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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【十日目】

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鏡に映るもの

 羽黒山に入ってから、瀬戸澄佳はなるべく自分の手順を崩さないようにしていた。禊をして、祝詞を上げ、祈る。それは信心というより、身体の調整に近いものだった。


 やるべきことをやることで、余計な思考を切り落とす。

 秡川で身を清め、息を整える。声に出す言葉は短く、意味よりも響きを意識する。願いは込めないのは難しい。どうしても漏れ出てしまう。でも、そうならないようには心がけていた。

 日課が終わると、気づいたときには、私はまた鏡池の前に立っていた。

 意識して来たわけではない。歩いた結果、ここに立っていた、という感覚に近い。

 水面は静かで、空を映している。覗き込めば、自分の姿も返ってくる。どちらも等しく、ここにある。ただ、その奥になにがあるのかは見えない。


「よく、ここに来るんだな」


 背後から声がした。振り向くと、東郷隆之が立っていた。山装束のまま、肩の力が抜けている。


「そうですね……無意識に、ですが」


「そうか」


 並んで池を見る。沈黙は不自然ではない。


「君の仲間は、みんな、忙しく動いてるみたいだな」


「はい」


 私は状況を簡単に伝える。榊原は僧兵と稽古を続けていること。室田は町で物資を回し、金と情報を集めていること。相原と山本は、出羽の国府へ出向き、港と連携して、行方不明の二人の捜索を続けるよう手配していること。


「無駄がない」


 東郷はそう言って、少しだけ頷いた。


「で、君は?」


「……待っています」


「信じてる?」


「そう判断しただけ、です」


 東郷は、笑わなかったが、納得した顔をした。


「ここは鏡だ」


 東郷が言う。


「今の自分を映す場所。自分を確認するためには、それが必要だ」


 水面に映る、自分自身の像。彼は、それで何を確認しているのだろうか。


「……私は」


 言葉を選びながら、続ける。


「映っているものと、その奥を、同時に見てしまいます」


 東郷は、少し考えてから言った。


「それは、欲張りだな。危ういとも言えるな」


「自覚はあります」


「なら、いい」


 短い肯定だった。

 しばらくして、東郷がぽつりと言う。


「前回の担当、久世さんだった」


 一瞬、胸の奥が反応したが、顔には出さない。


「神話研究の授業を?」


「いや。院はこっちだが別の学園だったんだ」


 少し間を置く。


「久世さんが、まだ非常勤だった頃。一年生向けの歴史学を教えていて、自分はその授業を受けた。もう五年くらい前だ」


 過去をなぞるというより、事実を置く話し方。


「その授業で、修験者や山伏は、山師だったという話を聞いた」


「……山師、鉱脈を探す人ですね」


「ああ」


 声は柔らかい。


「自分の専攻は半導体。レアメタルも扱う。金属の歴史として、妙に腑に落ちた」


 理屈と身体感覚が、同じ方向を向いている人だとわかる。


「この池では、鏡を沈める祭祀が行われるらしい」


「聞いたことがあります」


「銅や銀などの金属イオンは、水を長く澄ませる。清めるための水が濁っては意味がないからな。現代では常識的な知識だが、それを彼らも経験で知っているのかもしれない」


「さすが、詳しいですね」


 東郷は少しはにかむ。


「ところで、君はこのVRシステムというかゲーム、どう思う?」


 試すような問いではない。経験者の、確認に近い。


「正直に言えば……よくできていると思います」


「どこが?」


「ただ、歴史や神話を再現しているだけじゃない。人が、どう関わるかまで含めて作られている」


「そうだな」


 東郷の視線は、水面に落ちている。


「だから危ない」


「……危ない?」


「没入の仕方を、選べない人がいる。戻れる前提で踏み込みすぎると、判断が歪む」


「後遺症、ですね」


「身体じゃない。思考のほうだ」


 風が吹き、水面が揺れる。像が一瞬、崩れ、また戻る。


「それでは、なぜ今回も参加を?」


「金がいい、ってのは半分」


「残りは?」


 東郷は、一瞬だけ目を伏せる。


「取り損ねたアイテムがある」


「……貴重なものなんですね」


「人魚の肉だ」


 私は、少し考えてから言った。


「本物かどうかわかりませんが、彌彦神社で見ました」


「……へえ」


 一瞬、間があった。しかし興味なさそうな返事が続く。偽物ならいくらでも出回っているのだろう。初めて越後に行った私たちですら、よく聞いた噂だった。


「祭りのときです。境内じゃなくて、外れのほうに出てた、怪しい見世物小屋で」


 ただ、そう言いきったとき、明らかに反応があった。そして、東郷の視線が、水面から外れる。


「……彌彦か」


 低く、確認するような声だった。信じたわけじゃない。ただ、条件が揃ったことを、切り分けている感じだ。

 短く息を吐く。


「助かった。みんなに、よろしく」


 それだけ言って、東郷は歩き出した。決断が早い。きっと、すぐに旅支度を整えて情報の確認に向かうのだろう。

 私は、再び鏡池を見る。映っているのは、今の自分。だが、水の奥には――。


……きっと、彼らは辿りつく。


 それは祈りではなかった。この場所で待つと決めた者の、覚悟だった。

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