見えない王様
ネガティブ人外おじさん×三女
心身共々傷だらけで後ろしか見れなくなってしまった人外おじさんが、フィジカルメンタルつよつよ王女様によって前を向けるようになるまで
旧題:疵の王と陽だまり王妃
さてさて、いよいよ最終章と相成りました。
物語の最後を飾るのは第三王女様。
彼女もまた、他の王女様と同じく長らく想いを募らせておりました。
ただ一つ、皆とは決定的に違う点があります。それは彼女の恋に関しては完全なる片思い。
相手の殿方は丸っきり彼女の想いに気付いておりません。
なにせ二人が出会ったのは一度きり。
にも関わらず、王女様は持ち前の行動力で嫁入りを果たすわけですが……。
無事に彼女の初恋は成就するのでしょうか?
◇
東にある僻地、防人砦の執務室にて。
ツノを生やした大男、オレの親友であるボルケノは戸惑っていた。
「第三王女セシェルイーズとの婚姻を命じる……?」
『どうやらヴィアンクルージュ様の結婚が決まったらしいし、そう来るよなあ』
宗主国であるラドゥガからの親書を読み上げた後、ボルケノは目頭を揉んでいた。
お前からしたら信じがたい命令だよな。で、老眼を疑ってるんだろうが、さすがにまだ早いだろ。
ひょいとボルケノの後ろから親書を覗き込む。間違いなくさっき彼が読み上げたそのままの内容が書いてあった。ボルケノは気付いてないようだが、親書から妙な圧を感じる。
噂を聞くにあの坊ちゃん、随分娘を溺愛してるらしいし……血涙流しながら書いたんだろうなあ。きっとその時に断れると思うなよと念を入れたに違いない。
もう一回、親書に目を通したボルケノはわかりやすく困惑していた。
「ラドゥガに内乱の兆しがあるのか。それとも陛下ですら手こずるような異邦人が出たのか……?」
『相変わらず、お前はクソにぶいなあ。大切な双子の姉の方が落ち着いたから動いただけにだけに決まってんだろ』
「わからん……」
先日ヴィアンクルージュ様の結婚祝いを贈った時はそんな気配が一切なく、そしてこの僻地でもさすがにあのラドゥガで何か起これば即座に報告が上がるが何も届いてない。
だからこそボルケノは考え込んだ末に頭を抱えていた。悩むな悩むな、お前は昔から頭を使うのが苦手なんだから。今のお前じゃ悪い方にばっか考えるし。やべえ女に好かれた自分を恨め、突撃お前が旦那様ってことで思考を投げ捨てて諦めて受け入れろ。
彼の人望に惹かれて集まった優秀な家臣と坊ちゃんのスパルタ教育でなんとか国を動かしてはいるが、ボルケノはオーガ族の例に違わず脳筋である。
案の定、俺の頭が悪いせいなのか……と考え込み始めたのでどついておく。残念、当たらない!
ま、ボルケノが悩む理由もわからなくはないが。
いくら魔族が長生きとはいえ、ボルケノは人間なら中年にさしかかる年齢だ。
魔族は生物としての本能が強いから、基本的には早婚なんだけどなあ。繁殖という本能を無視するほどに国を治めるのに必死になったり、他にも色んな要因が重なった結果、ボルケノは今まで伴侶を迎えられなかった。
残念ながら青年期だろうとボルケノの場合、あれのせいで相手を探すのが絶望的だったんだけどな。とはいえ、ここまで遅くなった一番の理由はあのお嬢さんのせいなんだけども。
いやだってさあ、大陸一の大国のお姫様が惚れてる男に手を出すとか、絶対にぶちのめされるのわかるじゃん……。
繁殖だけに関して言えば、あと十年は猶予があるだろう。けどいつ何が起こるかわからない。
だとすると隣り合う土地の者からすりゃ、防人となりうる血統を一刻も早く残しておきたいと思うのが自然だろう。
だからボルケノも覚悟はしていたと思う。むしろ結婚相手を宛がわれたことにあいつのことだから感謝すらしてるよ。
ただあいつにとっては相手があんまりにも予想外だったんだよな。俺からすれば、何言ってんだこいつ案件なんだけど。
ボルケノが予想していた相手は魔力耐性が強く、他に行き場のない身分の低い周辺国の女性ってところじゃねーかな。それがどっこい実際は宗主国のうら若き美貌のお姫様との結婚を命じられたんだから混乱もするだろう。
ボルケノにとって、例のお姫様は恋愛感情こそないが特別な女の子である。
十年ほど前、ボルケノが就任して唯一参加できた夜会にてひょんなことから縁ができた少女。俺からするとボルケノの奴がうっかり引っかけてきたヤベエ女。
その夜会以降、諸事情により二人は顔を合わせていない。だがボルケノと彼女はこの十年間に渡って、月に一度の文通を続けてきた。よって今のボルケノにとって彼女こそ最も交流している女性である。
ボルケノの方はわかるんだよ。元々魔族っていうのは情が深いし気が長いから。
でもただの人間であるはずの少女がこの十年間、毎月びっちり十枚綴りの熱烈ラブレター送ってきてるのは普通に怖いだろ!!
もう毎回あの求愛どころか求婚怪文書読んでるのに「筆まめだなあ」で済ませるお前の神経が本気でわかんねーよ。ネガティブ拗らせてるにしたって重症過ぎるだろ。
だからこそ、その愛で照らすどころか燃やし尽くしそうな彼女ぐらいじゃないとボルケノのメンタルが改められそうにないのも事実だが。
「……なんにせよ、受けるしかあるまい」
思うところがあるのだろう。
ボルケノは顔の右半分を覆い隠す仮面に触れながら、観念したように呟いていた。
その下には焼かれてひきつれた痕が広がってる。オレの国が作り出した大罪の証が。他にもボルケノは見えない傷を全身に抱えていた。
顔以外は魔族の回復力をもってすれば完治して当然だったが、あの時のあいつは戦闘能力に魔力を割いていた為に上手く治らなかったようだ。
この傷だらけの風貌こそボルケノが伴侶を迎えられなかった最大の理由である。目つきの鋭さといい、女性からすりゃ怖いだろ。つーか最初はオレだってびびってたし。話したら良い奴だってわかるけど。
ともあれ例の彼女の嫁入りは、あの日から止まってしまっただろうボルケノに対して、吉と出るか凶と出るか。どんな結果になろうと今のオレは見守ることしかできない。
『この音は……』
「飛龍か」
警鐘がけたたましく鳴り響く。魔獣の襲来を知らせるそれにボルケノは立ち上がり、応戦の準備を始めた。
素早く身支度を終えた彼は三十年以上愛用している斧を手にして寂しげに微笑む。
「ハルゲン、いってくるよ」
『おう、気を付けてな!』
オレ……ではなく、オレの形見である黄金の腕輪へ向かってボルケノは声をかける。
聞こえていないのはわかってるが、オレもいつも通り見送りの言葉を贈った。
ボルケノが部屋から飛び出していく。昔のように背中を預けられることはない。オレは、防人砦の亡霊ハルゲンはもうどこにも行けないのだから。




