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平安京エイリアンズ~彼女の独身垢によって裸にされた感情、さえも  作者: 岬口大鴉
【十一日目】

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城輪柵の広場で

 瞼を開くと、どこか湿った、カビの匂いがした。

 城輪柵のはずれにある宿。梁の低い部屋で、壁際に置かれた行燈の火はまだ消えていない。夜と朝の境目みたいな時間だ。一瞬、自分がどこにいるのか分からなくなる――けれど、すぐに思い出す。ログインした直後は、よくこうなる。


 身体を起こすと、関節がわずかに重い。疲労というほどではないが、完全に現実の身体とは違う感覚。呼吸を一つ、深くする。肺に入る空気は少し冷えていて、木と土の匂いが混じっている。


……今日は、十一日目。試験の中間日。


 数字としては節目だが、感覚的には、まだ途中だ。終わりに近づいている気もするし、ようやく入口に立ったような気もする。ゲーム内では、今日一日でだいたい初夏が終わるだろう。

 天井を見上げたまま、今日やるべきことを頭の中で並べる。


 まず、吹浦へ向かう。ルリカの奉納ライブがある。約束したので、あれは顔を出さなくちゃならない。

 それから――、瀬戸の用事。詳しくは聞いてないけど、僕はその手助けをすることになるんだろう。一人で行かせないと約束した。もちろん、その約束は果たすつもりだ。

 ただ、美羽の痕跡を追う。このことは、少し前に進めたい。現状では、はっきりした手がかりはない。でも、昨日、ちゃんとやると決めた。その決意は、途切れてはいない。探すのをやめる理由は、どこにもない。

 そのためには、経験者二名と接触するのが一番早そうだという結論に達した。ただ、彼らがどこにいるのか、それもわからない。ここでの用事が終わったら、彼らを探すのも目的の一つになるだろう。

 そう思いながら、宿の布団を畳む。腰に下げた装備を確認し、戸を開ける。


 外は、朝の城輪柵だった。柵の内側では、人が動き始めている。馬のいななき、荷を運ぶ声、役人の呼びかけ。ここは境界だ。中央でもなく、完全な外でもない。

 その境目に立っている感覚が、今の自分には妙にしっくりくる。


 城輪柵の中央通りを進み、政庁南門前の広場へ向かう。今日、みんなが集まる場所。たぶん、ここから流れが変わる。そんな予感だけを感じ取り、足取りを前へ進めさせた。

 政庁前の広場にはすでに全員が揃っていた。朝の光はやわらかいが、空気はどこか落ち着かない。初夏の終わり。少し湿り気を含んだ風が、政庁の内側へと抜けていく。


「じゃあ、行動確認しよっか」


 最初に声を出したのは相原だった。いつものように簡潔で、感情を乗せない口調だ。 広場の中央で立ち止まり、全員を一度見渡してから続ける。


「ここから先についてですが、この地は正直に言って安定していません。蝦夷の反乱がこの十年で複数回、火山活動も記録があります。私含め、榊原くんと室田くんの仕事はその調査となります。なので、ルリカさんの奉納公演以降は別行動も多くなるかと思います。もちろん、こちらの調査に協力していただけるならば歓迎です」


 言葉を選びながらも、自分たちの任務を隠すことはない。僕は黙って聞きながら、城輪柵の外へ続く道に視線をやった。人の往来は多いが、どこか張りつめた感じがある。


「そうだよ満足、俺たちの仕事が終わったら、そっちの用事も手伝うからさ」


「うんうん、みんなでやれば早く終わるよきっと」


 そう室田も同意する。僕は瀬戸の方を見るが、彼女は俯いたまま、しばらく口を閉ざしていた。


「少しだけ、考えさせてください」


 そうとだけ言うと、相原は無理強いするようなことはなく、話を進めていく。


「とにかく、基本は無理をしない。はぐれない。判断が必要なときは、独断しないということで、よろしくお願いします。」


 そこで一拍、置く。


「……以上。何か補足ある人いる?」


「あ、こっちは今日すぐに発つから」


 軽く手を挙げたのはルリカだった。


「私と山本は、先に吹浦へ向かうね。特別奉納の準備があるから。合流は向こうで」


 山本も一歩後ろで頷く。

 あれだけ大掛かりなライブだ。それなりに準備も必要だろう。祭り会場のロケハンもまだだろうし、その後にはリハーサルなどやることは多そうだ。それを理解できているので、誰も異論を挟まなかった。


「じゃあ、私たちはここで別行動だね」


「私たちも国府で基本的な情報を仕入れたら向かいます。多分、明日はそちらで泊まると思います」


 相原がそう告げると、ルリカが答える。


「了解。じゃあ、みんな、また明日」


「気をつけて」


 そう言ったのは瀬戸だった。声音は穏やかだが、目線を一瞬だけ逸らした気がした。


「そっちもね」


 そういって手を振ると、ルリカと山本は吹浦口の大物忌神社へ向かって、一足先に向かった。

 二人を見送ると、今度は相原が口を開く。


「じゃあ、私たちも、昨日政庁でまとめておいてもらった資料取ってくるから、ちょっと行ってくる。ということで、いくわよ二人とも」


「え、俺も行かなきゃダメ? 満足と少し鍛錬したかったんだけど」


 榊原がごねる。そういえば、このところ色々あって練習ができてなかった。


「市場見ようと思ってたのに」


 室田もこれに便乗する。


「だめに決まってるでしょ。向こうの説明を、また私が二人にするのは二度手間。そもそも、どんな資料がでてくるかわからないじゃない。ほら、いくわよ」


 相原はそう言うと、政庁の中に入っていった。相原の言うことはもっともだった。


「満足、すぐ戻るから、後で鍛錬付き合ってくれよな」


 それだけ言い残し、榊原と室田も付いていく。

 残されたのは、僕と瀬戸だけだった。


 広場の端。柵の影が落ちる場所に二人でしゃがみこんだところで、瀬戸が口を開いた。


「……昨日、ログアウトしたあと、近衛くんたちと御飯食べに行った」


 磐梯山の件以降、近衛は夜、皆の前に顔を出していなかったのは知っている。きっと、何かしらけじめをつける会だったのだろう。


「そうか」


「うん、謝罪された」


「だよな」


 沈黙が流れる。政庁前だけあって、人が入れ替わり目の前を横切る。

 しばらくして、瀬戸が先に口を開いた。


「そのときに、一つ忠告された。もしかしたら、いや、遅かれ早かれ、あなた指名手配されるかもしれないって」


 僕は、すぐには返事をしなかった。驚きはなかった。ただ、胸の奥が少しだけ冷える。


「ちなみに理由は?」


「多賀城の放火の件だって。NPCの目撃者が多すぎて、もう庇いきれないって」


 確かに、あのとき僕を取り囲んだのは、近衛たちだけではなかった。顔も、名前も、身分もばれてるだろう。


「……そうか」


 瀬戸は続ける。


「もし正式に出たら、榊原くんたちどうするかな。彼らは、多賀城の軍人で、官吏だから……」


 それは、現実的な指摘だった。仲間であることと、立場は別だ。


「ただ……」


 瀬戸は、言葉を選んだ。


「猶予はある……はず。ここは多賀城から遠い。情報には必ず遅れがある。正式に手続きがされても、少なくとも一週間くらいは、その情報はここまでこないと思う」


 僕は、少し考えてから頷いた。


「……奉納ライブ、見に行くって約束してるしな」


「ええ」


「それが終わったら、またどこかに潜伏するよ」


 美羽のこともある。単独行動するタイミングとしては、ちょうどいいかもしれない。それは、言い訳でも強がりでもなかった。瀬戸も、それを理解した様子で、しばらく黙ったまましゃがんでいた。

 そのとき、ふと視線に気づく。二人組の蝦夷らしい男が、こちらの様子を窺っている。その表情は、瀬戸を品定めするような嫌な感じだった。

 ただ、彼女はそれには気づいていない。


「それまでは、瀬戸さんの手伝いをする。磐梯山の神からの頼まれごとっていってたけど、僕に手伝えることある?」


 そういって僕は瀬戸の顔を覗き込んだ。ただ、彼女は無言で首を振るだけだった。そして、少しして、ようやく口を開いた。


「何かあったら」


 ぽつりと告げる。


「……また、あの庵で」


「ああ」


 僕は、短く返事をした。


「おい」


 政庁から戻ってきた榊原が、蝦夷の男二人を見て声をかける。


「お前ら、何見てるんだよ」


「いえ……」


 男は、にやりと笑った。


「あまりにも、巫女様がお美しかったので」


 言葉は綺麗だが、なんとも下種な言い訳だった。これが、本当の蝦夷ということなのだろうか。ひょっとしたら僕も、そう見られているのかもしれない。

 榊原は鼻で笑い、二人を軽く追い払うと、それ以上は追及しなかった。


 榊原たちとは翌日、また政庁前で待ち合わせということに決め、僕と瀬戸は宿に向かった。その途中の市場で、僕は足を止めた。

 市女笠。虫垂衣が付いていて、顔を隠せる女性用の笠だった。最近、室田にいろいろと買い取ってもらったから、少し懐にも余裕がある。今後、僕は彼女から離れることになると思う。なら、蝦夷のチンピラみたいなのに、絡まれるのはよくない。


「これ」


 瀬戸に差し出す。


「さっき、指名手配されるかもって、教えてくれた、お礼。あとこれ被ってたら、虫よけにもなるだろ」


 一瞬、驚いたように目を瞬かせてから、瀬戸は小さく微笑んだ。


「……ありがとう」


 少し照れくさそうに、笠を受け取る。その仕草を見て、僕は、胸の奥が静かになるのを感じていた。

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