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平安京エイリアンズ~彼女の独身垢によって裸にされた感情、さえも  作者: 岬口大鴉
【十日目】

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洞窟の名残り

 夕食が終わってからしばらく経った頃だった。僕は、瀬戸と話したあと、少し思いついたことがあったので、また少し山に入った。今は自室で、今日の収穫物の確認をしていた。声を掛けられたのは、そんな時だった。


「マンゾク、起きてる?」


 京崎ルリカの声だった。障子越しの声は静かで、昼間よりも柔らかい。


「起きてる」


 そう答えると、少し間があって障子が開いた。


「……少し、話せる?」


 断る理由はなかった。それに――このまま何も言わずに明日を迎えるのも、違う気がしていた。


「どうぞ」


 入ってきたルリカは、派手な巫女服でも外套姿でもなく、浴衣だった。灯りに肌が少し白く見えて、妙に大人っぽい――と思ったのは一瞬で、彼女の表情が、僕の部屋の中を見た途端に固まった。

 床に散った収穫物。冬虫夏草。蜂の子。しかも採れたてで、まだぴくぴく動いているのもいる。


「す……ごいわね」


「いや、それほどでも」


 僕がそう返すと、ルリカの眉間にしわが寄る。


「よければ、場を移しましょう。私の部屋でいいから」


 確かに散らかっている。これでは落ち着いて話はできないかもしれない。

 ルリカが使っていた宿坊は静かだった。行灯の灯りが畳に落ち、湿り気のない、よく整えられた空気が漂っている。洞窟とは、あまりにも対照的だ。


「座って」


 そう言われて腰を下ろすと、ルリカは棚から茶器を出して、何やら準備をしている。布でできたドリップを茶こしのようにして、そこに粉末を入れて、火鉢で沸かしていた湯をかける。僕はその様子を、黙ってみていた。

 その視線に気づいたルリカが説明する。


「これ、たんぽぽコーヒーだって。室田くんがくれたの」


 湯気に混じって、苦い香りが立つ。


「私、コーヒーないと落ち着かない人間だから。味は偽物だけど、意外といける」


「へえ」


「マンゾクも、薬草とかハーブ集めなよ。虫じゃなくて」


 少し非難が含まれた声色だったが、僕は何も言わない。というか、言えることがない。

 山で採取しているときの記憶は、かなり圧縮されている。結果、感覚としては、自動でスキルが勝手にやっている感じに近い。それが、どういうシステムなのかわからないが、採取しているものは僕の本能や趣向が反映された結果だと思う。最近は、天蚕ですら気が付いたときには、ポケットに入ってることもある。

 湯を注ぐ音が、夜の静けさに溶ける。香りが立った。


「熱いから」


「ありがとう」


 一口飲む。苦い。でも、ちゃんと美味い。

 しばらく、取り留めのない沈黙が続いた。重くはない。ただ、言葉の順番を探している感じだった。


「……あれから」


 ルリカが、ぽつりと言う。


「ちゃんと話してなかったでしょ。洞窟のあと」


「まあ……状況が、状況だったし、僕、三日、記憶もないし」


「うん」


 否定しない。茶碗を両手で包みながら、少し考えてから続ける。


「洞窟、どうだった?」


「どう、って……」


 少し考える。


「大変だったし、やばかった。辛かった。……でも、正直、全部が最悪ってわけじゃない」


「へぇ、意外」


「僕もそう思う」


 ルリカが、くすっと笑う。


「蛇は?」


「味は、意外に悪くなかった」


「私は二度とゴメン」


 即答だった。


「僕も、戦うのはもう嫌だな」


「思い出しただけで、もう無理」


 短いやり取りなのに、空気がふっと緩む。


「でもさ」


 ルリカが言う。


「暗い中で進んで、音が反響して、岸壁がキラキラして、よく分からないところで笑ってさ……」


「……うん」


「探検、っぽくなかった?」


「命懸けだけどな」


「それはそう、でもそれが、充実感につながってるところもある」


 少し間を置いて、彼女は視線をこちらに向けた。


「ねえ、満足」


「ん?」


「あなた、あんな戦えたんだね」


 一瞬、言葉に詰まる。


「……あんな、って?」


「榊原くんと練習してたときと、全然動きが違った」


 はっきりした言い方だった。


「正直、驚いた」


 茶碗を置き、続ける。


「速さとか、反応とか、そういうレベルじゃない。別物って感じだった」


 否定しようとして、やめる。


「……自分でも、そう思う」


「だよね」


 ルリカは頷いた。


「伏見稲荷の秘儀も、正直すごかったよ。洞窟の明かりとか、乾かしとか、料理まで、全部助かった。あれがなかったら詰んでた」


 僕がそう返すと、ルリカは静かに首を振る。そして、少し、言葉を選ぶ。


「質が違う」


 淡々とした評価だった。


「でも、制御できる力だ。僕のは、正直使ってるのか、使われているのか、今もわからない。……割に合

わない。リスクも……」


 自分で言って、胸の奥が少し気になる。


「やっぱり、あるのね。リスクが」


「一時期、ログアウトできなくなった」


 その言葉に、ルリカは目を見開く。僕は、声を落として続ける。


「完全に迷走してた。抜け道が見えない感じ、時間感覚もなくなった」


 少し間があった。


「……怖かった?」


 ルリカが、静かに聞く。


「怖い、っていうより」


 言葉を探す。


「戻ってきてから思ったのは、仕様として危ない、って感じ」


 ルリカは、目を伏せた。


「どうやって、ログアウトしたの」


 その問いに、僕は少し迷って、口にした。


「瀬戸さんが……」


「……瀬戸さんが?」


「いた。……おかげで戻ってこられた。彼女がいなかったら、多分、今ここにいない」


 ルリカは、ゆっくり息を吐いた。


「それは、ちゃんと祓えないの?」


「どうもそうらしい。彼女が、そう言ってた。でも、変わらない。彼女にはいつも……」


「助けられてる?」


「ああ」


「……そう」


 それ以上は、聞かない。

 しばらく、また沈黙。


「ね」


 ルリカが言う。


「助けた、とか、助けられた、とか」


「うん」


「たぶん、どっちでもない。補い合ってた、くらいがちょうどいいんじゃないかな」


 その言い方は、良い感じに取りすぎの気もした。けど、妙にしっくりきた。


「……それなら、僕らも洞窟で、意外と、いいチームだった?」


「意外とね」


 僅かに笑う。

 それから、ルリカは少し姿勢を正した。


「そういえば、洞窟内のムービーログ残ってるよね」


「ああ、多分」


「多分って、マンゾクは、自分のログとか見返さないの?」


「見たことない。……というか、見返す気にならない」


 嘘じゃない。見返したら、戻ってしまいそうな気がしていた。

 ルリカは小さくため息をつく。


「まあ、なんか君らしいけど……」


 それから、彼女は丁寧にログの仕組みと、その確認方法を教えてくれた。


 ログには大きく種類が二つある。文書と映像のログだ。

 まずテキストベースの方は、「個人行動ログ」と呼ばれ、行ったこと、話したことがテキストになっている。ゲーム内でも公文書・報告書に再構成されているらしいので、ゲーム内の身分などで権限がある人は、いろんな情報にアクセスできる。藤巻が色々と知ってるのは、これにアクセスできるからだろう。


 もう一つは、「映像ログ」。これは、主観映像の記録で、すべてのデータが運営サーバーに保存されているそうだ。基本的にプレイヤーが、自分のプレイを確認する、リプレイのための機能ということ。当然、これはプライバシー配慮があるので、他のプレイヤーとの共有はできない。また、運営側では、重大な理由、たとえば何か事故などあった時に見る必要が生じた場合、管理者権限で閲覧可能になるそうだ。


「詳しいな」


 あきれ顔でルリカが呟く。


「基本よ。それに、私の職業、忘れたの?」


 そう言われて、少し考える。思い浮かんだのは、ファンタジーな巫女、もしくはビキニ姿を見られても堂々としている彼女の姿だった。


「ええと、……変な巫女? グラドル?」


「変じゃないわよ失礼ね! あと、確かにグラビアもやってるけど、ここで言うべきは、インフルエンサーでVRチューバ―。『平安京エイリアンズ』公認のPR大使でしょ」


「肩書多いな」


 僕は、そう呟いて、たんぽぽコーヒーをすする。


「まあいいわ、で本題なのだけど。私ね、今、ログアウト後に配信してるんだけど、その中で『平安京エイリアンズ』のプレイを紹介するコーナーがあるの」


 ふむ、そんなのあったのか。これも初めて知った。


「いつもは山本が撮影してくれてるのと、私のムービーログとで作るんだけど、今回はね……撮れ高が死んでる」


 言い方は軽いが、目は真剣だった。


「洞窟、そのあと祓いの儀式で三日籠って、その後は自分の療養。……素材がないの」


 それで、少し言いにくそうに続ける。


「お願い。マンゾクの洞窟ログ、使わせて」


 しかしながら、他人に自分のログを見られるのは、やはり気が引ける。


「洞窟内の場面を指定してくれるだけでいいの。あとは、運営側から動画制作の方にデータを回してくれる。プロの編集だから、やばいものは絶対に映らない。お願い!」


 ルリカは結構真剣な感じだ。演技とも思えない。何か契約の問題とかもあるのかもしれない。なら、僕もちゃんと線を引く必要がある。


「主は出せない。絶対に」


「うん。そこは触らない」


「僕の影も、出さないでほしい」


「当たり前。私だって弁えてる」


 僕は少し考えて、条件を続けた。


「顔は隠して。声も、できるなら加工して」


「何それ、犯罪者?」


 口はそう言いながら、ルリカは即座に頷く。


「できる。モザイクもボイチェンも余裕。今の編集、魔法だから」


 僕は苦笑して頷いた。


「……なら、いいよ」


 ルリカが、少し意外そうな顔をする。


「って、条件、それだけ?」


「なんか見落としあったか」


「たぶん無いと思うけど、もっとほら……」


 彼女が言いたいことは予想がつく。

 貸し借りとか、弱みとか、そういう類の話だろう。

 でも、そうじゃない。


「補い合ってた、くらいがちょうどいいんだろ」


 さっきの言葉を返す。困ってる仲間を、できることで助ける。それだけだ。

 ルリカは一瞬、口を閉じてから笑った。


「……そうだったね。ありがとう」


 そして、付け加える。


「あんたも、困ったときには、私にちゃんと相談しなさいよ」


 そして、ルリカはなぜか少し上から目線でいった。まあ、一つ年上のお姉さんだからね、仕方ないね。


「そういえば、繭に包まれたときの僕、その丸三日のログってあるのかな。確認できると思う?」


「へっ? どうだろね」


 ルリカは驚いた顔。そして目を逸らす。今さっき相談しろといったくせに、頼りない返事だ。僕は、先ほど教わった手順で自分のログを確認したが、文書ログは完全に空白。ムービーログも真っ暗な映像が続くだけだった。


「なんも残ってないわ、やっぱり」


 そういうと、ルリカは少し間を取って告げる。


「そりゃあそうでしょ、繭だか蛹だかになってたんだから……。そんなことよりも、配信用素材として満足の映像ログの提供申請するから、時間の範囲指定だけ教えて」


「モザイクとボイチェン、頼んだぞ」


「もちろん、あっちは編集と加工のプロよ。やばいもの、危険な物はばっちり修正入るから。あと、運営からログ供給の同意書が送られてくるから、同意だけしてね」


 それから、少しすると、本当に運営からのお知らせが視界で点滅する。開いてみると、本当に同意書が添付されていた。長い規約は読み飛ばし、一番下にある同意するボタンを選択すると、これで手続きは完了のようだった。

 さて、用は済んだはずだ。僕はそう思い、腰を挙げた。


「じゃあ、そろそろ戻るわ」


 そういって、扉に手を掛けたとき、背中から声がかかる。


「飽海嶽、マンゾクも行くんだよね」


「ああ」


「そのあとの予定は?」


 僕は、すぐに答えなかった。僕自身でもよくわかってなかったからだ。


「……今は、まだわからない」


「よければ、京都、一緒に来ない」


 ルリカの顔は見えない。でも、その重さはわかった。だから、ちゃんと、僕も答えた。


「このゲームで、僕にはやりたいことがあって……。でも、今はこの先どう動くべきか、そのルートがまだ見えない。だから、その誘いは選択肢として、残しておくよ」


「それも、分かる」


 振り返ると、そこにいるルリカは笑顔だった。別れ際に特有の、少しだけ名残り惜しい感じ。また、すぐ会うことになるのに。このときは、少しだけ、やっぱり、どこかさみしい。そんなことを思ってる、どこにでもいる、少し綺麗な、年の近いお姉さんに見えた。


「……ありがとう、誘ってくれて」


「話せてよかった」


「僕も」


 外に出ると、夜の空気が少し冷たかった。

 僕らが、この先、どういう関係になるのかはわからない。ただ、――一緒に洞窟に潜って、生きて戻った事実だけは、確かだった。

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