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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【十日目】

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皇子の母

 最初に、その声に反応したのは――瀬戸澄佳と、京崎ルリカだった。


 音ではない。耳ではなく、もっと深いところに触れてくる感覚。空気が、わずかに震いだす。


『――よくぞ、戻したな』


 思わず、息を止める。ルリカも、驚いて顔を上げた。私と視線が合う。聞こえている。間違いない。

 一方で、榊原が戸惑ったように辺りを見回す。


「……ん、何かいったか?」


「え、なに? なにが?」


 室田も同じ反応だった。だが――相原だけが、静かに一歩前に出る。


「……黙って」


 低い声だった。二人が言葉を止める。私は確信した。


……相原さんにも、聞こえている。


 声は、続いた。


『わが皇子を、よくぞ戻してくれた』


 その言葉で、何かが繋がる。


……この山の開祖、蜂子皇子のことを言っている。そして――その母。


 言葉は続く。


『皇子は今、死と再生の境にある』


 空気が、重くなる。


『この旅を邪魔せぬように、そして、無事に帰ってくるためには――力添えが要る』


「……どうすれば?」


 口にしたのは、ルリカだった。声はまだ震えているが、逃げてはいない。

 少し間があって、神の声が応えた。


『かつて、この国の偉大な王となる大穴牟遅(オオナムチ)が、同じ道をたどったことがある』


 胸の奥で、何かが、かちりと噛み合った。


『そのときも――二人の巫女が、その旅路を支えた』


 それで、十分だった。――二人の女神によって、大穴牟遅が黄泉返る神話は知っていた。だから、それ以上の説明はいらなかった。


『ふふ……さすがよの』


 その声に、わずかな笑みが混じる。

 そして――消えた。場には余韻だけが残る。


 私は、しばらく動けなかった。なぜか、聞き覚えがある声なような気がした。けれど、それが誰のものかは、思い出せない。


「……わかったの?」


 ルリカが、私を見上げる。


「はい」


 私は、はっきりと答えた。


「私たちで、彼が戻ってくる手助けをします」


「……うん」


 その一言に、迷いはなかった。

 私は、かつての感覚を思い出していた。磐梯山。硬質化した彼を、祓ったときのことを。

 触れた瞬間に伝わってきた重さ。穢れの量ではない。背負ってきた時間の重さ。祝詞を重ねても、簡単にはほどけなかった。山の神の力を借りて、ようやく――だった。


「多分……かなり、大変なことになると思います」


 正直な言葉だった。


「覚悟はできてる」


 ルリカの目に、嘘はない。


「……私たちも、手伝うわ」


 相原が、静かに言った。

 榊原と室田は、まだ状況を完全には理解していない。それでも、二人とも何も言わずに頷いた。


「どれだけ時間がかかるか、わかりません」


 私は、はっきりと指示を出す。


「食料と、それから秡川の水を。甕いっぱいに、とにかくたくさん用意してください」


「了解!」


「任せろ!」


 榊原と室田が、同時に駆け出す。


「私たちは、ここに結界を張ります」


 視線を巡らせる。


「相原さん、山本さん。絶対に、誰も中に入れないでください」


「……わかりました」


 相原と山本が、強く頷く。


「ルリカさん」


 私は、彼女を見る。


「結界、いけますか。船に張ったのと、同じで構いません」


「もちろん」


 短く、力強い返事。

 そして私も、結界を張る。

 二重。いや、この山のものを含めれば、さらに重なるだろう。


――今度は、絶対に途切れさせない。


 結界の中心で、黒い繭のように横たわる彼を見つめる。


……必ず、戻す。


 それが、巫女としての責任であり――私が、ここにいる理由なのだから。

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