回る寿司、流れる記憶
ログアウトして、気づいたら街だった。いや、正確には――店。約束をした覚えのない、回転寿司のチェーン店に、榊原と室田とともに僕は来ていた。
「やっぱ寿司だよなー」
榊原が言い、室田が当然のように頷く。
「肉もいいけど、今日は魚の気分だったんだよ」
「あとビールな」
「当然、言うまでもない」
言葉のやりとりが、やけに軽い。その軽さに、僕は一瞬だけ、引っかかる。
「……あれ?」
自分でも、なにが気になったのか分からない。
「どうした?」
「いや……ゲームの中でも、うまいもの食べたよな」
首を振る。何かを食べた気がする。それが何だったか、漠然としたイメージしか思い出せない。でも、幸せな記憶がそこにあった、その感触が、記憶を呼び戻す。
「カツ丼、うまかったよな」
口に出してみると、榊原が一瞬だけ考える。
「あー……」
室田も、少し間を置いてから言った。
「……あった、かも?」
その返事で、分かった。二人とも、確信がない。
……覚えてないのか。
それ以上、誰も追及しなかった。
まあいいか、という雰囲気とともに空気が流れる。レーンの上を、寿司が流れていく。マグロ、サーモン、白身、炙り。名前と値段と、見た目だけが揃った、きれいな切り身。
「しかしさ」
榊原が、サーモンを取りながら言う。
「人魚の肉って、結局なんなんだろうな」
唐突だったけど、誰も驚かなかった。
「魚なの? 人なの?」
「定義次第じゃない?」
室田は、いつもの調子だ。
「上半身が人で、下半身が魚、ってイメージが強いけど、逆の伝承もあるし」
「じゃあ、食べるとしたらどこだ?」
榊原が笑う。
「尾びれ? それとも……」
言いかけて、やめた。言葉が続かなかったわけじゃない。続ける必要がないと判断した顔だった。
僕は、レーンを見ていた。
赤身。白身。皮付き。炙り。どれも、それっぽい。
「……人魚の肉ってさ」
気づいたら、口を開いていた。
「どこを食べたか、部位? そこは聞かないよな」
二人が、少しだけこちらを見る。
「確かに。長生きした、って話はあるのにな」
「まあ、昔話だし」
室田が言う。
「そこは省略でしょ」
「だよな」
榊原も、あっさり流す。
でも、僕は流せなかった。
――魚か人か、じゃない。
そう考えて、僕は言葉を止めた。
どこを食べたか、覚えていない。語られてない。それが、いちばん気持ち悪かった。
皿が、目の前を通り過ぎていく。
これも、元は何かだった。生きていて、泳いでいて、でも今は、名前と値段しか残っていない。
「そういやさ」
榊原が、ビールを飲みながら言う。
「俺ら、ゲーム内で最後、何食ったっけ?」
「……やべ、思い出せねえ」
「いや、まあ大したもの食べてないとは思うけど」
室田が、少し困った顔をする。
「……なんか、汁物だっけ?」
「そんな感じだった気はするな」
二人とも、笑っている。本気では困ってはいない。
ただ、僕は妙に気持ち悪かった。二人も本当はどう思っているのだろうか。それを聞けるほど、僕は彼らとは親しくない。もう二か月近くVR時間では一緒にいるのに、そんな風に思ってしまった。
――忘れてる。いや、圧縮されてる。
大事じゃないから消えた。そう判断された記憶。
でも、それを決めたのは、誰だ?
「……まあ、いいか」
榊原が言って、次の皿を取る。
「今は寿司だし」
「そうだな」
室田も頷く。その瞬間、この二人は、もう忘れていくことに、特別な意味を見出していないのかもしれない。
上辺だけのことなのかもしれない。でも、さっきの食事も、この会話の一部も。もしかしたら、もっと大事だったはずの何かも。彼らは、そう処理してしまうのかもと、レーンを流れる寿司を見ながら、僕は思う。
そして、ふと考えに耽る。
……人魚の肉って、食べたあとに、こうなる肉なんじゃないか。
魚だったのか、人だったのか。どこを食べたのか。そんなことより、食べた側が、何を失ったか。それだけが、あとから残る。そんな食べ物。
ビールの泡が、喉を通る。
美味い。ちゃんと、今を感じられる。だからこそ、余計に思う。
……この感覚も、いつか圧縮されるんだろうか。
榊原と室田は、もう次の話をしている。ゲームの愚痴。次に行きたい店。どうでもいい、楽しい話。
僕は、それを聞きながら、皿を一枚取った。
――白身。
おいしそうだが、何の魚か、プレートが滲んでいて読めない。少しだけ、嫌な予感がした。でも、僕はそれを口に放り込んだ。




