?」
意外な話に質問を投げかければ、彼女は顔を横に振る。
それからぷるぷる震える己の両手を眺めながら口を開いた。
「いえ、触れたりしたら潰してしまうんじゃないかと思うと恐ろしくて……なので私は大きくて強い動物が好きです」
「ならエリザベスはペットとしては適任だっただろうな」
「はい! うちのエリーちゃんはとっても賢いですしね!」
手紙にはセシリーの家族やエリザベスのこと、あとは俺への質問はよく書かれていたが、彼女自身についてはあまり話題にされていなかったように思う。
だからか、セシリーについてはこうして話すようになってから知ったことも多い。
文字をしたためるのは苦手だが、彼女と手紙を交わすのは楽しかった。実際に話すようになってからは更に彼女を好ましく感じている。
◇
ある日、セシリーからの誘いで、俺と彼女は砦から一番近くのタウロス族の集落に訪れていた。
何かあってもすぐに駆け付けられる距離とはいえ、事前に戦士達へ相談してある。ただの観光たる以上、断られても仕方ないと思っていたが……戦士達は快く送り出してくれた。
「あ、魔王様とセシリー様だー!」
揃いの衣装を纏った子供達の集団に声を掛けられ、手を振る。
俺はここ一帯を治めていることからある程度顔を知られているが……。セシリーに関しては結婚したという声明こそ出したが、姿絵を流したりはしていない。
だがあの子達は彼女を見知った様子だった。それどころか慣れ親しんですらいるような。
「セシリーはもしかしてここに来たことがあるのか?」
「はい、エリーちゃんに乗って幾度か」
「いつの間に……」
詳しく聞いてみれば、嫁いでくる前に飛竜で通る旨を事前に連絡していたらしい。住民達を怯えさせたり、謝って攻撃されないように、と。
あと俺が見落としていただけで、彼女との結婚について命じられた親書にもちゃんと記載されていたのを帰ってから確認できた。
俺の不注意であの日の戦士達には悪いことをしたな……。
そうして俺以外からは許可を貰っており、来た当初から辺境の集落を何度も巡回していたのだとセシリーは告げる。
「実は今日はお祭りがあると、こちらの皆様からお誘いを受けてたんです」
祭り、その単語に身が竦む。同じくして足が地に縫い付けられたように動かなくなる。
違う違う、これはあの夢じゃない。今は俺がいるのは現実で。わかっているはずなのに自然と呼吸が乱れる。
ふと腕に小さな手が触れた。ボルケノ様とやわらかな声でセシリーが俺を呼ぶ。その微笑みに荒くなっていた息と脈拍が落ち着いていった。
セシリーに案内されるまま広場へと移動する。そこでは陽気な音楽に合わせて集まった者達が自由気ままに踊っていた。
一人で好きに舞っても問題ないが、せっかく夫婦で訪れたのだから。手を差し出して彼女を誘えば、迷わずセシリーは掌を重ねる。
「私、ずっとお聞きしたかったんです。どうしてボルケノ様はダンスがお得意なのか」
「俺の故郷はそっちみたいに娯楽なんてなかった。だから身一つでできる遊びは重宝されてたんだ」
「そうだったんですね」
あの出会った夜のよう、なんとか身に付けたお上品な社交ダンスではなく故郷で慣れ親しんだステップを踏む。
俺のリードに彼女は楽しそうに踊ってくれる。あの日泣いていた小さな少女はもういない。今ここにいる彼女は陽だまりのようにあたたかな笑みを向ける俺の妻だ。
曲の切り替わりにお互い違う相手と踊る。数人と踊った後は一人でリズムを刻んだ。
彼女とのダンスが一番楽しくて踊りやすくてしっくりきたように思う。セシリーも同じような気持ちでいてくれたら嬉しいが。
「また踊ってくださいね、ボルケノ様」
そんな風に考えていた俺は、祭りの帰り道で彼女からねだられて、つい浮かれてしまうのだった。




