謝罪の夜
近衛恒一は、三好千沙と鷺沢里穂を通じて、瀬戸澄佳を呼びだした。理由は、できるだけ簡単に。「ちゃんと謝罪したい。話もしたい」と。
言い訳は付けない。前置きも付けない。そういうものは、席に着いた瞬間から勝手に滲む。言葉で足せば、ただの臭いになる。
瀬戸は了承した――というより、拒まなかった。それだけで今夜の席は成立したと言っていい。
満足は来ない。別のプレイヤーと、外で食事をするらしい。寿司だとか、焼肉だとか、そんな話だった。それを聞いたとき、胸の奥にわずかな安堵が生じたが、すぐに切り捨てる。今日の主役は彼じゃない。
――いや、正確に言えば、「彼は、不在であること自体が意味を持つ」。
店は、俺の家がたまに使うところだ。静かで、明るすぎず、音が吸われる。会話が外に漏れない設計。
テーブルは六人掛け。三好、鷺沢、瀬戸、藤巻、国分、そして俺が座っていた。
席に着いたとき、瀬戸は一瞬だけ周囲を見渡した。内装でも、料理でもない。――人の配置だ。満足がいないことを、そこで改めて認識したのだろう。
「今日は、ありがとう」
最初にそう言ったのは、俺だった。頭を下げる。言葉も、お辞儀の角度も、深さも、意識的に選ぶ。誇張しない。だが軽くもしない。
「いえ」
瀬戸は、そう返した。声は落ち着いている。巫女としてではなく、一人の人間としての距離感。許してはいないが、拒絶もしていない。その中間。今の彼女らしい。
料理が運ばれる。前菜。白い皿に、必要最低限の色。フォークとナイフが触れる音が、やけに大きく聞こえた。
「改めて、謝罪させてもらいたい」
俺は言った。
「磐梯山での件。俺の判断が、あなたの自由と権利を制限した。状況に押しつぶされ、精神干渉を受ける隙を作ってしまった……。すべて、俺の力不足が招いた結果だ。本当に、申し訳なかった」
言葉は用意してきたものだが、読み上げる気はない。視線は逸らさない。相手の反応を見る。
瀬戸は、すぐには答えなかった。一口、料理を口に運ぶ。噛む。飲み込む。時間を使う人だ。感情を、外に出さないために。
「……謝罪は、受けました」
そう言った。
――その言い方。
胸の奥で、小さく何かが弾いた。完全な拒絶でも、完全な受容でもない。保留。
俺は、その「保留」を好ましく思った。ここで、切り札のカードを使うかどうか、それは即断することはしない。まずは、弱いカードで様子を見つつ、成り行きを見守る。
藤巻が、タイミングを見計らって口を開く。
「一つ、共有しておくべき情報がある」
俺は黙って頷いた。自分で言わない。これは、そういう内容だ。
「満足燈彦が、正式に指名手配される可能性がある」
空気が、わずかに張る。瀬戸の眉が、ほんの少し動いた。
「……それは、おかしいと思います」
即座に、そう言った。
「磐梯山の件では、彼が最大の功労者です。山を鎮め、多くの人を救った」
正論だ。俺は、それを否定しない。
藤巻が続ける。
「それは事実だ。だが、多賀城での放火事件は別の話になる」
言葉を選びながら、淡々と。
「目撃者が多いのが問題だ。NPCにも、顔と名前は、すでに共有されつつある」
瀬戸は、黙って聞いている。
「問題は、犯人が、蝦夷だという形で話が広まっていることだ」
藤巻の声が、少しだけ低くなる。
「俘囚の豪族たちが、危機感を示している。身内の仕業だと言われることを恐れている」
俺は、ナイフを置き、ここで口を挟んだ。
「平貞盛の耳にも入った」
瀬戸が、俺を見る。俺は視線を返す。
「満足には借りがある。だから、これまでは庇ってきた。だが――」
言葉を切る。
「貞盛に命令されれば、庇いきれない」
これは事実だ。それ以上でも以下でもない。
「……情報の共有、感謝します」
瀬戸は、そう言った。礼儀正しいが、他人行儀だ。だが、それでいい。今は。
貸しと借り。それは、積み重ねるものだ。いつか逆転し、断れなくなる。その構造を、俺はよく知っている。
「でもさ」
そのとき三好が、軽い調子で口を挟んだ。
「満足くん、そもそもゲームの目的がみんなと違うからね。矢代先輩を追っかけてるんだろうし……」
一瞬。本当に、一瞬だけ、場が止まった。
瀬戸が、三好を見る。困惑が、ほんのわずかに滲む。
「……矢代、先輩?」
その声で、確信した。
――知らない。
瀬戸は、満足が矢代美羽の痕跡を追っていることを、知らない。この事実が、胸の奥で、静かに熱を帯びる。
二人の間には距離が、ある。いや、距離が「生まれる」。
「……あれ、言ってなかったっけ?」
三好が、悪びれずに言う。
俺は、黙っている。自分では言わない。藤巻に、視線を送る。
「矢代美羽。学園三年。一つ上」
藤巻が、淡々と告げる。
「前回行われた、この試験バイトに参加したプレイヤーだ。我々は、満足が彼女の行動ログを追っていると考えている」
「なぜ、彼が?」
瀬戸が、問いかける。
「それは、ゲーム内のログからは分からない」
藤巻は、正直に言った。
「ただ、現実側の情報から、推測はできる……、ただ、あくまで推測だ」
「聞かせてください」
瀬戸の声は、落ち着いていた。
藤巻が、一瞬だけこちらを見る。俺は、何も言わない。
「先輩は、最近、学園に来ていないみたい」
三好が、自然につなぐ。
「休学届は出ていない。久世先生の授業に、前は熱心に出てたみたいだが、それも春季ずっと出ていない」
そう、藤巻が補足する。
「そういえば、一年の頃は、満足くんと仲が良かったみたいだよ」
鷺沢が、不確定な噂話を付け加える。
瀬戸は、考え込む。だが、落ち込んだ様子はない。情報を、整理している顔だ。
「……そうですか」
短く、そう言った。
「いろいろと、腑に落ちました」
その反応に、俺は内心で頷く。彼女は、感情で判断しない。だからこそ――抱え込むのだろう。そして、そこに俺が付け入る隙ができる。
鷺沢が、話題を変えた。
「ところで澄佳ちゃん、装備の使い心地はどう?」
そこからは、近況報告となった。
京へ向かう話、馬集め、鍛錬など最近のこちらの活動状況を各々が話すうちに、空気は、和らいだ。
「京崎ルリカ、実は結構好きだ」
国分が、少し照れたように言う。
「私も好き。一個上とは思えないくらい大人、ちゃんと自己管理できる感じがいい。それに女子力も高い」
三好も頷く。
「美人だし、なんか色気あるよねあの人」
鷺沢が、そう付け加える。
「私とは、違った巫女です」
瀬戸が言った。
「一緒にいると、刺激を受けます」
「で、満足くんは、どっちの巫女がタイプなんだろ」
鷺沢が、冗談めかして言う。
「……最初は、喧嘩ばかりしてましたが」
瀬戸は、少し言葉を詰まらせた。
「今は……信頼できる仲間、みたいな感じです」
その一瞬の揺らぎを、俺は見逃さない。
――また抱え込んでいる。共有しない。
そして、これは満足も、同じだった。矢代のことを、一人で抱えていた。
やがて、藤巻が締めるように言った。
「そういえば、京崎ルリカへ合流する人員が、三名、飽海嶽に向かっているそうだ。どんな類の援軍かは、不明だが」
鷺沢が、即座に食いつく。
「それって、プレイヤー?」
藤巻は、首を振った。
「そこまではわからん」
その瞬間、場の空気が、少し変わった。
――京から。飽海嶽へ。
俺は、グラスを置いた。切り札のカードは、まだ切らない。だが、状況は好転したといっていいだろう。
そして、俺の中で――動く理由が、確実に形を持ち始めていた。
明日は、二本投稿いたします。6時と16時です。
よろしくお願い致します。




