中間ランキング
昨日の試験、その後の食事会から一夜明け、鷺沢里穂はまだ重たい瞼をそのままに、ゆっくりと部屋を出た。
朝の教室とか会議室っていうのは、何というか残酷だ。昨夜の余韻を残しつつも、照明は容赦なく均一で、影を許さない。机の配置も、席順も、無駄がないし、感情が逃げる場所がない。どうしても逃げたかったら、耳にイヤホンを突っ込み、机に突っ伏すしかないのである。
私は、皆の少し後ろの席に座っていた。全員が見渡せる位置。これは私の癖だ。前列には、恒一たちがいて、千沙が私に手を振っているが、今日は少し距離が欲しい。私は手を振り返すが、動かなかった。
彼らはいつもと変わらない。大小の波はあっても、学園の日常と同じように、この試験をこなしている。一人では難しいことを、チームで乗り越えられる逞しさ、それに支えられた安定感がある。一つミスがあっても、他がフォローすることで、日常を取り戻していく。もちろん、いつかその関係に歪みが生じるかもしれないが。
その反対側、最前線には相原が陣取っている。彼女は、常にメモをとっている。真面目なのかというと、少し違う気もする。好奇心と向上心、そして情報把握をしっかり行うことを、自分の使命としているかのようだ。私や直人とは別タイプの情報屋だ。
その、少し後ろには、榊原と室田。彼らはゲームエンジョイ勢だ。今回の試験をゲームとして一番楽しんでいる二人かもしれない。ただ、見方を変えれば一番クールに試験に向き合っている二人ともいえる。
中列には、満足と瀬戸。私が密かに推してる二人。でも、今日の二人の間には、まるで空気がない。口も聞かなければ、視線が一度も交わらない。
そういえば、二人がリアルで会話しているのを、私は見たことがない。昨夜も別々に食事をしていたことを、私は知っている。近くに座っているのに、会話しない。不思議な距離感だ。だが、それもいい。
そして一番後ろ。左右に距離を取って、二人いる。東郷と杉本。
並んでいないのが、逆に目立つ。試験の経験者である二人は、説明を受ける側なのに、説明される前から知っている人間の座り方だ。再履修の学生とは違う、むしろゼミに居座る上級生のポジション。彼らの間での会話はない。視線だけが、会議室をなぞっている。
定刻ぴったりに、運営側が入室した。
増田、白石、そして久世。拍子抜けするほど、いつも通りの顔だった。
増田は資料を置き、白石は全体を一度見渡す。久世は――誰も見ない。
「では、十一日目。試験バイト期間の中間日にあたるため、現状共有のミーティングを行います」
増田の声は、滑らかだった。
部屋の照明が一部暗くなり、スクリーンに数字とグラフが映し出される。
滞在時間、ログイン安定率、没入指数、記憶圧縮の分布……。各項目の、昨日の推移、10日間の経過などが、順に説明されていく。
次に、VR世界における特別な出来事。プレイヤーによる問題行動の点検などがされるが、これも特に指摘されることはなかった。この辺りは、プレイヤー個人のプライバシーにも関わる問題なので、もしあったとしても全体ミーティングでは共有されたことはこれまでもない。何かあれば個別指導で行われているのだろう。
「全体としては、想定内に進んでいます。順調といえるとの評価です」
その一言で、会議は半分終わる。
問題はない。事故もない。大きなトラブルも起きていない。
「では、今日は試験の中間日ですので、現時点での評価点ランキング。途中経過の集計を発表したいと思います」
これまで全く出てこなかった久世が、そう口を開くと、会場が少しざわついた。特に、榊原は先ほどまでの態度とは打って変わって、食い入るようにスクリーンに向かっている。
「おさらいになりますが、評価点は大きく次のような項目で判定されています」
映し出されたのは、評価ポイントの一覧。まるで学園の授業ガイダンスで単位取得の条件、評価ポイントを確認しているみたいな感じだ。
【基本値】
・経済活動
・治安維持
・外交交渉
・内政貢献
※社会貢献度によって、評価点が加算、減算
【クエスト達成率】
・能力向上(自身のスキル向上などで、評価点が微増から超特大アップまで)
・身分階級(自身の階級、昇進、降級によって、評価点が加算、減算)
・称号獲得(称号ごとに、評価点加算)
・異名獲得(異名ごとに、評価点加算)
・アイテム入手(入手難易度別で、評価点が微増から超特大アップまで)
「では早速、発表します。じゃあ、下からいきますか」
そう久世が言って、スクリーンに映し出されたのは……。
12位 満足燈彦 猟師 身分:蝦夷
総合評価:——評価保留。
――ぶっ。
評価保留に思わず笑ってしまった。そして、件の本人を見ると、少し愕然としている様子だった。
「先生、評価保留とはどういうことでしょうか」
満足が手を挙げ、発言する。
「文字通りよ。こちらでも、ちょっと採点をどうするか判断が難しい感じね。でも、安心して、どう転んでも、最下位なのは変わらないから」
そう言う、久世の笑顔が少し怖い。
「あの、僕の単位は……」
「大丈夫、これからちゃんとやってくれればね」
「善処します」
満足は、そう小声で言うと露骨に肩を落とす。
「じゃあ、続けますね。以降はみんな優秀な成績だから、評価の差は大きくありません。順位にもあまりこだわらないでね」
そう断りを入れてから、久世は続ける。
11位 国分修司 侍 称号:百人隊長
総合評価:691
「国分くんは、特に治安活動と内政貢献が評価されてます。能力向上も順調です。他に延ばせる項目も多いので、この調子で頑張ってね」
「はい」
次は修司だった。彼は頑張っているが、評価点を稼ぐという意味では、効率を考えないタイプ。そういった意味で、伸びしろがあるという評価には私も同意だ。
そして、次は……私だった。
10位 鷺沢里穂 行商人 異名:多賀城の情報通
総合評価:695
「鷺沢さんは、経済活性化に貢献してますね。あと、異名の獲得も結構大きかったです。評価点をアイテムの仕入れで結構変換しているので、売却の際には一攫千金もあるかもしれません。基本マイペースなプレイングですので、本人が伸ばそうと思えばもっと伸びそうですね」
久世は、私の方を見て、そう告げる。自分のプレイをこうやって添削されるのは、少し気恥しいが、自己評価通りで納得感もあった。
「やる気になったら、やってみます」
私はそう答えると、発表は次に移る。
9位 室田有麟 軍団兵 身分:雑兵頭 異名:算盤勘定
総合評価:717
「ここでかー」
少し、落胆が混じる室田の声。そこに、久世が評価を付け加える。
「室田くんは、経済活性、主に物流での評価が高いですね。職業とプレーの兼ね合いが難しいところはあるかもしれませんが、個性的で面白いプレイ結果になってると思います」
そんなフォローが入り、発表が続く。
8位 相原由衣 書記官 異名:集め、編ぎ、記す者
総合評価:733
彼女には面白い異名がついていた。つまり、編集記者ということなのだろう。
「相原さんは、内政貢献や情報管理、チーム管理でも貢献が高いですね。今は公開していない取材情報の使い方次第で、大きな評価点アップがあるかもしれません。楽しみにしています」
そんな久世の評価に、彼女は一礼する。彼女は、自分の評価はあまり気にしていない様子で、むしろ他の人の情報の方に熱心に耳を傾けている。やはり、私とはタイプは違うが、同業者の匂いがする。
7位 三好千沙 薬師 身分:女官 異名:医の手
総合評価:755
続いては千沙。個人的には「保険室の先生」がいい気がするのだが、結構立派な異名がついている。
「三好さんは、医療貢献がとにかく高いですね。民衆からの好感度も高いですし、官僚としての仕事でも評価されています。スキルの成長も順調ですね」
そう評価されて、千沙はまんざらでもない様子だった。彼女の頑張りが評価されるのは、私としても嬉しい限りだ。
続いて、ここからは上位の発表。ここは、個人的には少し意外だった。
6位 藤巻直人 官吏 身分:陸奥少目 異名:秩序の担い手
総合評価:786
直人は、最初の身分も、それほど優遇はなかったはず。実力で国司の身分を得るまで出世しているのはさすがだ。
「藤巻くんは、オールラウンドで活躍してますね。行政全般の運営に寄与していることが評価につながっています。もっと自由にプレイしてもらってもいいのですけどね」
「このやり方が自分には合ってますので」
直人も、特に評価点に不満はない様子。ただ、本当にこのままでいいと思っているかは別問題。今後、どこかで評価点を大きく延ばす種を仕込んでいるかもしれない。
5位 榊原彰人 侍 異名:剣士 異名:挑む者
総合評価:789
次は榊原。直人より上なのは、正直驚いた。しかしながら、彼の自己評価では微妙な順位だった様子。室田のように声は出さなかったが、少し悔しそうな表情が見て取れる。私個人としては、直人より上なのは充分凄いと思うが、自己評価はまた別なのだろう。
「榊原くんは、能力向上が素晴らしいですね。まさに、剣の道を突き進んでる感じです。だけど、それだけでなく細かなポイントを稼ぐのが上手いです。その剣の技が、発揮されたときには、また大きな評価も得られそうですね」
「もうちょい、ログイン時間延ばしてくれれば、もっと上げれるのになあ……」
そんな評価に、榊原は呟く。
「榊原くん!」
白石が、少し厳しめな視線を送る。
「いや、冗談です。ちょっと言ってみただけです、はい」
どうも、二人には私の知らない関係性がある様子。いつも榊原は、白石には頭が上がらない感じだ。
4位 瀬戸澄佳 巫女 称号:磐梯の巫女
総合評価:832
続いたのは、私の推し巫女。経験者二名がどんな評価かは別として、新規組の十名の中では、瀬戸、恒一、直人、トップ3だと個人的には予想していた。
「瀬戸さんは、民心や治安安定への貢献、称号の獲得、能力向上と、すべてが高水準です」
「やっぱ、イベントがあると強いなあ」
榊原がそう口にする。
「まあ、俺たちもなんかあるでしょ、そのうち」
室田の、楽観的、かつ根拠のない見通しが続く。
私は、あのとき少しかき回して、ただ外で見ていただけの側なので何も言えないが、彼女はかなり辛い思いもした。しかしながら、普段通り、綺麗な姿勢で座り、表情もまったく崩さない。嬉しくも、悔しくもないといった感じだ。
ただ、一瞬だけ、満足の方へ視線を動かした気がした。しかし、その彼は、すでに机に突っ伏してしまっている。
3位 近衛恒一 武士 身分:陸奥権掾 称号:多賀城の剣
総合評価:845
そして、次が恒一。新規組ではトップだが、その表情は明らかに不満そうだ。しかしながら、磐梯山では失態もあった中で、この評価はさすがとしか言えない。磐梯山イベントでの貢献度では、大きく瀬戸がリードしているはずだが、それでも上回ってきた。階級も直人の上司で、一歩先に進んでいる感がある。ただ、瀬戸との差は僅差ともいえる。
「近衛くんは、すでに政権内において重要な地位に位置していますので、その貢献の上げ幅も大きいです。そこでの任務評価も大幅に加点材料になっています。ただ、その影響力は上げ幅にも下げ幅にも直結しますので、行動は慎重に」
久世は、そういって少し遠回しに釘を刺した。前回の顛末について、分かる人にだけ分かるように、注意を促した形だ。
「気を付けます」
恒一も、ここは殊勝に受け入れる。心の中ではどう思ってるかは別だが。
2位 東郷隆之 修験者 異名:単独行の修験者 称号:蔵王峠(冬)を越えし者
総合評価:874
上位二名は、経験者だった。
「東郷くんは、やはり冬の蔵王を越えたのが大きいですね。出羽三山も巡ってますし、外交官としての仕事も評価が高いですね」
1位 杉本晋太郎 僧/歌人 称号:歌を知る者 異名:都の仲介者
総合評価:915
「杉本くんは、京都での活躍が評価につながってますね。経済活動への貢献や、人脈をつなぐ外交活動が大きく評価されています」
杉本とは多賀城で一度会ったが、東郷とはゲーム内でも話したことはない。私は、ちらりと後ろを見る。
東郷は、無表情のまま。杉本は、少しだけ口角を上げて久世の話をきいている。だが、基本的に特に興味がある感じはしない。彼らはがこの中間発表を、どう受け取っているのかは、正直なところわからなかった。
ランキング発表が終わり、ミーティングが質疑応答に移ったときに、最前列で手が挙がる。
「質問、いいですか」
相原の声に、空気が少しだけ動く。
「他会場のプレイヤーについて、情報共有の範囲を教えてください」
続けて、榊原。
「俺たちは、昨日まで他会場の存在も知らなかった。今後、合同でのイベントや制限はあったりしますか?」
室田も頷いている。
増田先生は、想定内という顔で答える。
「現時点では、制限はとくにありません」
「私たちの一番の懸念は、情報の非対称性です。そもそも知っていることが違うのではないかという部分に不安があります」
相原の言葉は、丁寧だが鋭い。
「これをちゃんと説明していただかないと、私たちは全体像を知らないまま、判断を迫られることになります」
久世が、静かに返す。
「それを仕様と言ったら、あなたは納得できますか?」
一瞬、場が静まった。
「この試験は、未知の中でどう行動するかを見るものでもあります」
一聞すると正論に聞こえるような答え。
私は、メモを取るふりをして、後ろを見た。東郷は、何も書いていない。杉本は、ペンすら持っていない。知っている人間は、記録を取らない。
その久世の答えに対して、榊原が手を挙げた。
「ではなくて、俺たちが問題にしてるのはフェアじゃない、って話です」
単刀直入だった。
「他会場の情報がないのは、まあ分かります。未知を含めて試験、ってのも理解できる」
ここで一拍、置く。
「でも、それって条件が全員同じ場合に限りますよね。向こうの会場では知らされていることが、俺たちに知らされていないでは、納得ができないです」
会議室の空気が、ほんのわずかに張る。
「たとえば今回、経験者が混じってる。しかも二人。知識も、耐性も、立ち回りも違う」
後ろの列を、見ない。だが、全員が誰のことか分かっている。
「それを『仕様』って言われると、新規プレイヤー側としては、これも納得しづらいです」
言葉は荒くない。だが、論点は逃がさない。
「フェアって、同じ世界に放り込むことじゃない。同じ条件で競わせることです」
私は、少しだけ感心してしまった。これは、感情論じゃない。ゲーマーとしての倫理だ。
「経験者にハンデが課されているのか。新規側に補正はあるのか。今回のランキングにしたって、評価はそれが考慮されているのか」
一つずつ、丁寧に並べる。
「そこが開示されないと、この試験が『競争』なのか『観察』なのか、判断できません」
増田は、すぐには答えなかった。資料に視線を落とし、横を見る。
白石が、静かに口を開いた。
「いい質問です」
真正面から受け止めた。
「結論から言うと、評価は単純な横並びではありません」
そこで初めて、運営側のカードが一枚切られた。
「経験者には、明確なハンデがつけられています。数値上の補正ではなく、評価基準そのものが異なる」
榊原の眉が、わずかに動く。
つまり――同じ行動でも、点の付き方が違う。
「同じ土俵に立っているように見えて、実際には別競技に近いと思っていいですよ」
榊原は、すぐに返さなかった。頭の中で、条件を組み立て直している。
「……なるほど」
短く言う。
「じゃあ、経験者が有利になることは?」
「ありません」
白石は即答した。その言葉で、会議室の空気が、少しだけ緩んだ。
榊原は、椅子にもたれ、腕を組む。
「なら、いいです」
完全に納得したわけじゃない。だが、筋は通った。
「少なくとも、最初から詰んでる試験じゃないって分かった」
それ以上は言わなかった。ゲーマーは、フェアだと分かれば、文句を言いながらも続ける。
私は、後ろの列を見た。
東郷は、表情を変えていない。杉本は、相変わらず何も書いていない。
――同じ説明を聞いて、彼らは何を思ったのだろう。
会議は、それ以上波立つことなく終わった。
「本日のログインは、通常通りで。ではミーティングを終わります」
解散。
椅子が引かれる音。人が立ち上がる気配。
満足と瀬戸は、最後まで言葉を交わさなかった。
東郷は、誰よりも早く部屋を出た。杉本は、最後に立ち、運営側を一度だけ見てから出ていく。
――視線が、久世と交差したように見えたのは、私の気のせいだろうか。
会議室に残った空気は、整いすぎていた。問題はない。順調。想定内。だから私は、ノートの端に、小さく書いた。
「ここからが、本番」
中間日というのは、もちろん終わりではない。分岐点だ。停滞するか、加速するか、それとも変化するのか。いろんな道がある中で、どう進むか。それを理解していない人間は安心して、停滞する。
……ただ、そんな人はいなそうだ。
私は、そう思いながら、静かに席を立った。




