目覚め
最初に戻ってきたのは、音だった。
ざわざわとした気配。抑えた声。衣擦れ。誰かが息を呑む音。目を開ける前から、囲まれていることだけは分かった。
――ああ、生きてるな。
そう思った瞬間、胸の奥がひどく重くなった。
息を吸う。ちゃんと空気が入る。
吐く。痛みはあるが、致命的じゃない。
ゆっくり、目を開けると、視界に顔がいくつも重なっていた。
「……起きた」
誰かが言う。
「おい、ほんとにか?」
「目、開いてる、よな?」
「ちょっと、近いって」
焦点が合うまで、少し時間がかかる。見慣れた顔。見慣れていない顔。どれも、今は同じくらいぼんやりしている。
「……あ」
喉から、かすれた声が出た。
「声も出る!」
「無理させないで」
「いやでも……よかった……」
榊原の声が一番うるさい。
室田は少し後ろで、腕を組んだまま、ほっとしたように息を吐いている。相原は黙っているが、視線だけはずっとこちらを離れない。
「……戻ってきたんですね。ルリカさんを助けていただき、ありがとうございます」
山本の声。少し震えている。
「ほんとに……」
ルリカが視界に入る。彼女は少し離れた位置に立っていて、無理に、笑おうとしているのが分かった。
「……あんたさ」
ルリカが言う。
「ほんと、最悪だよ」
言い方はきついが、声が弱い。怒っているというより、気が抜けてしまった人の声だった。
「……ごめん」
反射的に、そう言った。
「謝らなくていい」
即座に返ってくる。
「いや、謝られると腹立つから」
少し、場の空気が緩む。
それから、ふと気づく。
瀬戸がいる。寝床のすぐそば。一番近い位置に立っているのに、何も言わない。視線を向けると、彼女はただ、こちらを見下ろしていた。
……何も言わない。
胸の奥が、少しだけざわつく。
僕は体を確かめる。主に刺された傷は、綺麗になくなっていた。
肩の傷も、治ってる。腕も足も疲労感はあるが、動く。
寝たままなのも悪いと思い、僕は体を起こす。
「……おい、起きて大丈夫か」
榊原が、言う。
「ああ……、少し違和感はあるけど、別にきつくない」
「よかったな」
それは、あまりに単純な言葉だったけど、だからこそ強い言葉だった。
僕は、ゆっくりと瞬きをした。
「……うん」
その瞬間だった。
ぱちん。
乾いた音が、部屋に響いた。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。そして次の瞬間、頬に熱が走る。
視界の端で、瀬戸の手が下がる。
誰も声を出さない。止める気配も、驚きの声もなかった。僕は、数秒遅れて、自分が叩かれたのだと理解した。
痛みはある。生きてる実感。だが、それよりも先に胸に浮かんだのは、別の感情だった。
……ああ。……そうだったな。
息を吸って、吐く。それから、少しだけ口元を緩めた。
「……これは」
声がちゃんと出ることを、生きて帰ってきたことを確かめるように。
「ご褒美ですか?」
一瞬、空気が張りつめる。
瀬戸の眉が、ぴくりと動いた。
「……ばか」
短く、低い声だった。
怒鳴らない。責めない。ただ、感情だけが、はっきり乗っているように思った。
瀬戸は、僕をまっすぐ見下ろす。
「一人で突っ込んだ」
「……うん」
「壊れるところまで行った」
「……そこは反省してる」
彼女は、もう一度だけ深く息を吸った。
「でも止められなかったのは、……私の責任」
その言葉に、僕の胸の奥が、少しだけ締めつけられる。守られたからじゃない。一緒に背負われたからだ。
僕は、ゆっくりと瞬きをした。
「……ただいま」
その一言で、瀬戸の表情が、ほんのわずかに崩れる。だが彼女は笑わない。ただ、静かに頷いた。
「おかえりなさい」




