表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【十日目】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

119/133

洞窟の伝承

 日が落ちきる前に、船は、二度目の袖の裏へ戻った。櫂の音が止まり、船体が岸に擦れる。張り詰めていた空気は緩んだが、気持ちはさらに大きく沈んでいた。

 私は甲板から降りると、振り返らずに深く息を吐いた。

 収穫があった、そう言うにはあまりにも足りない。


「……結局、見つからなかったな」


 室田が、誰にともなく言った。声は低いが、無理に明るくしようとしているのが分かる。


「海、広すぎるよな」


 榊原も続く。彼は悔しそうに笑っていた。

 その言葉に、私は何も返さなかった。

 山本が役場の人間と話をつけ、私たちは精度の怪しい手描き地図の前に集まる。

 相原が指で場所を示した。


「このあたり。風向きと波を考えると、落ちたのは、ほぼここで間違いないでしょう」


「岸寄りだな」


 役場の男が顎をさする。


「沖ならもう少し流れるが、この距離なら……岩に打ち上げられていてもおかしくない」


 打ち上げられていても。その言い方が、胸に刺さる。


「今日のところは、探索はここまでだ」


 船頭が静かに言った。


「夜に無理をすれば、今度はこっちが危ない。探すなら、明日、天気を見てからだ」


 合理的で正しい判断だ。それが分かっているからこそ、私は何も言えなかった。

 宿に戻る途中、誰も多くを話さなかった。言葉にすれば、何かが壊れる気がした。


 翌朝、空は薄く晴れていた。


「今日は、陸と海、二手に分かれて探しましょう」


 相原が言う。決断というより、確認だった。海からの探索は、海の専門家に任せて、私たちは陸から、落水があった近くとみられる場所を、順に探索することにした。

 海岸線に降りる道はあった。だが、人が這い上がった痕跡はない。衣の切れ端も、血もない。


「……流されたなら、北だな」


 地元の男が、遠くを見ながら言う。


「このあたりは、そういう流れだ」


 日本海は広い。言外に、それ以上の言葉が含まれていた。

 そこで、別の話が出た。


「この先には、洞穴がたくさんある。そこで船を誘う女を見たという話もきくな」


 そこで、私は思い出す。たしかに、あの荒海で、その姿を見た気がする。私は何となくしか見ていなかったけど、あのとき、満足とルリカは岸を見ていた。意識を確実に、向けていた。


「そういえば、何か聞こえた気がします」


 相原がそう口に出す。


「聞こえた?」


「いや、あの状況、正直そんな余裕なかったわ」


 室田と榊原が、互いに確認するように言葉を交わす。


「まあ、羽黒山の開祖様も、そこで呼ばれたって話だしな。それで、その洞窟で修行されたって話だ」


「洞窟の場所わかりますか?」


 私がそう尋ねると、男は少し面倒くさそうな表情を浮かべる。

 すると、山本が米袋を取り出し、男に手渡す。

 男は確認して、それを受け取ると、頭をかく。


「まあ、案内してもいいが、主がいるとも言うしな。蛇だか、龍だか。とにかく、水神さまだ。なので、近くまででいいか」


「それで構いません」


 私は、さきほどの話を聞きながら、喉の奥がひやりとするのを感じていた。


――船を呼ぶ。呼ばれた。


 それからしばらく歩いた。そして、そこから海岸の岸壁に向かう。海は、まだ荒れている。近づくことはできなかったが、遠くから見てもたくさんの裂け目があることがわかる。中は暗くて見えないが、洞窟の入り口と言われれば、どれもその通りに見える。


「開祖様が修行されていたのが、どこの洞窟かはわからねえ。ただ、そこは羽黒山の池に通じているという話だ」


 冷たい空気。湿った岩肌。そして――そこに混じった、どこか慣れ親しんだ穢れの気配。


……あそこに、きている。


 満足の気配。それに、混じる穢れの残滓を確かに感じる。穢れが、流れている。

 胸が、きしんだ。不安じゃない。恐怖でもない。――むしろ確信、そしてひとまずの安堵に近い。彼は、そこに行っている。ただ、そこは私が踏み込めない場所だった。

 榊原が、小声で言った。


「……中、入る方法を探すか?」


 私は首を振った。


「無理だと思う」


 素直に思うところを言った。自分でも驚くほど、迷いがなかった。


「ここは、私たちが進める場所じゃない」


 波の音が、割れ目に吸われていく。


「でも……」


「装備も、技量も、足りてない」


 冷たい言い方になったかもしれない。それでも、言わなければならなかった。山本が、私の横で小さく頷いた。


「ルリカさんがいれば……きっと」


 言葉を切った。

 私は、洞穴の奥を見つめる。彼はしぶとい。きっと戻る。理由はない。論理もない。ただ、そういう人間だと知っている。


「……出てくるわ」


 自分でも驚くほど、静かな声だった。

 相原が、ちらりと私を見たが、誰も反論しなかった。信じたわけじゃないだろう。ただ、否定はされない。

 私は、空を仰いだ。感情は、まだ奥に押し込めたままで。今は、理性的に。


……彼が戻るまでは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ