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平安京エイリアンズ~彼女の独身垢によって裸にされた感情、さえも  作者: 岬口大鴉
【十日目】

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瀬戸澄佳の責任

 部屋に戻ると、空気が冷えていた。

 試験バイト用にあてがわれた、簡素なワンルーム。匂いも音も、すべてが無機質。さっきまでいたレストランとも、夜の道とも、羽黒山ともまるで違う。現実世界と異世界をつなぐ、ゲートのような、ただの空間。

 扉を閉め、鍵をかける。それだけで、肩の力が少し抜けた。


 今日、受け取ったものは多い。

 謝罪。情報。知らなかった名前。矢代美羽。

 飽海嶽。儀式。近衛たちの動き。封印。京崎ルリカに用意された援軍。そして、私の役目と、ルリカの役目が正反対だった事実……。


 考えるべきことは山ほどある。やるべきことも、見えている。

 なのに。

 シャワーを浴びながら、思考が勝手に別のところへ滑っていく。温水が肩を叩き、髪を濡らし、音が頭の中を空っぽにしていく。

 さっきの会話の内容が、何度もよみがえった。そして、かつての言葉も。


――一緒に考えたい。勝手に決めないし、勝手に背負わない。

――私も、逃げないから。


 彼に向かって自分がいった言葉。

 彼が小さく笑ったときの表情。


 ゲーム内での約束。VRの中で交わした言葉。

 ただ、それはゲーム内での出来事。現実の私は、彼と向かい合って話したことは、ほとんどない。

 それなのに。シャワーを止めたあとも、胸の奥に、あのやり取りの余韻が残っていた。

 

 蒸発する水分が、肌の熱を奪うのが、はっきり分かる。

 タオルで髪を拭き、ドライヤーをかける。鏡に映った自分の顔は、いつもと変わらない。感情を抑えた、整った表情。


……混同してはいけない。


 自分に言い聞かせる。あれはゲームの中でのことだ。試験だ。役割だ。あの約束は、ゲーム内の合理的な合意でしかない。


 それなのに。

 ドライヤーを切ったあと、無意識にスマホを手に取っていた。画面が点く。連絡先を開く。


……ない。


 当然だ。彼の連絡先は、最初から入っていない。交換したことがない。必要がなかった。ゲーム内で、すべてが完結していたから。

 指が止まる。画面を見つめたまま、数秒、動けなくなる。


……何を、期待していたの?


 自分で自分に問いかけて、少しだけ苦くなる。会いに行く理由も、連絡する理由も、ここには存在しない。

 もし今、彼の連絡先があったとして。もしメッセージを送れたとして。「指名手配されるかも」と伝えて……。それは、優しさだろうか。もしくは責任か。それとも、境界を踏み越える行為だろうか。


……楽になるために会うのは、卑怯だ。


 そう思ってしまう。楽になる手段として彼を使うのは、正しい責任の取り方じゃない。私が背負うと言ったものを、背負う姿勢を崩すことになる。

 私は、スマホの画面を伏せた。ベッドの脇に置き、深く息を吐く。


……大事だと思ってしまった。


 ゲーム内だけの約束。現実では形のない関係。それでも、あの言葉を、あの時間を、軽いものとして扱えない自分がいる。

 だからこそ、今は行かない。今は、触れない。

 現実で会うなら、現実で話すなら、それは理由を持ってから。それが、私の責任の取り方だ。

 そんなことに思いを巡らせながら、部屋の灯りを落とした。

 暗闇の中で、もう一度だけ、あの言葉を思い出す。


――私の責任。


 封印をほどく役目のことか。彼のことか。自分のことか。少し、わからなくなっていた。ただ、分からないままにしておけない、という感覚だけが残った。

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