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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【十日目】

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127/133

謝罪と感謝

 水に吐き出されるみたいに、自らの体を再び宙に浮かせ、そしてそれが地に着くと、衝撃が体を走った。


――落ち着いて呼吸ができることが、こんなにもありがたいことなのか。


 京崎ルリカは、そんな実感をかみしめていた。


……明るい。


 最初にそれを感じた。目を開けているのかどうかも分からない。ただ、暗闇ではない。水の中にいるような重さと、空気に晒されているような軽さが、同時にあった。

 音がする。

 ざあ、と、雨のような音。違う。雨じゃない。もっと近くて、もっと重い。


 水が――上に、流れている。


 ぼんやりした視界の向こうで、水柱が立ち上がっているのが見えた。水が、逆流するみたいに空へ引き上げられ、そのまま砕けて降り注いでいる。

 白い霧。冷たい飛沫。でも、不思議と怖くはなかった。

 次第に、水柱が細くなっていく。

 そして――残ったのは、虹だった。はっきりとした七色。山の朝の光を受けて、池の上に弧を描いている。


「……龍神様か……」


 誰かが、呟いた。


「そうとしか、考えられないな」


 別の声。修験者だ。その声を聞いたところで、ようやく、自分が倒れているのだと気づいた。

 視界に、影が差す。


「大丈夫ですか?」


 澄んだ声。瀬戸だ、と分かるまでに少し時間がかかった。


「……もう限界」


 正直に言った。強がる気力も残っていない。

 そこで、ようやく思い出す。


「……マンゾクは?」


 声が、思ったより小さかった。

 瀬戸は、はっきりと答えた。


「一緒ですよ。彼も、戻ってきました」


 それを聞いた瞬間、胸の奥が、すとんと落ち着いた。


「……そう」


 息が、抜ける。


「さすがに……少しだけ、休ませて」


「はい」


 その返事を聞いたところで、私の意識は途切れた。


――次に目を開けたとき、天井があった。


 木の梁。清潔な布の匂い。宿坊だ、と分かる。

 体を動かそうとして、やめた。動かせないわけじゃない。ただ、動かす理由が見つからなかった。


「……起きました?」


 横から声がする。山本だった。心配そうな顔で、こちらを覗き込んでいる。


「ルリカさん……心配させないでください」


「ごめんね」


 そう言うと、山本は黙って首を振った。目元が、少し赤い。


「……ミスったのが、この世界でよかった」


 思ったままを口にする。


「現実だったら、もっと大変なことになってた」


「前向きですね、いつも」


 山本が、困ったように言う。

 少し沈黙。

 それから、聞いた。


「……あいつは?」


 喉が、少し乾く。


「満足くん、どうしてる?」


 その瞬間、山本の表情が変わった。

 視線を逸らし、言葉を選ぶように、ゆっくり口を開く。


「実は……少々、面倒なことになってまして……」


 **


「――あれは穢れの塊だ! 本山に置いておくわけにはいかん!」


「そうだ、追い出すべきだ!」


 声が重なり、空気が荒れる。修験者と僧兵たち。その中心に、瀬戸が立っている。周囲を、榊原、相原、室田が盾になるように固めていた。


「薄情者だな」


 榊原が吐き捨てる。


「仏教の教えに背いているのは、どちらです?」


 室田が、理屈で詰める。


「救われた命を、都合が悪いから捨てる。それがこの山の考え方ですか?」


 相原の声も、鋭い。

 だが、反対側の空気は硬い。


「穢れを持ち込んだ事実は変わらん!」


「主が鎮まった今、あれは危険だ!」


 瀬戸が、一歩前に出る。


「……私が、責任をもって祓います」


 静かな声だった。


「どうか、猶予をください」


 ざわめき。

 そんな様子を、私はもう見ていられなかった。


「やめなさい」


 場が、一瞬静まった。


「……その穢れは、みなの穢れよ」


 私の声は弱かった。でも、言葉は揺れない。揺らさない。


「彼は、それを背負っているだけ」


 ざわつきが広がる。


「主は、言った」


 私は、はっきりと言った。


「彼は、蜂子と同じだと」


 この一言で空気が、変わる。


「……開祖と、同じ……?」


「能除聖者だというのか……」


 瀬戸が、重ねる。


「彼は、磐梯の山を鎮めました」


 その名が出た瞬間、どよめきが起きる。噴火の噂は、この山にも届いていた。

 沈黙が流れる。そして、やがて、一人の僧が口を開いた。


「……巫女殿。あなたが、祓ってくださるのですな」


「責任は、私が取ります」


 瀬戸は、迷いなく答えた。この一言で、ひとまず騒ぎは収まった。


 私の宿坊とは別の宿坊、その奥の一室。私は、そこで初めて、満足を見た。

 黒い繭。いや蛹か。硬質で、静かで、動かない。

 ただ触れると――生きているのは、分かる。


「……前も、こうなりました」


 瀬戸がそう呟く。


「……そのときは、どうしたの」


 彼の体を包み込む、硬質化した黒い物体を前に、私はそう問いかけた。声は静かだったが、指先はわずかに震えていた。

 瀬戸は一歩近づき、満足の様子を確かめるように見てから、答える。


「私が、祓いました」


 はっきりと言い切る声。だが、続く言葉で、その限界がにじむ。


「ただ……そのときは、山の神の力を借りました。私一人の力では……」


 そこで、言葉が途切れた。そして俯く。その仕草を見て察した。


……もう、何度も試している。祝詞も、結界も、祓いも。そして、どれも決定打にはならなかった、か。


「……私も、力を貸す」


 私は、顔を上げた。


「一緒に、やってみよう」


「ルリカさん」


 山本が、慌てて口を挟む。


「今、起きたばかりです。無理は禁物です」


 正論だった。だけど、私は首を振る。


「……彼が、こうなったのは」


 一瞬、言葉を探す。


「ほとんど、私のせい」


 室内の空気が、張り詰める。

 私は、話した。洞窟の奥で起きたことを。主との対峙。狙われた自分。そして――満足が、何の躊躇もなく身を投げ出したこと。


「……水の刃が、腹に刺さった」


 その一言で、榊原が歯を食いしばる。


「……あのバカ」


 低い声だった。


「普通、考えるだろ。逃げ道とか、代わりの手とか」


「考えてないんだよ」


 私は、静かに否定する。


「何も考えてなかったって、言った」


 室田が、眼鏡を押さえながら息を吐く。


「……最悪のタイプの英雄だな」


 相原は、拳を握ったまま黙っている。怒りか、悔しさか、それとも――理解か。

 瀬戸だけが、まっすぐに私を見ていた。


「……ありがとう」


 そう言ってから、続ける。


「それでも、戻ってきてくれて」


 私の胸が、きゅっと締まる。


「……みんな、ごめんね」


 言葉が、零れた。


「私のせいで……、マンゾク、ごめんね……」


 責める声は、ここにはない。ただ、自分だけが自分自身へと向けていた。

 感情が、溢れそうになる。


 その瞬間――


「ルリカさんのせいじゃありません」


 瀬戸の声が、はっきりと割って入る。


「よく、戻ってきてくれました」


 一拍置いて、続ける。


「私は……信じていました。ルリカさんも、満足くんも」


 その言葉に、榊原も、室田も、相原も、黙って頷いた。

 その肯定が、逆に私の胸を打つ。こらえていたものが、決壊しそうになる。


――そのとき。空気が、変わった。


 音ではない。振動でもない。主の声でもない。ただ、直接、心に触れる声だった。


『――よくぞ、戻したな』

明日は、二本投稿いたします。6時と16時です。


よろしくお願い致します。

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