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平安京エイリアンズ~彼女の独身垢によって裸にされた感情、さえも  作者: 岬口大鴉
【十日目】

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情報屋の仁義

 多賀城の市は、昼前が一番騒がしい。荷を下ろす音、値をまけろという声、軍団兵の足音。人が集まる場所には、必ず情報が溜まる。

 鷺沢里穂は、いつもの場所にいた。道の流れが一瞬よどむ、露店と露店の隙間。立ち止まる理由を作りやすい場所だ。


 だから、見慣れない人がくれば、すぐに気づく。

 擦り切れた衣、背中の笈。だが歩き方は軽く、市の雑音にまったく気を取られていない。


――色々と越えてきた人間の足だ。


「東行と申します」


 関西訛りの軽い名乗り。初めて見るが、彼のことは知っている。

 私は、わざと一拍置いてから口を開いた。


「杉本さん、ですよね」


 一瞬だけ、空気が止まる。


「……はは」


 僧は苦笑した。


「もうちょい遊べる思たんやけどなあ」


 僧の名乗りは建前だ。ここから先は役割じゃなく、プレイヤー同士の会話になる。


「それで?」


 私は、話を先に進める。


「今日は、何を聞きに?」


 杉本は、視線を市に流しながら言った。


「近衛くんと藤巻くんと、こないだ飲んできてん。もちろん、ゲーム内やで」


 私は、即座に返した。


「それは、なかなかうっとおしい二人ですね」


「せやろ?」


 杉本は笑う。


「せやけど、おもろい話も聞いた」


――だから、ここに来た。私は察する。


「多賀城の放火や」


 杉本は、あっさり続けた。


「主役は、満足燈彦」


 名前が、はっきりと出た。


……顔と名前なら、もう出回ってる。軍団兵にも、目撃者は山ほどいる。これが売れるなら、正直おいしいが……。


 だが、私は顔には出さない。


「プレイヤー、ですよね」


「ああ」


 杉本は頷く。


「近衛くんらからも聞いた」


 隠しようがない。私は、そこで一歩だけ踏み出す。


「で、どこまで知りたいんです?」


 杉本は、にやりと笑った。


「まずは値段や」


「……いくら払えます?」


 その問いに、杉本は即答しなかった。代わりに、笈に手を伸ばす。取り出されたのは、小さな包み。布

を解いた瞬間、ふわりと香りが立つ。


「京の茶ですわ」


 芝居がかった声だったが、物は確か、これは本物。


「……上物ですね」


「これ一包で、都でもそこそこの値がつく。今日の話のきっかけ代としては、安ないと思うけど?」


――金払いがいい。


 それだけで、相手の本気度は測れる。


「こういうのもあるで」


 次に取り出したのは、一冊の本だった。


「ふむ、……『竹物語』ですか」


 これは私も知っている。いわゆる、『かぐや姫』の話。たしか、日本最古の物語だと、国語か歴史の授業で習った。


「こちら、写本しても?」


 複製できなければ、ただのアイテム。できるならば、ちゃんと売り物になる。


「ええで」


 軽く承諾する。複製できるのであれば、かなり可能性を秘めたアイテムだ。上流階級や知識人と人脈づくり、そのきっかけになる。これの価値を分からない人ではないはずだ。何か別の目的があるのかもしれないが、これだけのものを出されたら、私も応じるしかない。


「じゃあ、よそでも流れてる話から」


 私は、そう区切った。


「満足燈彦。若い男で、蝦夷。装備が派手。あ、これは最新情報です。で、放火自体は計画的。被害は最小限。城の中枢を狙ったわけじゃない。侵入を狙った」


 そこまで言って、少し間を置く。


「……厨二っぽい装備で、目立ってましたよ」


 つい、口が滑る。私事ながら、胸を張れる自慢の見立てだ。

 杉本は何も言わない。ただ、目だけが少し細くなる。


……やべ、言いすぎたか?


 そして、すぐに核心を突いてきた。


「目的はなんやと思う?」


「すみません、そこから先は、売り物じゃないんですよお」


 口調は軽く、ただ私は、はっきり線を引いた。近衛も藤巻も出してない情報は気軽に売れない。


「じゃあ、何が流出したと思う? それが、ゲームの中の話か、外まで波及する話か……」


 杉本の視線が、鋭くなる。だが、私は肩をすくめる。


「それは、私にはまったくわかりませんね」


……ある程度の予想はある。ただ、それも目的と関連するので、結局は売れない。


 一瞬、沈黙。やがて、杉本は息を吐いた。


「……なるほどな」


 納得したのか、諦めたのかは分からない。


「せやけど」


 軽い調子に戻る。


「君ら仲ええんやな。少し羨ましいわ」


 どういう意味でそう言ったのかわからなかったが、その表情は皮肉を言っているとも思えなかった。


「そうでもないですよ。ちゃんと競い合うとこは競い合ってます」


「競い合うって何を?」


 この人はいちいち鋭い。まあ、いいだろう、おまけだ。


「そうですね、恋? とか?」


「なんで疑問形やねん!」


「おお、関西弁のツッコミいただきました」


 少し探るような目をして、杉本は考え込む。


「まあ、この3週間、それぞれが、『いい、夏休みの思い出になればいいな』くらいは思ってますよ、きっと」


 そう私が言うと、杉本は僅かに笑った。


「君ら、やっぱり、おもろいわ」


「ありがとうございます」


 そう礼を述べると、彼は体を翻す。


「先輩」


 帰る前に一つ聞いてみたいことがあった。杉本がどんな人物なのか、それを測るためでもあったけど、単純に興味もあった。彼がどう答えるのかを。


「このゲームで、一番大事なものって、何だと思います?」


 杉本は、少しだけ考え、それから答えた。


「自分が、誰の味方か、それを間違えへんことや」


 その声は、軽い。だが、意味は重い。


「情報は集めるもんやない。流すもんでもない、流れを決めるもんや」


 視線が、まっすぐ刺さる。


「あんさんも、気ぃつけや」


 忠告にも、誘いにも、脅しにも聞こえる言葉を残し、杉本は人の流れに紛れていった。


……流れを決めるもの。


 それは私もよくわかっている。あのとき、盤面を動かすために、私も同じことをした。それが、よかったのかそうでないのかはわからない。ただ、私の中では納得の行動だった。

 私は、手に残った茶の包み、そして一冊の本を見下ろす。


――満足燈彦。


 この名前が、どこまで転がるのか。それを決めるのは、自分ではない。

 だが、売らないと決めた線だけは、間違えていない。そう思いながら、私は静かに本日の収穫を懐へしまった。

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