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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【十日目】

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夏休みの思い出

 流れに沿って進んでいくと、洞窟は急に開けた。

 いや、開けたというより――塞がれた。

 足元いっぱいに、水が溜まっている。静かな水面が、洞窟の天井を鈍く映している。奥は暗く、水の先に何があるのかは分からない。

 ただ一つ分かるのは。


「……これ」


 僕は、水たまりの縁で立ち止まった。


「潜らないと、先に行けないわね」


 ルリカが、あっさり言う。

 深さは分からない。底も見えない。しかも、水は冷たいはずだ。


「戻る選択肢は?」


「ほぼない」


 即答だった。


「ここまで来て、引き返したら、たぶん体力の無駄」


 それは、その通りだった。

 僕は水面に小石を投げる。音は、すぐに吸い込まれる。反響はない。思ったより深い。


「……一回、なにか腹に入れよう」


 そう言うと、ルリカは少しだけ安心した顔をした。


「それ、助かる」


 岩の出っ張りに腰を下ろす。装備を確認する。

 干し肉は、道中に食べつくした。穀物は……正直、一人分くらい。


「これ、二人で食ったら終わりだな」


「でも、食べないと」


「だな」


 ルリカは、少し考えてから、足元の岩を見た。


「……ねえ、その銅鏡」


「これ?」


 さっき見つけた、割れた銅鏡。


「これに電気、通せるよね」


 嫌な予感がした。


「まさか……」


「即席IHコンロ」


「雑すぎるな」


「でも、ほかに選択肢ある?」


 ない。

 ルリカは銅鏡を平らな岩の上に置き、そこに少量の水を張る。そこへ、雑穀をばら撒く。

 指先に、あの微弱な青白さ。じわ、と、水が震える。熱は弱い。だが、確かに温度が上がっていく。


「……雑穀煮込み?」


「リゾットって言って」


「おしゃれに言うな」


 その間に、僕は立ち上がった。


「タンパク質、取ってくる」


 ルリカは、少しだけ目を丸くする。


「まさか……」


「この辺、いる」


 探索スキルが、はっきり告げていた。湿地。水場。洞窟なら、やっぱりいる。

 数分もしないうちに、見つけた。

 洞窟の壁際。ぬめった岩の隙間。

 小さなカエル。それと――細い蛇。


「……うわ」


 自分で言って、自分で苦笑した。だが、選り好みしている状況じゃない。手際は、悪くない。昔の知識と、ゲームのスキルが勝手に動く。

 ルリカのところに戻ると、彼女は少し顔をしかめた。


「それ、食べるの?」


「食べる」


「……」


 数秒、沈黙。


「……浄化するから、貸して」


 彼女は、静かに言った。

 指先を水に浸し、短い祝詞。水が澄む感覚。穢れが、抜ける。


「……刺身?」


「プレートで焼いてもいいぞ」


「だよね」


 カエルと蛇の身。正直、見た目はあまり良くない。

 だが――口に入れた瞬間、思ったよりも、ずっと普通だった。鳥のささ身に似た味。癖がなくて、あっさりしている。


「全然いける」


 僕がそういうと、ルリカも目をつむって口に入れる。


「……あ」


 ルリカが、目を見開く。


「これ、意外と……」


「いけるだろ」


「うん。普通に、いける」


 少しして、雑穀も炊けてきた。銅鏡の上で、水分を足しながら、なんとか粥状にする。


「……すごいわね、これ」


「応急処置の極みだな」


 それでも、温かい。二人で分ける。量は少ない。だが、腹に入ると、はっきり違う。

 ルリカは、スプーン代わりに木片で掬いながら言った。


「わあ……こんなご馳走、初めて……」


 完全に皮肉だ。


「文句言うな」


「……」


「旨いカツ丼、食わせてやったろ」


「私も砂糖を提供したでしょ。貴重なのよ砂糖、都でもなかなか手に入らないんだから」


 そう、料理に砂糖は大事。学園に入ってから、自炊するようになったからよくわかる。それに、あのカツ丼はみんなで材料を出し合って、みんなで作った。だから――。


「……あれ、旨かったよな」


 その言葉で、ルリカは一瞬、動きを止めた。


「うん、……それに、楽しかった」


 小さく、そう言う。


「雨で、関所で、みんなで」


「ああ」


 あの騒がしさ。NPCたちの驚いた顔。榊原の無駄にテンション高い声。


「……対照的、すぎるね」


「落差がやばいな」


 ルリカは、少しだけ笑った。


「でも」


 雑穀を口に運びながら。


「どっちも、いい思い出にはなりそう」


 その言葉に、僕は何も言わなかった。


……夏休みの思い出、一つはできたかもな。


 水たまりが、静かにそこにある。先は、見えない。だが――腹は、少しだけ満ちた。体力も、少しだけ戻った。


「……行くか」


 僕が言うと、ルリカは、はっきり頷いた。


「泳ぐの、得意?」


「普通」


「私、あんまり」


「沈めないから安心しろ」


「それ、信用していいやつ?」


「今は、するしかない」


 短く笑ってから、僕は装備を取り外した。


「まず、この先、どこかに繋がってるか確かめてくる。ルリカはそれまで待機で」


 再び、ふんどし姿になった僕が真顔でそう告げると、ルリカは少し笑いをこらえながら答える。


「おけ」


 僕は構わず、水の前に立つ。この先には明かりがない、深い闇が待ち構えている。ただ、どのみち、選択肢はない。僕たちには、それがはっきり分かっていた。


 僕は、装備を最小限にまとめた。濡れて困るものはない。山刀だけは腰に残す。水中で邪魔にならない位置に固定する。

 水面に足を入れると、想像より冷たい。骨に来るタイプの冷えだ。

 深呼吸を一つ。


 そこで、胸の奥が――わずかに動いた。

 ざわめきじゃない。警告でもない。ただ、水の流れに反応している感覚。水の中にある方向、逆らう方向。祓われる方向……。


……なるほどな。


 そう呟いて、水に身を沈める。

 視界は、すぐに消えた。光は届かない。音も鈍る。ただ、水の圧と、体の向きだけが残る。流される感覚がある。引かれる方向がある。

 そのまま行けば、楽だ。

 でも、胸の奥が祓われ続けている感覚。削られる感覚、これに逆らう。そこが上流、つまり先につながっているはずだ。


 水中で腕を伸ばし、足で蹴る。肺が少しずつ縮む。ただ方向は、間違っていない。

 突然、指先が空を掴んだ。そして、次の瞬間、顔が水面を割る。

 空気。岩。天井は低いが、立てる。狭い空洞だ。水はここまで来ていない。


「……繋がってた」


 そう独り言を言ってから、僕は今来た、洞窟の水道を戻る。

 水際で待っていたルリカが、こちらを見る。


「どう?」


「出られる。空気もある」


「じゃあ」


 そういうと、彼女は、僕が脱ぎ捨てた装備を持ってくる。


「これも運んでね。ペースはまかせるわ」


……全部、僕が運ぶのね。


 往復は、きつかった。泳ぐのに邪魔にならないように、装備を少しずつ運ぶ。最初はなんでもなかったが、繰り返していくうちに、息が荒れる。水を飲みそうになるたび、喉が勝手に閉じる。腕が重い。それでも、流れは変わらない。逆らえば、抜けられる。


 そして最後。

 戻ると、仁王立ちで真紅のビキニ姿のルリカが待っていた。

 彼女は、短く息を吐いた。


「じゃあ……最後、私ね」


「ああ」


 視線を合わせると、彼女が水面に足を入れる。


「……見えない」


「見なくていい。だから離すなよ」


「わかってる」


 言葉は、それだけでよかった。

 彼女を抱え込んで、体勢を作り、水に潜る。彼女の体が、少しだけ強張るのが分かる。

 腕に力を込める。流れが、僕たちを引く。胸の奥が、静かに導く。逆らう方向を、間違えない。

 水の中で、彼女の鼓動が伝わる。早い。でも、乱れてはいなかった。


 抜けた。水面に頭が出て、二人分の体重が、岩岸にぶつかる。

 空気が入り込み、ルリカが軽く咳こむ。そしてそのあとに、笑った。


「……ほんとに、沈めなかったわね」


「それは、約束したからな」


 そう言ってから、力が抜けた。


 抜けた先の空洞で、ルリカが再び岩壁に電気を通す。淡い光が、空洞を照らす。

 岩肌。先へ続く、細い通路。奥に、確かに空間があるのが分かる。


「……つながってるな」


「ええ」


 それから、僕たちは装備を確認した。

 水を潜った分、装備はすべて重い。脱いで岩の上に並べると、布も革も、しっかり水気を吸っていた。

 ルリカは、再び一つずつ、装備を乾かす。

 僕は、ほとんど攣りそうだった足を延ばしながら、服が乾くのを待った。

 外套、上着、ベスト。一つ乾かすごとに、彼女はほんの一瞬、息を整える。動作は正確だが、明らかに集中力を削っている。

 最後の装備を乾かし終えたとき、そこで彼女の肩がわずかに落ちた。


――呼吸が浅い。


 照明、調理、装備の乾燥。短時間で、スキルを使いすぎている。


「……限界だな」


 そう言うと、ルリカは一瞬だけこちらを見て、苦笑した。


「さすがに、ね。もう一回やれって言われたら、失敗する」


 それは、ほとんどMP切れの宣告だった。

 僕は通路の先を見たあと、首を振る。


「今日は、ここまでだな」


「そうね」


 即答だった。

 そして、岩に寝転がると、ようやく体の力が抜ける。洞窟の天井が、ほのかに光っているのが見える。


「なんか、星空を見てるみたいね」


 隣で横になっていたルリカがそう呟く。


「星空を寝転んで眺めるなんて、……夏休みの定番って感じだ」


「そうね、そういえばよく見たかも」


「リア充め」


 そう呟くと、ルリカは少し笑っていう。


「京崎ルリカと、夏休みに一緒に星空を見たって、自慢してもいいよ」


「しない」


 そう即答すると、ルリカはまた軽く笑った。そして、それから無言で、少しずつ弱くなってくる天井の明かりを眺めていた。


「おやすみなさい」


「おやすみ」


 光は消え、洞窟は再び闇に戻る。だが今は、その闇が、少しだけ安全に感じられるような気がした。

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