相原由衣の妄想
祓いの儀式が始まってから、三日が経った。
相原由衣は、宿坊の外に立っていた。正確には「立たされていた」。見張り役だ。理由は単純で、中を見せてはいけないから。だから、外にいる。――いるしか、ない。
一日目は、正直、テンションが高かった。
私たちが謎の声を聴いたあと、瀬戸はすべてを理解したように、手際よく儀式の準備をすすめた。ルリカの表情にも、気合いを感じた。そして、部屋の封印、これを守ることが私と山本に託された役目だ。
しかしながら、外で待っているだけというのは、正直、暇である。だから、中の様子がどうしても気になってしまう。これは、ジャーナリストの悲しい性である。
水音がする。一定の間隔ではない。流す音、掬う音、落ちる音。吐息が混じる。ときおり喘ぐような声も混じる。短いが、意識的に整えようとする呼吸が聞こえてくる。
祝詞。声が重なる瞬間がある。二人分だ。衣擦れ。立ち位置を変えたときの、布の音。
……はい、これはもう、素材が揃いすぎている。『鶴の恩返し』の与ひょうの気持ちがわかる。
密室に複数人の男女、儀式、水、それが長時間……。
……だめだ、だめだ。
頭の中の編集者が、勝手にテロップをつけ始める。
「これは……、儀式という名の……」
いや、違う。私は、ジャーナリストだ。煽らない。断定しない。これは事実を集める取材フェーズだ。実話週刊誌的なフィクションにしてはならない。
でも、音が、あまりにも「語って」くる。
夜になると、水音が減った。代わりに、低い声が漏れ聞こえる。祝詞というより、数を数えるような調子。そして、ときどき、布が、床に触れる音も。
これは……体勢が変わった? いや、休憩? 交代?
そんな風に、完全に観察者の思考になってしまった頃、先に休憩をとっていた山本が「そろそろ、交代しましょう」と声をかけてきた。いい頃合いだった。
ただ、床で目を閉じても、瞼の裏に、巫女たちが儀式を続けるイメージがしばらくの間、浮かんでいた。
二日目。
音数が初日よりも少なくなっている気がした。情報が少ないと、中の様子は探れない。正直、刺激は減ったが、逆に考えれば見えてくるものもある。
それは、儀式が安定してきたということだ。異常がない、という情報は、報道的には弱い。でも現場としては、かなり強い。
私は、外で膝を抱えながら、頭の中で進行表を作っていた。
……初日は導入だったが、二日目の今日は……耐える日?
そのときだった。中から大きく、苦悶の声が聞こえる。
横にいた山本が、ぽつりと、言った。
「……大丈夫です。ルリカさんなら」
誰に向けた言葉でもない。私に説明するでもなく、中に呼びかけるでもなく。ただの、確認の言葉だった。
……ああ。
これ、ちゃんと進んでる。順調かはわからないけど、段階を進めてる。そう考えると、変な妄想は、少しだけ引っ込んだ。代わりに、「見守る」という感覚が、前に出てくる。
三日目。
夜明け前。音が、ほとんどしない。水音も、祝詞も、吐息も、すべてが遠い。あるのは、気配だけ。
……静かすぎる。
私は、さすがに悪い想像をしそうになって、深呼吸した。こういうときこそ、過程を見るべきた。そう思って、再確認する。
――長時間だが、途中で崩れていない。
――外部からの介入、邪魔も入ってない。
これは、普通に考えるならば、懸念よりも、順調さを示す要素だ。
その瞬間、山本が、今度ははっきり言った。
「……もう、山は越えてます」
それだけ。でも、私もそう思った。黙って、頷く。
これはもう――産声を、待つフェーズだ。自分でそう思って、少し笑ってしまった。なんだそれ。助産婦か。
やがて、朝。扉の向こうで、気配が変わる。重さが、ほどける。
私は、立ち上がって、姿勢を正した。
……頑張りましたね。
声には出さない。これは、記録じゃない。感想だ。
でも。でも、こういう瞬間を、「起きたこと」として覚えていられるのは、悪くない。
私は、ノートを閉じた。
――これは、覗いちゃいけないやつだった。
そして同時に、この場に立ち会えたことを、少しだけ誇りに思った。
不定期になりますが、こんなのを始めました。本編と併せて、よろしくお願いいたします。
平安京エイリアンズ~補足・設定メモなど
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