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ラドゥガ王室恋愛譚  作者: ばいおれんじ
紅薔薇姫と銀の蜂
13/15

最後に紅薔薇は綻んだ

 意気込んだものの、どうやってロンとそういった状況へと持ち込むか。

 案を立て始めてまもなく難題にぶつかってしまった。とはいえ、こんな計画、誰にも知られるわけにはいかない。一人で突き詰めていくしかないだろう。

 ……セシリーならノリノリで相談に乗ってくれそうだけど、だからこそ話したくないというか。


 確実なのはロンに媚薬を盛ることだろう。だがその手段だけは絶対に取りたくなかった。

 七つの時、当時の護衛にわたくしは媚薬を盛られた。まだ性に関する知識がなかったことで男の望んでいたような反応を見せなかったこと、男が気を取り直す前に悲鳴を聞いた騎士団長が駆け付けてくれたこと、そして既に薬学の才能に芽生えていたリリーの奮闘によって早々に解毒処置が施されたおかげで大事には至らなかった。

 けれどあの時の恐怖は十年以上経った今でも忘れられない。第二次性徴も迎えていなかったわたくしは自分のその不調が発情だなんてわからなかった。それを鎮める方法だって思いつくはずがない。

 ひどい風邪をひいたかのよう急激に上がった体温。心臓は破裂するのではないかと思うほどに跳ね上がって、息苦しさに呼吸が切れる。くわえて体の底から湧き上がる得体の知れない感覚。眠れば治るものではないということだけはなんとなく理解して、だからこそどうすればいいのかわからぬ恐怖に泣き叫んだ。

 ある程度、知識の付いた今ならば結果は違うが、やはりロクでもない展開になると予想している。理性を保てなければ盛りの付いた獣のように、人目を憚ることなく身を焼く熱を発散しようとするのではないだろうか。

 間違っても、あんなおぞましい体験をロンに味わわせたくない。

 まあロンの強靱な精神力からすると、たとえ一服盛られても耐え抜きそうな気もするけれど……。


 熟慮の末に思いついたのはロンの配慮を利用する方法だった。

 やることは至ってシンプル。今度、城で行われる夜会で浴びるようにお酒を飲む。それだけ。

 わたくしのお酒の強さに任せた力業だけれど成功率は高いと思う。

 明らかに飲み過ぎていればロンは止めにくる。そこで静かなところで横になりたいと頼めば、わたくしの自室は遠いからゲストルームへ連れて行ってくることだろう。

 そして施錠魔法を使って朝が来るまで閉じ込めれば、何も起こらなかったとしても共に一夜を過ごした事実はできる。婚約を破談にする程度ならこれで十分だ。

 彼を裏切ることに罪悪感はあるけれど、この案よりも被害の少ないものは浮かばなかった。なりふりかまっていられない。


 そしてやってきた決行日、予定通りわたくしは次々とグラスを口に運んだ。

 本当は酔ったフリでもした方が効果的だろう。でもわたくしの立場を考えると醜態を晒すのはためらわれる。あとロンよりも先に変な男が寄ってきそうだもの。そうなったとしてもロンはさくっと処置してくれるでしょうけどね。

 なので最初の計画通り、淡々とお酒を飲むことに集中していたのだけれど、予想外のトラブルが発生してしまった。

 見知らぬ女がわたくしに襲いかかってきたのだ。このアバズレが!と叫んでいたところからして、どうせどこかの子息がわたくしを理由に女を退けたのだろう。

 幸いロンが庇ってくれたおかげでわたくしは怪我一つない。ロンも見える範囲に問題はなさそうだったけれど、駆け寄ってきた彼が浴びた酒に混ざった匂いを嗅いだ瞬間、ぶわりと鳥肌が立った。

 ――あの薬だ。

 残念ながら今夜のロンはドレスコードに従い、鎧を纏っていない。酒は彼の騎士用の礼服にべっとりと染みこんでしまっているのだが、あの薬は皮膚からでも吸収されてしまうのだ。

 だから効果が出てくる前に、急いで彼と共に会場を抜け出し客室を目指す。体格のおかげで薬の回りが遅いのか。ロンはわたくしが手を貸したとはいえ、きちんと客室まで辿り着けた。

 これから行う処置のため、彼をベッドに座らせる。わたくしが傍にいる時には絶対見せない、ぼんやりとした姿を今のロンは晒していた。

 あれはひどく酩酊したような状態になる。にも関わらず、ふらついてても歩けるなんて大したものだ。わたくしが浴びていたならば、今も会場で横たわっていたことだろう。

 男女問わず薬を盛られ、こういった客室に連れ込まれる事件は少なくない。そのため、ラドゥガ城の場合は複数人の入室時、意に沿わない者の手元に解毒薬が出現する仕組みが備わっていた。また互いの合意なく性行為に挑んだ場合はすぐさま警備隊が駆け付ける機能もある。

 今回は判定的に適用されるのか不安だったけれども、非常事態により望んで入ったわけじゃないからか。はたまたロンが服用させられた状態だったからか。ちゃんと解毒薬は出現してくれた。

 一応自力で飲む方がいいかと思ってロンに渡してみたが到底無理そうだ。……あの薬、力入らなくなるものね。

 ロンが浴びた薬だが筋肉弛緩の効果もあるのか。手足どころか口を動かすのも途端に難しくなる。

 だから口移しで飲ませたのは緊急措置であって……それ以上の意味なんてないわよ。


 回復しきってないロンを押し倒したのは完全に意図したものだけど。

 だって経路は違えど、理想的な状況だったから。それで魔が差したの。

 少しでも楽になるようにとロンの首元を緩めておいたことで彼の喉仏が露わになる。わたくしの体にはない男性的なフォルムに惹かれて、つい指先でなぞった。

 我ながらかなり大胆なことをしていると思う。……とはいえ、ここからどうしたらいいのかしら。

 仕方ないでしょう、わたくし男の人を誘惑した経験なんてないもの。

 ひとまず以前セシリーから借りた恋愛小説にあった、何度も閉じたり開いたりしながらなんとか読み切った過激なシーンを参考にしましょう。

 彼の退いてほしいという要望を即座に切り捨てて、悟られないよう必死で思い出す。


 どうにか思い出しきったところで、彼は飲ませた解毒剤を効いてきたようだ。

 だからなのだろう。ロンは腕を上げて、でもその腕はわたくしに触れることなく下ろされた。

 言葉で却下したとはいえ、今なら力尽くでわたくしをどけることもできるでしょうに。ロンはわたくしに触れることを随分と躊躇っているようだった。

 がっかりなんてしてない。別にかまわないわ。わたくしから触れればいいだけの話だもの。だとしても少し文句をつけておくけど。

 そうして苛立ったせいなのか。連鎖するようにして、例の件についての怒りが蘇る。

 状況的にアドバンテージはわたくしにある。だから冷静を保っていた方がそのまま優位に立てただろう。だが気付けば感情的にロンへの執着をわたくしは吐き出していた。

 王ともなろう女がこんな脆くて醜くて、自分でも情けなくなる。でもどうしても我慢できない。ロン、お願い、わたくし、貴方がいないと。


「あのビアンカ様、その話とっくに断ってます」


 わたくしの目をまっすぐ見つめながらロンは否定する。

 予想外のことに呆気にとられながら矢継ぎ早に質問すれば何の迷いもなくロンはそれを口にした。


「俺はビアンカ様の騎士なので。俺の命はビアンカ様と貴方の伴侶を守る為のものです。俺の実力じゃ、せいぜい二人を守り切るのが限界でしょうから家庭は持ちません。命尽きるその日まで俺はお仕えしますよ」


 あの日と同じ。ただロンは心の内をそのまま言葉にしてるだけ。

 だから貴方はきっとその言葉がどれほどわたくしの救いになっているのか、わかってないでしょう。

 そう、ロンはわたくしのものなのね。なら、わたくしも全部あげる。貴方にわたくしのすべてを捧げるわ。


「わたくしもお前が好きよ」


 告白という名の確認作業を命じて、それからプロポーズも終える。

 口付けて愛を返したわたくしにロンはひどく葛藤しているようだった。でもそれはわたくしの王配になることに対してのものではない。だから我慢しなくていいのよ。

 なんの為に比較的脱がしやすくてお前好みのドレスを身に付けたと思ってるの。


 わたくしのスタイルでは襟元が詰まっているような清楚なドレスだと胸と胴が一体化してひどく太っているように見える。そのため、常にデコルテが出るデザインのドレスを纏っているけれど、今日は普段よりも露出を多くしている。

 あと普段は視線を分散させる為にウエストのくびれを際立たせるけれど、今回に限ってはあえて胸を強調しておいた。ロンは必死で逸らすようにしてるけれど、いつもわりと頻繁にわたくしの胸へ視線が行ってるもの。

 そういった理由から今までならギチギチに絞っているコルセットも、今ならロンでも外せるぐらい緩いものを付けていて。

 だから、やましいことをするにはとびっきりの状況でしょうに。


「こ、ここで貞節を含めるのはよくないと思います……」

「この部屋、目合(まぐわ)わないと出られないわよ」

「なんて?」

「そういう条件で施錠魔法かけたもの」


 それでも手を出そうとしない彼に発破をかければ、ふぬけた答えが戻ってくる。もう、しょうがないわね!

 思いきって大嘘を吐く。ロンが動けない間に施錠魔法をかけたのは本当だけれど、あんなに焦ってた時にそんなややこしい条件付けできないわ。ただこちらからの解錠魔法じゃないと開けられないってだけ。単純だからこそ強力な効果が出る。

 今の精神状態なら、さっき言ったのを実現できなくはないけど書き換えるにしたって時間かかるのよね。

 ロンは魔法が使えない。父上ほどの腕なら無理矢理解けるでしょうけど娘に嫌われることを何より恐れている以上、邪魔はしてこないでしょう。

 なのでもはやこの部屋から出るにはわたくしの望みを叶える他ない。


「俺童貞なんで、ご婦人のドレスとか脱がし方わからないんで!!」

「それなら教えてあげる。だからきちんと覚えなさい、今後の為にも」


 退路は徹底的に塞ぐ。困惑しきっているロンから退いて、彼に背を向けるようにしてベッドの上に座り直した。

 まったく往生際が悪いこと。いくら薔薇に例えられているからって、わたくしそこまで繊細でなくってよ。

 彼以外から向けられたならばおぞましい視線が剥き出しの背に集中する。不思議なものね、お前からだとこんなにも嬉しいんだもの。ごきゅとロンが喉を鳴らす音が聞こえた。

 知識はあれど経験はない。そしておそらく過去の出来事から、わたくしはそういったことへの抵抗感は多少なりとも抱いているように思う。

 でもいいの。ロン、貴方が導いてくれるなら怖くないわ。


「姫様。俺、たぶん途中で泣きます。すっごい情けない姿、見せます。貴方に選んでもらえたことが幸せすぎて、きっと」


 腰紐をほどかれた後、思いっきりロンに抱きしめられた。

 彼の宣言にわたくしも抱きしめ返す。わたくしだけが知るロンを見れる、それの何が悪いのか。

 思わず「うれしい」とこぼしたわたくしに初めて彼から口付けてきた。

 ロンはわたくしにいつだって丁寧だからこそ、噛みつくようなその荒々しい唇に彼の余裕のなさが表れていた。

 火傷しそうなくらい熱い舌に思考までも絡み取られる。何度もうわごとのよう、互いが、互いの名と愛をくり返して。宣言通り、途中で泣きだしたロンの背に腕を回す。

 そうして謀の末に迎えたとは思えぬほど、互いへの愛に満たされたまま、夜は過ぎていったのだった。



「わたくしの許しもなく、王太女が最も信頼を置く護衛をかすめ取ろうだなんて……新手の宣戦布告かしら?」

「違います! 自分はただロンに良い縁」

「お黙りなさい。伯父姪揃って王族を害そうとした大罪人風情が口を開く権利があると思って?」


 ロンとの一夜を共にした明くる日、わたくしは害虫退治に勤しんでいた。

 捕縛され床に座らされた元凶こと元副騎士団長。そして尋問の結果判明した、ロンとの縁談を顔合わせすら果たせず、にべもなく断られたことを逆恨みしたこれの姪のことである。

 姪については昨晩粘りに粘ったせいで動かせず、牢に閉じ込めたままだ。ばかね。調べればすぐにわかることだというのに、自分で罰を長引かせるなんて。


「ねえさまの後釜になれたからって調子に乗ったんでしょうけど……。お前はねえさまや団長の指名でも、決闘で勝ち取ったわけでもない。ただ年功序列で仮置きされただけでしょうに」


 その自覚があったからこそ、ロンとの縁を結ぼうとしたんでしょうけど。

 わたくしや騎士団長の覚えのめでたい彼を通じて、自分の顔を売ろうとしたのだろう――ロンの実家と同じように。まあ、あっちは男爵家ごときが無礼だと早々に黙らせてあるけど。

 これだけ煽ったのだ。わたくしを舐め腐っている以上、暴言の一つも浴びせてくるかと思いきや、元副騎士団長は屈辱を隠しはしないが口を噤んだままだった。

 あら、意外と我慢強いのね。それとも下手に出たままでいれば、父上が大臣を許した時のようになると思ったのかしら。なら大間違いよ、だってお前の代わりはいくらでもいるの。


「お前の死罪は免れない。けれどせめてもの慈悲はあげる――ロン」

「はい」

「ひっ、ま、待ってくれ! ロン助けてくれ!」


 わたくしの声に応じて、後ろで待機していたロンが前に出る。

 鞘から剣を抜く彼へ元副騎士団長は縋るような目を向けて叫んだ。


「あの時も言ったけど、騎士団長ならともかくアンタにそんな恩義はない」


 元副騎士団長の喉仏がロンの一閃で掻き切られる。その鋭い一撃によって血飛沫も悲鳴もあがることなく罪人は一瞬で事切れた。

 返り血を警戒して防壁魔法かけておいたのだけれど……必要なかったわね。

 実のところ、こうしてロンに手打ちを命じるのは初めてである。でも彼の腕前なら問題なく行くだろうと信頼していたけれど……予想以上だった。


「殿下、あっちも片付けますか?」

「……ええ、お願い」

「承知いたしました」


 わたくしに確認を取るとロンは早々に部屋を立ち去る。

 ただでは済まないでしょうに恋敵(わたくし)を排除しようと目論むほど愛した男の手にかかるのだ。それは件の女にとっては悪い最期ではないだろう。

 はたまた夢見がちな女のようだから、助けに来てくれたはずの想い人が自分へ剣を向けることに絶望するのか。

 なんにせよ問題ない。どちらにしようが、目の前の屍同様、わたくしの今後の為の見せしめになることには変わりないのだから。



 わたくし達の婚姻から数ヶ月後、とうとう迎えた結婚式にて。

 唯一国に残る娘の結婚式ということで父上が張り切った結果、もうそれはそれは盛大なものとなった。

 そのせいで予行練習では手足を同時に出したり、宣誓の言葉を幾度と噛んでいたロンだけれど、今日は一切ミスを犯していない。ロンって本番に異様に強いのよね。

 あとは父上のすすめでロンが騎士団長の養子……侯爵家の三男坊という立場になったのも大きいだろう。

 入団してまもない頃から面倒を見てくれた恩義ある彼にロンは報いたい、恥をかかせるわけにはいかないと思っているようだから。


「では、誓いの口付けを」


 牧師様に促され、ロンがわたくしのベールを持ち上げる。完璧かつスマートな動きだった。

 練習の時は「そんなに勢いよく上げちゃいけません!」「その中毒症状みたいな手の震えをどうにかしなさい!」と散々マナーの先生を怒らせていたのに。

 思い出してつい唇が緩む。それにロンは眩しいものでも見るかのよう目を細めた。


「愛しております、ビアンカ様。命にかけても生涯、貴方をお守りします」

「わたくしも貴方を愛してるわ」


 ロンからゆっくりと唇を重ねられる。

 誓いの口付けを終えたわたくし達に牧師様から祝福の言葉が、参列者の皆から盛大な拍手が贈られる。

 最前席で号泣している父上とそれを宥める母上。あら、騎士団長も涙目になってるわね。皆が祝福してくれることに心からの笑みが浮かぶ。

 教会の外に向かう途中、小声でこっそりロンに語りかける。


「ねえ、ロン。貴方、前に二人を守り切るのが限界って言ってたけれど足りないわ。貴方含めて五人は守れるようになってね」

「えっと……?」

「わたくし、三人は欲しいもの」

「…………が、がんばります」

「ふふふ」


 わたくしのおねだりに頬を赤くするロン。なんてかわいいひとなのかしら。それでいて世界で一番かっこいいだなんて。

 彼の手にそっと触れれば、迷わず彼はわたくしの手を握りしめる。それが当たり前になった今がとても幸せなの。

 ねえ、わたくしの愛しの銀の蜂。わたくし、貴方がいないときっとすぐ枯れてしまうわ。だからずっとずっと一緒にいましょうね。……逃がしてなんかあげないわ、絶対に。

 突然、謎の悪寒を襲われたらしい彼の隣で、わたくしの紅薔薇のように赤い唇は弧を描いていた。



昔々、紅薔薇姫と名高い二の姫様は自らの護衛騎士と恋に落ちました。

騎士はいかに恵まれたものでも他の令嬢からの縁談を断り続け、王女様との愛を貫き通して。

二人の仲を切り裂こうとする魔の手を振り切って、身分違いながら彼女達は数多の者の祝福を受けて結ばれたのでした。


真相を知ってしまうと純粋とは言い切れぬきっかけで結ばれたお二人ですが、その一途な愛は命尽きるまで途切れることはなかったと。

また彼らの愛によって、美しい花と猛き蜂が次々と生み出されたそうな。

ともあれ二人は互いを支え合って、いつまでも幸せな物語を紡いでいったのでした。

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