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平安京エイリアンズ~彼女の独身垢によって裸にされた感情、さえも  作者: 岬口大鴉
【十日目】

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運営記録――十日目総括会議

 会議室は、照明を落としてあった。壁一面のスクリーンには、ログと数値が重なって表示されている。そして、そこには運営側のプレイヤー担当者、増田嗣利、白石由梨、そして久世理沙の三名が座っている。三人だけの定例会議。表向きは。


「十日目、一区切りですね」


 増田が、淡々と切り出した。彼の端末のモニターには、数値とグラフが並んでいる。感情の入り込む余地はない。


「交流が、本格化しました」


「ええ」


 白石が頷く。彼女は画面を見ていない。プレイヤーの名前を、頭の中で追っている。


「これまで点だった関係が、線になり始めてる。偶然じゃないと思います」


 私は、黙って二人の話を聞いていた。


「あと、今朝ですが、担当している相原さんから、他会場のこと、プレイヤーについて質問がありました。そう言った意味でも、関係が広がってます」


「そうでしたね、京崎さんと接触したんでしたか」


 増田が確認するように口を開く。


「ええ、まさかプレイエリアが、こんなにも早く被るとは思いませんでした。今の進行を見る限り、あっちの会場のプレイヤーとの接触があるのは、近衛グループが京都に行ったときに、ようやくくらいだと考えてましたので……」


「特に気にするような事態は起きてませんか……、いや、京崎さんと満足が結構接触してますね」


「京崎さんに何かあるのは不味いですよ」


 私は、ようやく口を開いた。京崎ルリカは当プロジェクトの広報担当でもある。彼女が満足に影響され、没入しすぎて、ログアウト不可などという事態は、プロジェクト全体の存亡に大きな影響を及ぼしかねない。


「わかってます、私の方から京都のメイン会場には情報共有しておきます」


 白石が言い切る。


「あとは、相原さんの疑問にも、ちゃんと答える機会を作る必要があると思います」


「ちょうど、明日は11日目、この試験期間の三週間での中間日になります。朝の全体ミーティングで答えるようにしましょう」


 そう増田が締めて、話題が戻される。


「で、経過に戻りますが、ええと、交流の本格化でしたね。今日、特に目立ったのは、経験者の動きですかね」


 増田が続ける。


「今まで他プレイヤーと距離を取っていた二名が、新規プレイヤーと接触を始めています」


「杉本と、東郷ですね」


 白石が即座に名前を出す。

 その瞬間、私の中で、時間がわずかに巻き戻った。


――前回。あの事件。


 二人とも、かつて私の担当だった。そして、その事件を境に、担当は外された。


「交流自体は、健全です」


 増田は数字を示す。


「知識の偏りが緩和され、行動の選択肢も増えている。ただし……世界の読み方が、伝播し始めるでしょう」


 白石が言った。


「経験者が、新規に世界の裏側を教え始めたら、物語は変質していくでしょうね」


 私は、杉本の動きについて少し補足をする。


「杉本は、教えないと思いますね」


 二人が、こちらを見る。


「少なくとも、直接的な言葉では。彼は歌人ですから」


 私は言葉を選んだ。


「彼は、距離を詰めているだけ。せいぜい、立ち位置を共有したくらいでしょうね」


 杉本は、そういう人間だ。


「東郷は違いますね」


 白石が続ける。


「彼は、明確な目的を持って動いてますし……。人魚の肉でしたっけ?」


「はい」


 増田が補足する。


「不老不死のアイテムですね。不老不死の効果付与、あと蘇生アイテムの素材でもあります。欲しがるプレイヤーは多いでしょう。まあ、東郷の行動は一貫性が高いですね」


 私は、その言葉を心の中で反芻した。


――人魚の肉。不老不死。


 それは、表の意味だ。

 だが、東郷は感じている。この世界に、まだ戻っていない存在がいることを。そして、それが誰か。その答えに辿りつこうとしている。私は、そう考えていた。


「次に、満足燈彦」


 増田が画面を切り替える。


「今回も、禍津日が発動しています」


 数値が赤くなる。


「異常値です。ただし、前回よりも少しマシですかね。切断ラインからは遠い」


「耐えてる、という表現が正しいでしょうか」


 白石が言った。


「そうですね、少し折り合いがつけられるようになったというか、完全に没入しきっていない。理由は明確です」


 私が言う。


「瀬戸澄佳の存在、ですね」


 二人は黙って頷いた。


「今回も、結果的に彼女が呼び戻したと言えるでしょう」


 増田の声は冷静だ。


「判断速度、介入タイミング、いずれも理想値に近い。ただし……瀬戸、彼女自身の没入値が、上昇している」


 白石が言葉を継ぐ。


「救済が、共振に変わる境界に近づいてる兆しですね」


 私は、その評価を否定しない。瀬戸は優秀だ。だが、優秀であるがゆえに、深く踏み込む。


「一方で、現実への復帰兆候も見られます」


 増田が続ける。


「相原、榊原、室田。現実感覚の強いプレイヤーが一緒に行動していることで、没入の揺り戻しが起きている」


「白石先生の判断は、正しかったですね」


 私は、そう評価を述べると、白石は少し表情を緩めたが、はっきり言った。


「まだ経過段階です。評価は、まだ早いかもしれません」


 白石は慎重だ。だが、そこが信頼できる。


「近衛たちのグループは?」


 増田が、確認するように尋ねた。


「数値上は問題なしです」


 白石が即答する。


「没入傾向は低位安定。政治的な動きは見られますが、役割意識の範囲内です。想定通り、というところですか」


 増田は短く頷いた。


「統率型プレイヤー。目的も、行動も、分かりやすい」


 私も、表情を変えずに頷いた。


「ええ。現状では、特に介入は不要でしょう」


――少なくとも、今は。


 その一言を、私は口にしなかった。


「では、十日目の総括としては」


 増田がまとめに入る。


「交流の拡大は健全。没入過多の兆候はあるが、相互補完により制御されている。全体として、順調ということで」


「同意します」


 白石もそう言った。


「むしろ、良い方向に進んでいる。世界が、ちゃんと広がり始めている」


 会議としては、そこで結論が出た。


――想定内。

――管理可能。

――問題なし。


「では、今日はここまでにしましょう」


 白石が立ち上がる。


「明日は中日ですが、引き続き、経過観察で」


「はい」


 増田も端末を閉じる。

 そして二人が部屋を出ていくのを、私は黙って見送った。


 扉が閉まる。会議室に残ったのは、私ひとりだった。

 スクリーンには、まだログが残っている。

 プレイヤー名、行動履歴、数値。――すべて、正常。すべて、説明がつく。

 私は、椅子に深く腰を沈めた。

 表面的にはそうだった。

 杉本の行動も、東郷の探索も、満足の没入と回復も。そのスタンプを押せる。どれも、個別に見れば問題はない。目的も、動機も、理解できる範囲だ。


 だが、ここに矢代美羽を加えると、すべて揺らぎ、新たな繋がりが出来上がってきてしまう。矢代美羽という補助線を引くだけで、はっきりしてしまう。


 杉本と東郷は、前回、私が担当だった。そして、「あの事件」で、担当者が変えられた。今回も、私は彼らの担当にはなっていない。

 杉本と東郷は、当事者だ。美羽がVR世界から戻れなくなった、きっかけを知っている。

 美羽はこのVR世界にいる。だが、極秘情報であり、東郷と杉本もそのことは知らないはずだ。


 ただ、彼らの行動を見る限り、私の読みは、その理解は誤りだと告げる。

 私は、椅子の肘掛けを掴む。


 美羽が今もあの世界にいることを、東郷は感じ取っているように見える。だから、彼は人魚の肉を追っている。人魚の肉が、美羽へと直結する手がかりだからだ。

 そして、杉本。彼の行動は表立っては理解しづらい。予備情報がなければ、ただの楽しんでるプレイヤーにしか見えないだろう。しかし、彼も当事者だった。その彼が何を目的に動いているのか。美羽のことを、どう思っているのか。それは、推測しかできない。

 ただ、その推測は、杉本の行動原理を補完してくれる。美羽に近づくものを、警戒するような動き。その文脈でログを読むと意味が通ってしまう。彼が多賀城に戻ってきたのも、あの放火事件にその匂いをかぎ取ったからだとするならば、その行動にも意味が見出せてしまう。

 そして、もしそうだとするならば、杉本もまた、美羽が今もこのVR世界にいることを推測している。あるいは、確定事項のように動いている、ということを示している。


……同じ方向を向き始めている。


 私は、スクリーンを見つめたまま、心の中だけで思考を進める。

 これは、増田とも白石とも共有できない。言語化した瞬間に、管理対象になる。だから、言わないし、言えない。

 増田と白石は正しい。今の判断も、運営としては最適だ。ただ。これは「想定内の進行」じゃない。

 私は、誰にも聞こえないように、息を吐いた。

 まだ、兆しだ。その予兆にすぎない。確定ではない。

 だが、世界は偶然では説明できない形で、再び歪み始めている。その中心に何があるのか。誰が、何を求めているのか。

 今は、そこまでを考えない。考えてしまえば、次にやるべきことに、思いを巡らせていまう。私の推測は、推測のまま。記録はしない。


「……十日目、終了」


 記録用の端末に、そう打ち込む。

 公式な評価は、それで終わり。

 だが、私の中では、何かが始まってしまった感覚だけが、静かに残っていた。

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