表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平安京エイリアンズ~彼女の独身垢によって裸にされた感情、さえも  作者: 岬口大鴉
【九日目】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

96/160

彌彦神社の夜

 彌彦神社の境内は、騒がしかった。

 僕たちは本殿でお参り挨拶を一通り済ませ、その脇、彌彦山を流れる川の脇に進んでいく。そちらで、都から来たという巫女が奉納をするという。

 その会場に近づくと、手前で止められた。


「入場料、二人で米三合になります」


「……は?」


 思わず固まる。


「祭りで、入場料?」


「特設奉納舞台になりますので。お米でなくとも絹や布でも大丈夫ですよ」


 後ろには、もう人の列ができている。押し出されるような空気。

 僕は懐を探る。


……米なんて、ほとんど持っていない。


「……瀬戸さん、ごめん。米、少し、借りていい?」


 瀬戸は一瞬驚いた顔をして、それから小さく笑った。


「ここは私が払っておきます。あとでちゃんと、あとで返してね」


……借金してまで入る祭りって、なんだ。


 そう思いながらも、僕の胸の奥には、別の期待があった。


……美羽。


 歌があると聞いた。巫女が舞うとも。


……もしかしたら。


 あの「場の空気が変わる」感じ。それが、また見られるかもしれないと期待していた。


 真っ暗だった特設の神楽台が、瞬間で明るくなると、大きな歓声が上がる。客席の宙に浮かぶ、赤、青、緑、白、紫と色とりどりの無数の火の玉。

 だが。舞台に現れたのは、――まったく知らない人物だった。

 赤いミニスカート。白いニーハイにロングブーツ。真紅のビキニに、白い羽織。肩を出し、袖を振ると、頭に着いた紅白の大きなリボンが、ケモノ耳のように揺れる。


「京崎ルリカでーす! 今日は来てくれてありがとう!」


……誰だ。


 胸の奥で、緊張していた糸がだらりと垂れ下がった。

 分かっていた。期待しすぎだったのだと。

 でも、それでも――。がっかり、という感情は、思った以上に重かった。

 京崎ルリカが、歌い、踊る。観客は、大盛り上がりする中で、僕は一人小さく呟いた。


「……違うじゃん」


 その声は、音に紛れて消えた。――正直、帰りたかった。

 だが、隣にいる瀬戸が、少し弾んだ声で言った。


「私、こういうの、初めて」


 火の玉が、彼女の瞳に映る。それが、きれいだと思ってしまった。ここで帰るのも悪い気がして、僕は最後まで見届ける覚悟を決めた。

 京崎ルリカは、確かに美人だ。歌も上手いし、舞、いやダンスも激しく、恰好もいい。露出多めの衣装は、抜群のスタイルを強調する。派手な舞台演出もちゃんと計算されている気がする。


奉納(ギフティング)ありがとう! 次の曲も行くよー!」


 その言葉を聞いたとき、ようやく気付いた。


……あ、この人もプレイヤーなのか。


 この祭りで感じた、現代っぽさの正体、その訳が腑に落ちる。彼女がプロデュース、あるいはアイデアを提供していたならば、ああいう祭りになるのも納得がいった。

 しかしながら、その演出やパフォーマンス、トークは、どうしても鼻についた。媚びている。数字を数えている感じが引っかかる。

 神に向けてでも、人に向けてでもない。いや、どちらもあるのかもしれないけれど、加えてもっと即物的な何かにも向かっている気がしてしまう。

 一言でいうならば、――品がない、と感じてしまった。


 そう思ってしまった自分は、どうしても入り込めなかった。

 終演後、なんか気疲れしてしまった僕は、気づけば口にしていた。


「……なんというか、期待してたのと違った」


 その瞬間。ぽす、と頬に何かが当たった。


 火の玉。


 痛くはない。ただ、鬱陶しい。しかも、それが増えていく。一つ、また一つ。また、また一つ。

 周囲がざわつく。


「お客様、少し――!」


 黒い巫女服を着た女性が割って入った。なんかマネージャーっぽい感じだ。


「今、本人が来ます。少し、お待ちください」


 その一言で、火の玉は僕から離れる。しかし、取り囲まれてはいる。僕はいつも取り囲まれてるなと思った。そして、やはり僕には逃げ場はなかった。

 現れた彼女は、ステージ衣装のままだった。

 汗も、息の乱れも、絵になる。


「何、トラブル?」


 そう彼女が呟くと、マネージャーらしき黒巫女が耳打ちする。


「そっ」


 そう頷くと、僕の前に進み出てくる。


「あなたね。文句があるなら、直接どうぞ?」


 笑っているが、観客用の笑顔ではない。これが素なのかはわからないが、逃げ道はない。今日は、僕は正面突破を図った。いつものように逃げる選択をとらなかったのは、自分の期待が外れたことを、ぶつける先が欲しかったからかもしれない。


「すごいとは思いました」


 火の玉が、ぴたりと止まる。

 そう言いつつ、僕はかつて観た、美羽の学祭でのパフォーマンス、そして先日、瀬戸が舞った神楽を思い出していた。


「でも、もっとすごいものを、僕は見てきてるので……」


「……ほう?」


 彼女の表情が微妙に堅まる。


「少し、期待外れだっただけです。あと、奉納(ギフティング)も大事でしょうけど……」


 そして、徐々に険しくなっていく。


「品性はそれ以上に――」


 口が、塞がれた。

 瀬戸だった。


「私は、すごく楽しめました。こういうの初めてで、とても刺激的でした」


 そういうと、お辞儀をして、僕も無理やり頭を下げさせられる。

 京崎ルリカは、一瞬だけ驚いて、それから表情を緩めた。


「なるほどね」


 興味を持った、という顔だった。その視線が、僕と瀬戸を同時に捉える。

 僕らは「それでは」と挨拶をして、逃げるようにその場を去った。


「……面白い人たち」


 僕らの背後から、彼女がそんな風に呟いた声が聞こえた気がした。


 * *


 川船の船頭が話していた、門前町にある大部屋の宿にたどり着くと、困った事態になっていた。


「えっ、今日はもう一杯だよ。空きはないから他をあたっておくれ」


「でも、川船の料金には、ここの使用分も含まれてるって……」


 僕はそう抗議したが、宿の女は少し呆れた様子で答える。


「それなら、着いたら先にこっちに寄ってもらわないと。この時間になったら埋めちゃうから、空いてるとこは」


 つまり、キャンセル扱いになっていたということだった。


「仕方ないね……、他の宿を探してみましょう」


 瀬戸にそう促され、僕らは別の宿を探すことにした。

 しかし、予想はできたが、どこも満室状態だった。厩ならば空いている、ということすらなく、とにかく宿の扉を叩いて、断られるのを繰り返した。


「大物アーティストが来てるときの、地方都市みたいな状態だな」


 僕がそう呟くと、瀬戸は頷く。


「まさにその通りなのかも。京崎さんのファン、熱気が凄かった」


 その言葉に、反応して僕は瀬戸に確認した。


「彼女、多分、プレイヤーだよね」


 少し唐突だったからか、瀬戸は少し驚いた表情をしたが、ほぼ即答した。


「それは間違いないと思う。ここの祭りが変に現代的だったのも、きっと彼女の影響だと思った」


 瀬戸の考えは、僕の推測と一致していた。しかし、問題はそこではない。


「彼女、ミーティングで見かけたことある?」


「ない。多分、別の試験会場があって、そこからログインしているんじゃないかな」


 そんなことは、今まで試験の運営側からは何の説明もされていない。ただ、説明する必要があったかといえば、必ずしもその理由も見当たらなかった。


「つまり、プレイヤーって12名よりもっと多いってことか」


 そう僕が呟くと、瀬戸はこちらを見てしっかりと頷いた。そして、少し笑って言う。


「けど、だからといって何か急に変わるわけでもないと思う。今の私たちにとって、最大の課題は今日の宿。まずはこちらを片付けましょう」


 そういうと、次の宿の扉を叩く。


「部屋、空いてますか」


 瀬戸がそう尋ねると、宿の男は答える。


「すまんなあ、もういっぱいだ……。でも、あんた巫女さんだろ。別にこっちに泊まらなくても、彌彦様で宿をお借りすればいいじゃないか」


 完全に盲点だった。京崎ルリカと、そのファンから逃げることばかり考えていて、そういった発想がまったくなかった。


 僕たちは礼を言って、ふたたび鳥居をくぐる。そして、彼女とその取り巻きに再遭遇しないように気を付けながら、祭りが終わった暗い境内を進んだ。

 明かりが灯った建物を見つけたので、声をかけると男の神職が姿を現した。宿を借りたいと伝えると、瀬戸の姿を一目確認する。


「宮司を呼んでくる」


 そういって、奥に消えていった。そして、しばらくして中年の宮司が一緒に戻ってきた。


「宿をお探しだとか」


 穏やかな声だ。


「旅の巫女です。門前町に宿を取っておりましたが、手違いがありまして」


 瀬戸がそう説明する。

 宮司の視線が、僕たちを少し確認するように動く。僕の恰好、怪しいもんね。仕方ない。ただ、瀬戸が手にした杖に視線を落とした瞬間、その表情がわずかに変わった。


「……その杖は」


 瀬戸は、慌てて構え直す。


「磐梯、猪苗代湖畔にある守屋という社で、授かりました。山道を行く際の支えとして。私自身は磐椅神社に勤めております」


 宮司はゆっくりと近づき、杖をまじまじと見た。目立った装飾は小さな鉄製の鐸が一つと、榊の葉くらいの簡素なものだ。


「素晴らしい杖……ですね」


 瀬戸は、少し息を呑んで答える。


「……はい。そう思います」


 宮司は小さく頷き、しばらく考え込むように目を伏せたあと、顔を上げた。


「我らは、お互いに知らないだけで、所縁のある者同士のようだ」


 そう前置きしてから、静かに言った。


「その杖を持つ巫女ならば、喜んでこちらを宿にしてください」


「ありがとうございます」


 宮司は笑った。


「こちらも祭りで人手が足りない。巫女が一人いるのは、ありがたい。夜の清めと、明日朝の奉納。手を貸してもらえますか」


 胸の奥が、すっと静まった。


「……はい。お手伝いできることなら」


 そう答えると、宮司は満足そうに頷いた。


「それで十分です」



 案内された宿坊は、質素だったが清潔で、どこか懐かしい匂いがした。


「瀬戸さんのおかげだ……ありがとう」


「これは縁」


「縁?」


「うん。私個人じゃなくて、この杖の、だから礼ならこの杖に言うべき」


 僕は、少し考えてから笑った。


「そっか。杖さま、ありがとうございまする」


「うむ、かまわん」


 瀬戸が低い声でアテレコすると、僕たちは小さな声で笑いあった。

 夜、境内は静まり返っていた。遠くで、風が葉を鳴らす。祭りの熱だけが、嘘のように遠ざかっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ