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平安京エイリアンズ~彼女の独身垢によって裸にされた感情、さえも  作者: 岬口大鴉
【九日目】

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二人の余韻

 意識が、ゆっくりと浮上する。

 ヘッドセットの内側に残っていた川の音が、すっと引いていく。代わりに聞こえてくるのは、空調の低い唸りと、自分の呼吸音だけだった。


……静かだ。


 体はちゃんとここにあるのに、どこか一拍、遅れている。VRの時間圧縮のせいだ、と頭ではわかっている。けれど、感情のほうは、まだ向こうに置いてきたままだ。


 川。船。夜の津川。そして――祭り。


 そして京崎ルリカの歌声が、ふいに蘇る。

 派手で、うるさくて、観客に媚びていて。正直、好きにはなれなかった。

 なのに。あのとき隣で、瀬戸が楽しそうに笑っていたことだけは、妙に鮮明だ。火の玉が空を舞い、歓声が上がる中で、「こういうの、初めて……」と、少し照れた声で言っていた。


……あれは。


 そこで、思考が止まる。


「……デート、だったのか?」


 口に出すと、やけに間抜けに聞こえて、すぐに首を振った。違う……はずだ。目的があった。情報を集めに行っただけだ。美羽の手がかりを――。

 でも、そう言い切るには、誰かと二人で、入場料を払って、並んで座って、同じ舞台を見て、帰り道に他愛ない感想を漏らした、という事実が、静かに残っている。

 胸の奥が、少しだけ、ざわつく。

 近衛を殴ったときの感情とは、まるで違う。怒りでも、恐怖でもない。名前をつけるには、まだ早い何か。


「……考えすぎだな」


 そう呟いてヘッドセットを外す。耳の奥に、潮と川の音だけが、まだ残っていた。


 **


 ログアウトの合図とともに、世界が静かに剥がれ落ちる。

 祭りの喧騒も、火の玉の揺らめきも、一瞬で遠ざかり、現実の部屋の温度だけが戻ってきた。

 瀬戸澄佳は、しばらく椅子に座ったまま、動かなかった。


 私は、頭の中で今日のことを整理していた。

 正直に言えば、ああいう祭りは初めてだった。

 入場料を取られた時点で少し驚いたし、舞台の構成も、衣装も、これまで知ってきた「神事」とは、だいぶ違う。

 それでも。歌と動きが重なり、人の視線と感情が集まって、場そのものが一つの流れになっていく感覚は――確かに、あった。


……巫女にも、いろいろあるんだな。


 小さな気づきが、今日の体験にはあった。


 学園で書いたレポートでは、巫女は「神と人の境界に立つ存在」と定義した。けれど、その立ち方は一つではない。

 静かに祈る者もいれば、声を上げ、身体を使い、人の注意を引きつける者もいる。今日見た舞は、明らかに後者だった。少し派手で、少し俗っぽくて、でも――人に近い。

 ふと、授業で扱った神話が頭をよぎる。


 有名な天岩戸神話に登場する女神。


――天宇受賣命(あまのうずめのみこと)


 岩戸の前で舞い、神々を笑わせ、世界を再び動かした女神。


……なるほど。


 思わず、頷いてしまう。自分は、ああいう在り方を選んだことはなかった。たぶん、性格的にも、役割的にも。

 でも、あれも巫女の一つの形だと理解できた。――それなのに、胸の奥に小さな引っかかりが残っていた。楽しかった、という感覚もある。

 隣で満足が、少し不機嫌そうにしていたのも覚えている。何かを期待していたようで、それと違ったのだろう。けれど、途中で帰ろうとはしなかった。最後まで、舞台を見ていた。


……不思議な人だ。


 そう思うが、それ以上の意味は、私の中には生まれていない。

 一緒に行ったのは、単に目的が一致したからだし、一人で行くよりも話し相手がいた方が安心だったからだ。それをどう見られたかまでは、考えていなかった……。


 私は、気持ちを切り替えて、立ち上がった。

 次にログインしたら、船の準備が進む。

 日本海を進めば、今回の旅、その二つの目的地にたどり着く。

 庄内平野を囲む二つの山、飽海嶽と羽黒山。

 やるべきことは、もう決まっている。

 あの祭りは、その途中で立ち寄った、少し変わった勉強のようなもの。そう整理すると、心はすっと落ち着いた。


 巫女であること。人であること。その間で、自分がどこに立つのか。それを考える材料が、一つ増えただけ。その間に立つ選択肢を、一つ増やしただけ。私は、それで十分だと思っていた。

明日は、二本投稿いたします。6時と16時です。

よろしくお願い致します。

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