京崎ルリカの『平安京エイリアンズ』VRプレイバック
ログアウトして、京崎ルリカはまずキッチンに立った。マグカップにコーヒーを注ぐ。砂糖は入れない。ミルクもなし。配信前に甘いものを入れると、言葉が緩む気がする。
私は湯気を一度吸い込んでから、デスクへ戻る。椅子に腰を下ろし、今日の配信で使う動画をチェックする。
……問題なしね。
素材データは準備完了。あとは、自分の準備だ。
シャワーを浴び、メイクを直し、今日の配信で着る衣装を確認する。用意されていたのは、タイトなサマーセーターで、がっちりデコルテを強調するデザイン。少し短めで、少し動くとお腹が見えるタイプ。それに、レザーのショートパンツ。がっつり脚を見せるデザインだ。
……夏とはいえ、ちょっと、あざとすぎだな。
配信で着る服は、コラボやタイアップが多い。配信日ごとに、パターンを変えたいので、基本はそれを考えてくれるスタッフの指定通りだ。ただ、私が「違う」と言えば、それが絶対。あくまで、スタッフは私のサポートにすぎない。だからといって、私もわがままを言うわけではない。しっかり意見を言い合えるチームであることが大事だ。
ただ、配信の場には、スタッフは入れない。配信は、視聴者と私が向き合う場であり、そこにスタッフがいるのが見えると、空気が一気に冷める。だから、スタッフは別室で待機だ。
VR配信はカメラがとにかく多い。視聴者が、いろんな角度から楽しめたり、私と一緒の場所にいるような感覚を味わえたりするのが、VR配信の醍醐味である。
この部屋は、その配信のためのセッティングがすでに終わっている。カメラの角度を微調整し、別室のスタッフに通信で確認する。
「機材周り、準備オッケーです。配信開始まで、あと2分」
「了解、よろしくね。じゃあ、今日も、頑張ろう!」
気合を入れると、スタッフから「おー」と、掛け声が返ってきて、通信が切れる。
配信開始まで、あと少し。何度も配信をしているが、このときの緊張感はなくなることはない。
リングライトを点ける。モニター右が配信画面、左がコメント欄。
コーヒーを一口。よし。
BGMが流れ出す。配信用、というか、この案件のために作った、新曲『狐火サンライズ』だ。
配信してから間もないが、動きは過去イチで良い。私もかなり気に入ってる。
ピアノとギターのリフが混じる、アップテンポなイントロが弾けた。
……狐火みたいに、揺れてる気持ち
「それが君」って、言われるたびに……
画面には「コン!」というコメントが、滝のように流れ出す。
サビの終わり、「触れたら消えて、嘘になる」というフレーズが、余韻を残して消えると同時に、カウントダウンがゼロになる。
「お待たせ!! 今夜も化かされに来た? ――こんばんは」
切り替わる。現実の京崎ルリカから、配信者のルリカへと。
「京崎ルリカです。今日も来てくれてありがとう」
コメントが一気に流れ始める。
〈待ってた〉
〈生きてた〉
〈声きれい〉
〈今日もかわいい〉
「はいはい、生存確認ありがとう」
軽く笑う。
「まずは、昨日の奉納ライブ」
少しだけ姿勢を正す。
「現地で見てくれた人も、アーカイブの人も、ほんとにありがとう」
〈あれ最高〉
〈舞よかった〉
〈赤スパ!〉
「ありがとう、サントクさんナイスギフト。SUGARUさんもありがとう」
いつもの調子でコメントを拾いながら、自然に本題へ持っていく。
「今日もどっぷり、平安の世界に浸ってきました」
テロップが出る。
――『平安京エイリアンズ』――ルリカのVRプレイバック――
〈いざ北へ〉
〈888888888888888〉
〈明日の奉納ライブ、チケットとったー〉
〈裏山〉
〈どんどん平安京から離れるルリカ〉
チャットは止まらない。常連の視聴者は、私の予定をすでに把握している。
「今回さ、正直言っていい?」
少し肩をすくめる。
「濃すぎた」
〈まじか〉
〈期待しかない〉
〈ルリカの「くっころ」待機〉
「まずは、前回のおさらいね」
そこで映像が切り替わる。彌彦神社での特別奉納のダイジェスト、そして、「これから、船に乗って日本海を北上します」と、気合いを入れる私のシーンへと続いていく。
〈おさらいはじまた〉
〈ルリカの巫女服かわいい〉
〈安定の黒巫女〉
「で、今回は、なんと船で別のプレイヤーさんたちと一緒になりました」
〈まじか〉
〈一緒にプレイとかズルい〉
〈そこ代われ〉
そして、荒れた海。船の上。視界が揺れる。
〈うわ〉
〈酔う〉
「初日は穏やかだったんだけどね。この日はやばかった」
画面が大きく傾く。
「で、……落ちました」
〈落ちたw〉
〈事故w〉
〈落水はヤバイ〉
「ほんと焦った。これで終わったと思った」
次の瞬間、光の膜。結界。
「でも、結界張ってたから船は無事。日頃の行いって大事よね」
〈さすルリ〉
〈結界職人〉
「でも、なんか生き残っちゃった。ということで、今回は洞窟サバイバル回です」
〈ワクテカ〉
〈ルリカのサバイバル生活、期待しかない〉
「で、ここからが大変だった」
映像が暗転し、洞窟へ。
水音。反響。視点が低く、前に進む。
〈あれ?〉
〈今日のカメラ、いつもと違う〉
〈主観多め〉
私は一瞬だけ間を置く。
「ここはね、私と一緒に遭難プレイした人がいたんだ」
あえて、さらっと言う。
「だから視点が、いつもとちょっと違います」
洞窟の中を進む映像。画面の端に、もう一人の影。
顔は処理されている。声も別物。――だが、服。
〈あ〉
〈その服〉
〈神社にいた嫌味な奴に似てる〉
このコメントに、ほんの一瞬だけ動く。
「そこは」
即座に言う。
「あんまり触れないでね」
服が個性的すぎること、完全に抜けていた。顔と声を修正しても、これでは……。
〈分かる人には分かるやつ〉
さらにコメントが流れる。
〈榊原、自重〉
〈室田もな〉
「……」
しかし、そんなコメントはすぐに流される。
〈今日のダイジェストのルリカ、いつもよりさらにかわいいんだが〉
〈視点のせい?〉
〈カメラが近い〉
〈男子目線〉
そう言われて、ダイジェストに目を映す。いつもの山本の目線とは違う。満足が、私を見る視線……。
「ちょ、ちょっと」
私は思わず身を乗り出す。
「なんで、そんなとこ見てるのよ」
思わず、素が出てしまった。
そしてコメント欄が反応して、ざわつく。
〈今の素〉
〈素出た〉
〈かわいい〉
「はい、次!」
私は強引に切り替える。
映像が変わる。洞窟の奥。高い天井。淡い光。寝転がり、天井を見上げている場面。
〈……きれい〉
〈映画みたい〉
空気が変わる。
〈俺もルリカと見たい〉
〈この空間ずるい〉
私は、コーヒーを一口飲んでから、静かに言う。
「ここね……本当に、きれいだった」
声が少しだけ落ち着く。
「正直、危なかったけど、印象的な瞬間だった。こういうのがあるから、このゲーム、やめられないんだよね」
〈わかる〉
〈それな〉
その中に、ひとつだけ、分かる人には分かるコメント。
〈蛇の肉もな〉
私は、見なかったことにした。
「というわけで、今日のハイライトはここまで」
映像を止める。
「次回は飽海嶽の結界チェック回、今の鳥海山ね」
少しだけ、表情が引き締まる。
「奉納ライブの方は、狐火チケットまだ少し残ってるみたいです。時間がある人は火の玉になって、観に来てくださいね」
すぐに、いつもの笑顔に戻る。
「じゃあ今日はここまで! また次の配信で。おつルリカ!」
――配信終了。
画面が暗転し、部屋が静かになる。私は、椅子にもたれて天井を見た。
……見られてたな。
あの視点。洞窟の天井。近すぎる距離。正直、配信向けの視線じゃなかった。
少しだけ、頬が熱くなる。
「……次は、もっと覚悟決めよ」
そう呟いて、空になったマグカップを置いた。
配信のOPで流れている曲の歌詞です。作中でフルで歌われることは多分ないと思うので、こっちに載せておきます。
https://ncode.syosetu.com/n2242md/2




