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平安京エイリアンズ~彼女の独身垢によって裸にされた感情、さえも  作者: 岬口大鴉
【九日目】

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町中華にて

 店に入った瞬間、油と醤油とニンニクの匂いがぶつかってきた。


「――ああ、これだよこれ」


 思わず声が漏れると、榊原が即座に頷く。


「だよな。VRじゃ絶対に再現できないやつ」


「脂の重さが違うよな」


「あと、匂い。匂いが攻撃力ある」


 室田はすぐに店員に声をかけビールを頼む。しかも大ジョッキを二つ。僕と榊原は、無難に生中でスタート。ジョッキが運ばれてくると、室田が音頭をとる。


「とりあえず乾杯しよ。ログアウトお疲れ」


「まだ旅は途中だけどね」


「いや、今日はいいだろ」


 ガラスの音が軽く鳴る。

 ぐっと飲んだ瞬間、喉に走る冷たさと苦味が、現実を思い出させた。VRの酒は再現でしかない。これは、ちゃんとしたアルコールだ。


「……あー、うまい」


 自然に声が出てしまった。それを見て、榊原が笑った。


「お前、向こうだとあんま食わないもんな」


「食べるけど……味が違うしねえ」


「だよな」


 注文は勢いだった。

 ラーメン三つ。餃子も三皿。チャーハン大盛り二つ。追加で唐揚げ。気づけば卓が、炭水化物と揚げ物で埋まっていた。


「食いすぎじゃね?」


「ログイン中は食べてないから、基本二食だろ、俺ら」


「それに今日は三十日分だからな」


 室田が当然のように言って、ビールをまた飲む。


「三十日旅してきて、現実じゃ一日だぞ? そりゃ腹減る」


「圧縮の後遺症、まず食欲だよな」


「わかるわ」


 僕は、ラーメンを一口すすって、少し真顔になる。


「……味、濃い」


「それがいいんだろ」


「いや、そういう意味じゃなくて、ちゃんと重い。そして染みる」


 胃に落ちる感覚。脂が広がる感じ。VRでは、どれだけ再現度が高くても、ここまで身体に残らない。


「向こうだとさ」


 室田が唐揚げを頬張りながら言う。


「腹は満ちるけど、なんか溜まらないんだよな」


「そうそう」


「一方、現実だと、こう……逃げ場がない」


 榊原が笑う。


「それ、悪い意味じゃなくてな」


「わかるわ」


 しばらく、無言で食べた。

 音を立てて、汗をかいて、ビールを飲んで。

 ふと、榊原が言う。


「……圧縮、今回どうだった?」


「僕?」


 僕は少し考える。


「今回は、正直……いつもより普通だった」


「普通?」


「うん。三十日旅してきた、って感覚がそのまま残ってる」


 榊原が頷く。


「俺は毎回そんな感じだな。戻るときちょっとだるいくらい」


「酒も残らないしな」


「残られても困るけど」


 僕は、チャーハンを口に運びながら言った。


「……ただ」


「ん?」


「感情の余韻は、長いかも」


 二人が黙る。


「向こうで考えたこととか、向こうでの判断とか……」


「切り替わらない?」


「うん。現実に戻っても、続いてる感じ」


 榊原は、少しだけ真面目な顔になった。


「それ、俺も昔あった」


「ネトゲ?」


「ネトゲ。廃人やってた頃」


 笑いながら、でも誤魔化さずに続ける。


「現実が薄くなるんだよな。向こうの続きが気になって」


「……」


「だから今は、こうやって飯食う。酒飲む。身体に戻る」


 室田がジョッキを掲げる。


「現実の味、大事」


「カレーも食いてえ」


「それ言うと思った」


「VRの世界、そもそもスパイスがない。香りが足りない」


「あと、コクな」


 僕は少し笑う。どれもよくわかる。みんな同じことを思っているのだ。


「……向こうでイノシシ狩ってさ」


「ん?」


「なんとかしてカツ丼作れないかな」


「無理だろ」


「でも挑戦はできる」


「お前、変な方向に熱心だよな」


 笑いが起きる。

 その中で、僕は思った。この感じ。胃が重くて、少し眠くて、現実に引き戻される感じ。


――こんな食事、いつぶりだろう。


「ま、次もよろしくな」


 榊原が言う。


「練習も」


「……ああ」


 僕は、空になった丼を見下ろしながら答えた。

 向こうの世界は、まだ続いている。

 でも今は、ここでいい。チャーハンの皿が空になるたびに、身体が一段ずつ、こちら側に戻ってきた。

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