情報屋の仁義
多賀城の市は、昼前が一番騒がしい。荷を下ろす音、値をまけろという声、軍団兵の足音。人が集まる場所には、必ず情報が溜まる。
鷺沢里穂は、いつもの場所にいた。道の流れが一瞬よどむ、露店と露店の隙間。立ち止まる理由を作りやすい場所だ。
だから、見慣れない人がくれば、すぐに気づく。
擦り切れた衣、背中の笈。だが歩き方は軽く、市の雑音にまったく気を取られていない。
――色々と越えてきた人間の足だ。
「東行と申します」
関西訛りの軽い名乗り。初めて見るが、彼のことは知っている。
私は、わざと一拍置いてから口を開いた。
「杉本さん、ですよね」
一瞬だけ、空気が止まる。
「……はは」
僧は苦笑した。
「もうちょい遊べる思たんやけどなあ」
僧の名乗りは建前だ。ここから先は役割じゃなく、プレイヤー同士の会話になる。
「それで?」
私は、話を先に進める。
「今日は、何を聞きに?」
杉本は、視線を市に流しながら言った。
「近衛くんと藤巻くんと、こないだ飲んできてん。もちろん、ゲーム内やで」
私は、即座に返した。
「それは、なかなかうっとおしい二人ですね」
「せやろ?」
杉本は笑う。
「せやけど、おもろい話も聞いた」
――だから、ここに来た。私は察する。
「多賀城の放火や」
杉本は、あっさり続けた。
「主役は、満足燈彦」
名前が、はっきりと出た。
……顔と名前なら、もう出回ってる。軍団兵にも、目撃者は山ほどいる。これが売れるなら、正直おいしいが……。
だが、私は顔には出さない。
「プレイヤー、ですよね」
「ああ」
杉本は頷く。
「近衛くんらからも聞いた」
隠しようがない。私は、そこで一歩だけ踏み出す。
「で、どこまで知りたいんです?」
杉本は、にやりと笑った。
「まずは値段や」
「……いくら払えます?」
その問いに、杉本は即答しなかった。代わりに、笈に手を伸ばす。取り出されたのは、小さな包み。布
を解いた瞬間、ふわりと香りが立つ。
「京の茶ですわ」
芝居がかった声だったが、物は確か、これは本物。
「……上物ですね」
「これ一包で、都でもそこそこの値がつく。今日の話のきっかけ代としては、安ないと思うけど?」
――金払いがいい。
それだけで、相手の本気度は測れる。
「こういうのもあるで」
次に取り出したのは、一冊の本だった。
「ふむ、……『竹物語』ですか」
これは私も知っている。いわゆる、『かぐや姫』の話。たしか、日本最古の物語だと、国語か歴史の授業で習った。
「こちら、写本しても?」
複製できなければ、ただのアイテム。できるならば、ちゃんと売り物になる。
「ええで」
軽く承諾する。複製できるのであれば、かなり可能性を秘めたアイテムだ。上流階級や知識人と人脈づくり、そのきっかけになる。これの価値を分からない人ではないはずだ。何か別の目的があるのかもしれないが、これだけのものを出されたら、私も応じるしかない。
「じゃあ、よそでも流れてる話から」
私は、そう区切った。
「満足燈彦。若い男で、蝦夷。装備が派手。あ、これは最新情報です。で、放火自体は計画的。被害は最小限。城の中枢を狙ったわけじゃない。侵入を狙った」
そこまで言って、少し間を置く。
「……厨二っぽい装備で、目立ってましたよ」
つい、口が滑る。私事ながら、胸を張れる自慢の見立てだ。
杉本は何も言わない。ただ、目だけが少し細くなる。
……やべ、言いすぎたか?
そして、すぐに核心を突いてきた。
「目的はなんやと思う?」
「すみません、そこから先は、売り物じゃないんですよお」
口調は軽く、ただ私は、はっきり線を引いた。近衛も藤巻も出してない情報は気軽に売れない。
「じゃあ、何が流出したと思う? それが、ゲームの中の話か、外まで波及する話か……」
杉本の視線が、鋭くなる。だが、私は肩をすくめる。
「それは、私にはまったくわかりませんね」
……ある程度の予想はある。ただ、それも目的と関連するので、結局は売れない。
一瞬、沈黙。やがて、杉本は息を吐いた。
「……なるほどな」
納得したのか、諦めたのかは分からない。
「せやけど」
軽い調子に戻る。
「君ら仲ええんやな。少し羨ましいわ」
どういう意味でそう言ったのかわからなかったが、その表情は皮肉を言っているとも思えなかった。
「そうでもないですよ。ちゃんと競い合うとこは競い合ってます」
「競い合うって何を?」
この人はいちいち鋭い。まあ、いいだろう、おまけだ。
「そうですね、恋? とか?」
「なんで疑問形やねん!」
「おお、関西弁のツッコミいただきました」
少し探るような目をして、杉本は考え込む。
「まあ、この3週間、それぞれが、『いい、夏休みの思い出になればいいな』くらいは思ってますよ、きっと」
そう私が言うと、杉本は僅かに笑った。
「君ら、やっぱり、おもろいわ」
「ありがとうございます」
そう礼を述べると、彼は体を翻す。
「先輩」
帰る前に一つ聞いてみたいことがあった。杉本がどんな人物なのか、それを測るためでもあったけど、単純に興味もあった。彼がどう答えるのかを。
「このゲームで、一番大事なものって、何だと思います?」
杉本は、少しだけ考え、それから答えた。
「自分が、誰の味方か、それを間違えへんことや」
その声は、軽い。だが、意味は重い。
「情報は集めるもんやない。流すもんでもない、流れを決めるもんや」
視線が、まっすぐ刺さる。
「あんさんも、気ぃつけや」
忠告にも、誘いにも、脅しにも聞こえる言葉を残し、杉本は人の流れに紛れていった。
……流れを決めるもの。
それは私もよくわかっている。あのとき、盤面を動かすために、私も同じことをした。それが、よかったのかそうでないのかはわからない。ただ、私の中では納得の行動だった。
私は、手に残った茶の包み、そして一冊の本を見下ろす。
――満足燈彦。
この名前が、どこまで転がるのか。それを決めるのは、自分ではない。
だが、売らないと決めた線だけは、間違えていない。そう思いながら、私は静かに本日の収穫を懐へしまった。




