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平安京エイリアンズ~彼女の独身垢によって裸にされた感情、さえも  作者: 岬口大鴉
【十日目】

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回る寿司、流れる記憶

 ログアウトして、気づいたら街だった。いや、正確には――店。約束をした覚えのない、回転寿司のチェーン店に、榊原と室田とともに僕は来ていた。


「やっぱ寿司だよなー」


 榊原が言い、室田が当然のように頷く。


「肉もいいけど、今日は魚の気分だったんだよ」


「あとビールな」


「当然、言うまでもない」


 言葉のやりとりが、やけに軽い。その軽さに、僕は一瞬だけ、引っかかる。


「……あれ?」


 自分でも、なにが気になったのか分からない。


「どうした?」


「いや……ゲームの中でも、うまいもの食べたよな」


 首を振る。何かを食べた気がする。それが何だったか、漠然としたイメージしか思い出せない。でも、幸せな記憶がそこにあった、その感触が、記憶を呼び戻す。


「カツ丼、うまかったよな」


 口に出してみると、榊原が一瞬だけ考える。


「あー……」


 室田も、少し間を置いてから言った。


「……あった、かも?」


 その返事で、分かった。二人とも、確信がない。


……覚えてないのか。


 それ以上、誰も追及しなかった。

 まあいいか、という雰囲気とともに空気が流れる。レーンの上を、寿司が流れていく。マグロ、サーモン、白身、炙り。名前と値段と、見た目だけが揃った、きれいな切り身。


「しかしさ」


 榊原が、サーモンを取りながら言う。


「人魚の肉って、結局なんなんだろうな」


 唐突だったけど、誰も驚かなかった。


「魚なの? 人なの?」


「定義次第じゃない?」


 室田は、いつもの調子だ。


「上半身が人で、下半身が魚、ってイメージが強いけど、逆の伝承もあるし」


「じゃあ、食べるとしたらどこだ?」


 榊原が笑う。


「尾びれ? それとも……」


 言いかけて、やめた。言葉が続かなかったわけじゃない。続ける必要がないと判断した顔だった。

 僕は、レーンを見ていた。

 赤身。白身。皮付き。炙り。どれも、それっぽい。


「……人魚の肉ってさ」


 気づいたら、口を開いていた。


「どこを食べたか、部位? そこは聞かないよな」


 二人が、少しだけこちらを見る。


「確かに。長生きした、って話はあるのにな」


「まあ、昔話だし」


 室田が言う。


「そこは省略でしょ」


「だよな」


 榊原も、あっさり流す。

 でも、僕は流せなかった。


――魚か人か、じゃない。


 そう考えて、僕は言葉を止めた。

 どこを食べたか、覚えていない。語られてない。それが、いちばん気持ち悪かった。

 皿が、目の前を通り過ぎていく。

 これも、元は何かだった。生きていて、泳いでいて、でも今は、名前と値段しか残っていない。


「そういやさ」


 榊原が、ビールを飲みながら言う。


「俺ら、ゲーム内で最後、何食ったっけ?」


「……やべ、思い出せねえ」


「いや、まあ大したもの食べてないとは思うけど」


 室田が、少し困った顔をする。


「……なんか、汁物だっけ?」


「そんな感じだった気はするな」


 二人とも、笑っている。本気では困ってはいない。

 ただ、僕は妙に気持ち悪かった。二人も本当はどう思っているのだろうか。それを聞けるほど、僕は彼らとは親しくない。もう二か月近くVR時間では一緒にいるのに、そんな風に思ってしまった。


――忘れてる。いや、圧縮されてる。


 大事じゃないから消えた。そう判断された記憶。

 でも、それを決めたのは、誰だ?


「……まあ、いいか」


 榊原が言って、次の皿を取る。


「今は寿司だし」


「そうだな」


 室田も頷く。その瞬間、この二人は、もう忘れていくことに、特別な意味を見出していないのかもしれない。

 上辺だけのことなのかもしれない。でも、さっきの食事も、この会話の一部も。もしかしたら、もっと大事だったはずの何かも。彼らは、そう処理してしまうのかもと、レーンを流れる寿司を見ながら、僕は思う。

 そして、ふと考えに耽る。


……人魚の肉って、食べたあとに、こうなる肉なんじゃないか。


 魚だったのか、人だったのか。どこを食べたのか。そんなことより、食べた側が、何を失ったか。それだけが、あとから残る。そんな食べ物。

 ビールの泡が、喉を通る。

 美味い。ちゃんと、今を感じられる。だからこそ、余計に思う。


……この感覚も、いつか圧縮されるんだろうか。


 榊原と室田は、もう次の話をしている。ゲームの愚痴。次に行きたい店。どうでもいい、楽しい話。

 僕は、それを聞きながら、皿を一枚取った。


――白身。


 おいしそうだが、何の魚か、プレートが滲んでいて読めない。少しだけ、嫌な予感がした。でも、僕はそれを口に放り込んだ。

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