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ラドゥガ王室恋愛譚  作者: ばいおれんじ
疵の王が向日葵の隣で仰ぐまで
17/23

王女が太陽に魅せられるまで

 キラキラ輝く大きくて眩しいシャンデリア。我がラドゥガのダンスホールで今夜も私達に踊りを促す。私を悪目立ちさせるその光が、この下に来るのがいつも嫌だった。


「もういい、離せっ」


 さっきまでダンスのパートナーだった男の子。数ある属国の王子である彼にパシッと小さな音と共に手を振り払われる。

 こんな時ビアンカちゃんなら自分から追い払ってたんだろうなあ。私はできない、怪我させちゃうから。いやビアンカちゃんなら、こんなヘマそもそもしないか。

 こうなるとわかってたから踊りたくなかったのに。

 私の力に振り回された結果、リードどころかバランスを崩して私にいっぱい足を踏まれることになった男の子はひどく怒ってる。

 でも更に声を荒げて注目を集めるのが嫌だったのだろう。ヘタクソと唇だけを動かす。その暴言にいつものことながら胸が痛んだ。


 男の子は私から離れるとビアンカちゃんの方へ歩いて行く。

 口直し……じゃなくて上手な彼女と踊って気分転換するつもりなんだろう。でもたぶんビアンカちゃん、あの男の子の足、わざといっぱい踏むんだろうなあ。

 わたくしの双子の妹であるセシリーをよくも悲しませたな、と。今だって口元は笑ってるけど、目がものすごく冷たいもの。ゴミを見る目だ、あれ。


 王女たる私が誘えば乗ってくるだろうけど、他の男の子に声を掛ける気には到底なれない。そもそもまともに踊れないんだもの、もう帰りたかった。

 ダンスホールの真ん中で戸惑っている私にクスクスと笑い声が向けられる。

 笑い声の主は同じ年頃の少女達。扇で口元は隠れているけど、とても意地悪な目をしている。傷つくが、同時にこの子達はダメだなあとも思う。王太女になる可能性は低いとはいえ、宗主国の王女を敵に回しているのだから。

 私が彼女達を知らないと思っているのだろうか。あるいは私が誰かわかってないのか。どっちにしても彼女達の未来は明るくないだろう。

 無知故の嘲笑とはいえ、何も感じないわけではない。色々と耐えかねて壁際へと避難する。


 今日は我が国で定期的に開かれる舞踏会である。

 セラお姉様は主に他国担当、自国のものはめったに出ない。リリーは基本的に不参加。ウィーニにはまだ早いのでお留守番。

 だから今回ラドゥガ王家からの参加者はお父様とお母様とビアンカちゃんと私の四人で。

 両親は玉座からダンスホールを見下ろしている。さっきからお父様の視線を感じるのはさっきのただならぬ雰囲気を察したからなんだろう。

 さっきはぐいぐい誘われたからつい押し負けて手を取ったけれど、もうこれ以上ダンスホールにいたくない。いつもみたいに私もお父様の傍で休んでしまおうか。


 そんな時、華麗にダンスホールの主役に文字通り躍り出るビアンカちゃんの姿が映る。

 私が予想していた通り、あの男の子の足をぐりぐり踏みつけてる。痛そう。なのにあの男の子はなんとなく顔を赤らめているような……なんとなく見ちゃいけない気がする。見ないでおこう。

 それにしてもビアンカちゃん、とても楽しそうだった。そしてすごく綺麗だった。

 ビアンカちゃんはとてもダンスが上手だ。私は下手ではない。少なくともお父様やビアンカちゃんが相手なら普通に踊れる。

 でも家族以外の相手だと途端にダメだった。緊張しすぎて力が入ってしまい、相手を振り回してしまう。男の人が相手だと余計に。

 相手のリズムを狂わせて、リードもさせず何度も足を踏む。そんな私と誰が踊ってくれるというのか。私はこの先、家族以外の誰とも踊れないのだろうか。物語みたいに素敵な王子様に出会っても私は佇むだけしかできないのだろうか。それは……やだなあ。


 ……なんだか疲れたなあ。

 これ以上、人の多い場所に居たくない。新しい曲が始まって誰も私を見ていないのを良いことに、そっとその場を離れる。開かれたドアから庭へ出ても止められることはなかった。

 間違っても茂みの多いところにはいかない。会場から抜け出して、いかがわしいことをしている恋人達がたむろしているそうだから。

 私が向かったのは庭の噴水だ。あちらは会場から離れているのと夜光花が周囲にあるおかげで程よく明るい為、意外と人が寄りつかないのだ。

 噴水の縁に腰掛けて、大きく息を吐く。夜風が気持ちいい。私の真上に佇む月は雲一つない天気のおかげで、明るく美しかった。ただそれを眺めても私の心は晴れてくれない。

 静けさのせいか、急に悲しみが胸にこみ上げる。俯いたのは意識したものじゃないけれど、顔と同じように気分も下を向いた。ドレスのスカートをぎゅうと握る。それでもぽたりとスカートにシミができて。


「嬢ちゃん、どうした」


 知らない大人の男の人の声。でも不思議と怖いとは思わなかった。それはきっとその人の声が優しさに満ちていたから。

 ここにいるということは舞踏会の招待客なのだろう。けれど視界に見える彼の靴はダンスシューズではなく無骨な軍靴だった。人によっては軍服を正装として認めている国もある為、珍しいことではない。

 ただその足が記憶にあるお父様のものより随分大きいから驚いただけで。

 おそるおそる、ゆっくりと顔を上げる。すごく大きい。少し首が痛くなるほど思いっきり上向かないと彼の顔は見えなかった。


「どこか調子でも悪いのか」


 私の視線に気付いた彼は目線を合わせるようにしてしゃがみ込んでくれる。そうして再び与えられた声に含まれていたのはやはり純粋な労りだった。

 短く切り揃えられた橙色の左右から生えた鋭い角に彼が魔族であると悟る。血のような深い赤の瞳は仮面によって右側は隠れていた。

 お目にかかるのはこれが初めてだけれど、その特徴的な姿に彼の名前がすぐ頭に浮かぶ。

 たしか……辺境を治めている従属国の王たるボルケノ様であってる、はずだ。

 正直ボルケノ様はあまり人相の良い方ではなかった。でもこうして今私を心配してくださっているその人に不信や恐怖が湧くはずもない。

 こんな優しい方をいつまでも気遣わせたままでいてはいけない。


「大丈夫、です。自分のふがいなさが嫌になっただけなので」

「……嬢ちゃんは随分と難しい言葉知ってるんだな。それにしても何があったんだ?」

「誰かと踊るのが苦手で、今日も失敗してしまいました」

「そうか。じゃあ、練習するか」

「え?」

「安心してくれ。こんな(なり)だが踊るのはわりと得意なんだ」


 手を差し伸べられる。怖々そこに掌を乗せれば、ぐっと引き寄せられ自然とダンスの体勢となった。

 最初は困惑してしまったけれど、ボルケノ様は言った通りリードがうまくて、すぐさまリズムに乗ることができた。でも、もし踏んでしまったらと思うと足の動きが悪くなる。


「ちょっとくらい踏んづけても気にするな。踏まれるようなリードする方が悪いんだ。堂々と思いっきり踏み込め」

「は、はい!」

「そうそう、うまいじゃないか」


 自分の事のようにボルケノ様はニコニコと笑ってくれている。

 その笑顔に胸が熱くなった。ドキドキとこれまでにないくらい心臓が高鳴っている。初めての気持ちに頭が追いつかない。


「嬢ちゃん、めちゃくちゃ力が強いんだな。俺も自信がある方だが油断したら持っていかれそうだ」


 その言葉に浮かれていた気持ちが一気に現実に引き戻される。

 私が何故か生まれつき備わっていた、年齢にも性別にも見合わない怪力。それは同時に大きなコンプレックスであった。事情を知る家族は魔力で補ってくれるが、他の人はそうもいかないから。

 この力を彼はどう思ったのだろう。そう怯える私の顔をボルケノ様はまじまじと眺めて。


「こんな可愛らしい顔立ちでオーガ族なわけないか……なにかの先祖返りには違いないだろうが」

「……先祖返り?」

「初代ラドゥガ王とか特殊なパターンもあるが。たまにいるんだ。嬢ちゃんみたいに人外の先祖の一部の特性が出てしまう子が。そういうのは大抵わかりやすい特徴も一緒に現われるんだが……外見的な特徴がないところからして神様系統かもな」


 怪力について何故と嘆いても詳しく調べることはしなかった。ルーツが影響している可能性があるのか。そういえば母方はともかく、ラドゥガの血統はあまり言及されていない気がする。一度ちゃんと遡ってみるべきなのかもしれない。

 私にそれを気付かせてくれた後、ボルケノ様は自身の立派な角を指差す。


「オーガ族ならこの通り大小はあれ角が生える。後は総じて力が強く、戦を得意とする。逆に頭を使うことは苦手だな。俺は立場上ある程度はできるようになったが、それでも未だに書類を書いたりなんだりは難しい」

「ボルケノ様はお手紙を書くのも苦手ですか?」

「あれ、俺、嬢ちゃんに名前言ったか? ……まあいいか。手紙なあ……どうにかしなきゃいけないのはわかっているが、だいぶ苦手だな」


 眉を下げてボルケノ様は笑みを作る。その姿にこの縁を逃すなと本能が語りかけてきた。言われなくても元よりそのつもりだ。

 彼が私の正体に気付いていない今なら、年頃になる前の子供でしかない今の私なら。きっと今からの行動は成功できる、させなければならない。


「では私と文通しましょう! 私、手紙を書くのすごく得意です!!」

「あー……嬢ちゃんの気持ちは嬉しいが、俺の住んでいるところはとんでもない辺境でな。一往復だけでもめちゃくちゃ時間かかるんだ。それに俺は年中討伐に追われてる上、文字をしたためるのは苦手だから、本当に忘れた頃にしか返事できないぞ」

「かまいません。ペンフレンドからよろしくお願いします!」

「お、おう……わかった」


 先にボルケノ様が私をダンスに誘う口実を、そのまま自分の目的の為に引用する。そこにはこうすればダンスのお礼として受け止めやすくなるだろうという打算があった。

 子供らしくおねがりするのもアリだったかもしれないけれど、ここは強引にいくことにする。そんな私の気迫に押し負けてボルケノ様は了承した。よし言質取ったり!!


「そろそろ会場戻るか」

「はい!」


 会場の玄関までボルケノ様は送ってくださった後、その足で彼は領地へと帰っていった。

 舞踏会が終わったその日のうちにボルケノ様へのお手紙をしたためた私は返事が来るまでの間、己のルーツについて調査し始めて。

 書庫の中でもとりわけ閲覧が制限された区域で、私は自分が古代竜の末裔であることを知った。

 おとぎ話の真相が判明したきっかけは初代ラドゥガ王妃の日記だった。それには彼女の血をひく者しか見れぬように魔法がかけられたことで、真実は語り継がれていなかったと。

 まあ古代竜を嫁にしました!より、古代竜を倒しました!の方が箔が付くし、まだ現実味があるので当時の状況を考えるとこればっかりはしょうがないか。

 あと推測だけれど、私が怪力に対して竜族らしい特徴が出ていないのはおそらく古代竜は完全に人化できたからなのだろう。


 一月ほど経って、最初のお返事がボルケノ様から届いた。

 ボルケノ様はやはりあの夜、私が誰かわかっていなかったようで。手紙の送り主の名前を見てひっくり返ったと書かれていた。

 というのもボルケノ様は舞踏会にかなり遅れて到着した為、開始時の王族の挨拶を見ていなかったのだ。

 ボルケノ様が住まう土地は数十年に一月程度、魔物の襲撃が極端に減る時期がある。

 普段は討伐に明け暮れるしかないが、今回の舞踏会はちょうどその時期に被ったことで参加を決めた。けれど運悪く出発の直前で襲撃されたことで遅れてしまったのだと。

 もう終わりかけの時間だったことで今から会場行くのもな……と庭をうろついて、あの夜のダンスに繋がったのだ。

 宗主国の姫が相手ということで、初めてのボルケノ様の手紙にはあの夜の気安さはなく、とても丁寧な文面だった。そうじゃない……!

 でもかなり時間を要したけど、なんとか数年かけて素で書いてもらえるようになって。



 胸元で眠る夫となったその人の髪を指で梳く。

 十年も待ったのだ。今更焦る必要はない。ずっとずっと夢見ていた人が腕の中にいる。それだけで今は十分。

 愛する方、きっと私が貴方を幸せにします。あの日、私を見つけてくれた貴方を。私の夢を叶えてくださった貴方を、この世の誰よりも。

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