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ラドゥガ王室恋愛譚  作者: ばいおれんじ
疵の王が向日葵の隣で仰ぐまで
16/23

白き夜の安寧

 ギャアギャアとけたたましい鳴き声が耳をつんざく。

 俺が戦場に辿り着いた時には既に討伐は始まっていた。先に参加していた戦士達によって少なくない数の飛竜が地べたで息絶えていたが、襲撃者はまだ空を覆い尽くさんばかりの勢いで宙を旋回している。

 今日は一際多いな。だとしてもやることは変わらない、全て屠るまでだ。

 手始めに一番近くを飛んでいた獲物へと斧を投げ飛ばす。手から離れた相棒は飛竜の羽を切り裂き、円形を描くようにして俺の手元へ返ってくる。

 飛行能力を失ったそれは落下の拍子に胴体の骨が折れたようだ。あれではもう動けまい、直に死を迎えるだろう。次の獲物へと取りかかる。

 投げる、落とす、たまに避ける、投げる、落とす、時折ぶちかます。ただひたすらにそれらをくり返す。


 いつも通り、周囲と声を掛け合い、連携して討伐を進めていった。だが一向に数が減った気配がない。あまりにも数が多すぎる。

 ここにいるのは皆、歴戦の戦士達だ。一晩中どころか三日三晩戦い続けられるだろう。けれど空に浮かぶ飛竜相手には決め手に欠けていた。

 せめて広範囲への攻撃魔法を使える者がいれば……。

 警戒を怠ったつもりはない。だが突然近くに妙な気配を感じた。周囲の者もついさっき気付いたらしい、空に向かって指差している。

 敵意ではないが、こんなにも接近されるまで気付かなかったなんて。


「おすわり」


 確認のために振り向こうとした正にその瞬間、戦場には似つかわしくない鈴の音のような声が背後から聞こえた。

 それを合図に空を舞っていた飛竜がボトボトと一斉に地へ落ちる。墜落した飛竜達は皆、這いつくばるように体を丸めていた。何かから逃れるように縮こまる姿は怯えているようにしか見えない。

 今度こそ後ろへと身を捻る。そこにいたのはさっきから討伐したきたものより一回り大きな飛竜と、乗馬服らしき衣装を着こなした可憐な少女だった。

 服装とそれから少女に寄り添うように座り込んでいる飛竜に付けられた鞍からして、もしやその飛竜に乗ってきたのか?

 飛竜を乗りこなすなど、大昔ならばともかく今の時代にはにわかには信じがたいが……。

 いや待てよ。あの子の手紙の中に出てくる相棒エリザベスは馬にしては随分大きいんだなあと文面からして思っていたのだけど、まさか。



 飛竜とは竜族から派生した魔獣である。

 竜族の中でも体格が小さく肉体的に弱い、けれども知能が高く臆病な種の生存戦略の末路だ。竜族の中では最弱でも、魔獣の中であれば上位でいられると適応した結果だ。

 最上位でないところがだいぶ悲しいところだが、それでも古来から現代まで生き残れたのだから正しい判断だったのだろう。


 そんな飛竜には本能的に恐れてやまないものが二つあった。

 一つ目は古代竜。彼らの爪先でちょんと小突かれただけで全身がはじけ飛ぶ。それぐらい実力差が激しいのだ。怖いなんてもんじゃない。

 ただ稀に知らず古代竜の血を引いている個体も存在し、その場合については古代竜への畏怖は軽減される傾向にあるのだが……。

 もう一つに関しては天災みたいなものだ、というか生きた天災だ。物理的にも精神的にも打ち勝とうにもどうしようもなかった。

 それは人間でありながら、かの古代竜と戦って互角となり、最終的にはある意味屈服させた初代ラドゥガ王である。


 つまり殆どの飛竜にとっては理不尽そのものというか死の象徴たる存在のよくばりセット……もとい両方の血を継ぐラドゥガ王族なんてものは出会って三秒で降伏する程度にはヤベエ存在なのであった。

 彼女の魔力が込められた「おすわり」に即座に飛竜達が全面降伏を決めたのはそういった裏事情がある。せめてひと思いに……!という本当に文字通りの必死の懇願なのだ。

 だが飛竜達にとって不幸なことに、その本能が働かない例外がいた。いくら賢い種といっても血筋を重ねていけば、それなりにアホも出てくるのだ。あと残念なことにそれはめちゃくちゃ薄くも古代竜の血が入っていた。

 だから、少女の死角にいた若い飛竜は周囲のノリに合わせるように地へ下りたが動ける状態だったのである。そう、動けてしまったのだ。

 そして更に厄介なことにその飛竜は現状の原因が少女だと気付き、解決すべく行動に移してしまったのだった……。



「めっ、悪い子ですね」


 一瞬の事だった。

 地にこそ落ちたが彼女の声に怯えていなかった飛竜がいて、それが彼女の背後から襲いかかったのだ。

 自分の武器では彼女に怪我を負わせる可能性があった為とっさに動けず、危ないと叫ぶのが精いっぱいで。他のメンバーも同じ状態だった。

 戦場ならばありふれた、けれど最悪の予感に青ざめた俺達を待っていたのは。

 目視もせず、突撃してきた飛竜のくちばしを後ろ手に掴み、めり込むほど地面にそれの胴体を叩き付ける彼女の勇姿であった。

 あっさり返り討ちにあった飛竜はぴくりとも動かない。あの時、生命からは鳴ってはいけない音がした。間違いなく息絶えていることだろう。


「さて……エリーちゃん、お片付けお願いしますね」


 予想外の結果に彼女以外のその場にいた全員が呆然としていれば、おそらくエリザベスと思わしき飛竜は魔法を行使する。

 エリザベスが発動した魔法によって、全ての飛竜達が次々と心臓を的確に貫かれていった。

 そうしてあっという間に片付いたところで、彼女はにこりと笑って口を開く。


「お久しゅうございます、ボルケノ様」

「あ、ああ」

「貴方様の妻♡♡♡のセシリーです♡♡♡♡♡」


 あの子こと彼女の発言に周囲がざわつく。

 唐突な衝撃展開に「わ、わァ……」と俺は意味のない悲鳴じみたものを上げることしかできなかった。



 セシリーの爆弾発言によって場を騒然としたが、その混乱を治めたのもまた彼女だった。

 やはり生粋の王族である彼女は紛い物の自分とは根本から違うのだろう。

 王者の覇気というものか。言葉に表すのは難しいのが、どうにも彼女には従わざるをえないような気持ちにさせられる。俺ではおそらく妙に興奮しきっていた彼らを落ち着かせられたとは到底思えなかった。


 ひとまず彼女を連れて防人砦に戻ったものの、正直なところ、まだ俺は状況を受け止めきれていなかった。他の戦士達はセシリーの存在を既に受け入れていたが。俺の順応力が弱いだけなのか……?

 ただせっかくこんな辺境まで嫁いできてくれた彼女には申し訳ないが、結婚式はしばらく挙げられそうもない。

 魔獣の襲撃はひっきりなしに訪れるのが当たり前の日常において、そういった祭事の準備をできる余裕がなく。また襲撃次第では結婚式を中断する可能性もあった。

 なんならついさっき飛竜を払ったところだが、既に別の魔獣が向かってきていてもおかしくない。

 それは砦に滞留している戦士達も重々承知しているだろう。

 ……しているはずなんだが、何故か張り切った彼らが手早く準備を行い、おかげでその日のうちに着の身着のままかつ誓いの言葉を交わすだけの最低限のものではあるが、セシリーとの結婚式を挙げられたのだった。



 式の後の宴もといドンチャン騒ぎは夜まで続いた。

 散々もみくちゃにされ、やんややんやとからかわれ、解放された時にはかつてないほど疲れ切っていたのだが、これで終わりじゃない。

 寝台にちょこんと彼女が、妻となったセシリーが腰掛けている。防御力が皆無の扇情的な姿で。それはもはや逆に着ている方が恥ずかしくないかというスケスケの衣装で。構造的には品のない布きれにもかかわらず、彼女が身に付けていると神話の女神のように清らかに見えるのは何故なのだろう。

 目のやり場に困った俺は脱衣所で普段の寝間着と差し替えられていたナイトガウンを脱いで彼女に被せる。パンツ一枚と間抜けな格好ではあるが、下半身は隠れているので一応問題ないだろう。

 彼女の露出が減ったところでその隣に座った。


「セシリー。君は何も悪くない。けどすまない。俺は君を抱けない」


 彼女の勇気を踏みにじる発言であることも、己の子が必要とされているのもわかっている。

 だというのに俺はその行為に移ることができずにいた。女を抱くのが初めてというわけではない、若い頃はそれなりに経験を重ねている。戦の後の高ぶりを慰めるにはそれが一番効率的だった。

 だが今の俺は多忙と加齢からか、そういった気持ちを催すことができずにいる。これだけ魅力的な美女を前にしても興奮することなく、ただ手を震わせていた。

 君がわざわざ嫁いできてくれたのにな。君が見惚れたと書いてくれていたような堂々とした姿ではなく、こんな無礼で情けない己しか見せられないなんて。


「ボルケノ様、少し失礼します」


 自己嫌悪に陥っていた俺の頭をセシリーが胸元に抱き寄せる。

 やわらかなぬくもりに包み込まれる。彼女の身に寄せた耳からはとくとくと穏やかな音が流れていた。

 生きている、そんな当たり前のことを知覚する。あの日どこからも聞こえなかった、そして俺が数多の者から奪ったもの。同じものだとは思えぬほど、その音はどこまでも落ち着かされる。

 優しく髪を撫でられる。まるで泣きじゃくる子を宥めるように。こんな風にだれかに触れられるのはいつぶりだろうか。


「急いて無理に情を交わす必要はないですよ。今は休みましょう、ね?」


 俺は屈辱を味わわせた男だというのに、彼女はなんてことのないように慈悲をかける。透き通った彼女の声色は怒りも悲しみも滲んでいなかった。

 おやすみなさい、とセシリーが声を掛ける。彼女の穏やかな手付きと心音に、いつもの寝付きの悪さが嘘のように、俺はあっという間に眠りに落ちた。

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