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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【十日目】

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探索と灯り

 洞窟の先は、外よりずっと静かだった。波の音は岩に遮られ、風も直接は入ってこない。それでも、湿った冷気が肌にまとわりつく。安全とは言い難いが、少なくとも、今すぐ攫われる場所ではない。

 僕は岩に寄りかかり、息を整えた。ルリカも、少し距離を取って座り込む。


「……ここ、思ったより深そうね」


 彼女の視線は、洞窟の奥を測るように動いている。闇は、ただ暗いのではなく、奥行きを持っていた。


「上にぬける道は見当たらない」


「だよね」


 短い確認。外に戻る選択肢は、事実上、ない。

 しばらく沈黙が落ちた。


「この先行くなら……明かり、どうする?」


 ルリカがそう言った瞬間、問題がはっきり形を持った。洞窟自体は進めそうだ。ただ、見えなければ話にならない。


「火は……厳しい」


「ガス?」


「匂いはしない。でも、ゼロとは言えない」


 僕は洞窟の空気を吸い込みながら答えた。潮の匂い、湿った石の匂い。それ以外は、今のところ感じない。

 だが、たいまつを振り回す気には、どうしてもなれなかった。


「火花もダメね」


「うん。やるなら、最初から覚悟が要る」


 ルリカは少し考え込む。そして、静かに言った。


「……電気。ほんとに微量なら、どう?」


 言い方は軽いが、目は真剣だった。


「放電はしない。火花も飛ばさない。洞窟の壁面に少し水分があるでしょ。薄く張ってる。その水を震わせる程度」


 確かに、岩の窪みに水膜が広がっている。天井からの滴りが、静かに溜まっているだけのものだ。


「着火は?」


「多分、大丈夫。でも――」


「でも?」


「長時間は使えない。空気が淀んでたら、やめる」


 条件付き。しかしながら、他に方法もない。しかもうまくいくならば、そんなに助かる照明はない。

 僕は洞窟の天井を見上げる。岩肌は湿っているが、水滴が垂れるほどではなかった。完全な密閉ではない。風は、わずかだが流れている。


「……合理的ではある気がする」


 自分でも驚くほど、冷静な声が出た。


「少なくとも、たいまつよりはずっとマシだ」


 短く、結論が出る。ルリカは、洞窟の奥に向かって、そっと手を伸ばした。指先に、薄い青白さが灯る。火ではない。熱も、爆ぜる気配もない。ただ、水の膜が、かすかに光を返す。

 波紋ではない。震えだ。水面全体が、細かく、均一に震動している。その中に、淡い光が滲んだ。青白い。冷たい色だが、嫌な感じはしない。

 水膜が、洞窟の床をぼんやり照らしている。足元が見える。岩の起伏が分かる。岩肌が、ぼんやりと浮かび上がった。


「……発光してる」


「正確には、光ってるように見えるだけ。狐火。昔からそう呼ぶの」


「狐火?」


「別に、狐が出るわけじゃないわよ。こういう燃えない光を、稲荷信仰ではそう呼んできただけ」


 説明はよくわからなかったが、結果にはなんの文句もない。


「……これなら」


「うん」


 光は弱い。だが、足元を確かめるには十分だった。


「ただ、長くは持たないと思う」


「どれくらい?」


「集中すれば、断続的には使える。弱くなったら、足せばいけるはず」


「僕はスキルでサポートがかかるから、多分それで行ける。ルリカ、さんは、どう、行けそう?」


「多分ね。あと、ルリカでいいわ。私もあなたのことはマンゾクって呼ぶから」


 小さいころから呼ばれ慣れたあだ名だった。僕は少し首をかしげてから、頷いた。正直、今は明かりがある。それだけで、ありがたい以上の感情は出てこない。ただ、前に進める。それだけでよかった。

 僕が先に立ち、慎重に歩き出す。探索者スキルが、自動的に意識を切り替える。足場、天井、壁の凹凸。危険になりそうな場所が、なんとなく分かる。

 洞窟は、思ったよりも広かった。

 天井は低いところもあるが、匍匐が必要なほどではない。人が通れる。いや――。


「……通られてるな」


 独り言だった。

 岩肌の一部が、妙に滑らかだ。削れたというより、磨かれている。角が丸い。自然にしては、不自然なほどだ。人の手じゃない。獣の爪でもない。摩擦によって磨かれている感じだ。

 さらに進むと、床の様子が変わった。湿った土が溜まっている場所がある。そこに――。


「跡?」


 溝だ。細くもなく、広すぎもしない。一直線ではなく、緩やかに蛇行している。深さが一定じゃない。何度も通ったような、消えかけの痕。

 足跡じゃない。引きずった跡でもない。


「……何か、這ってる」


 後ろで、ルリカが呟いた。声が低い。

 嫌な沈黙。

 そのとき、胸の奥が――静かになった。

 あいつは、騒いでいない。怯えてもいない。ただ、そこに馴染んでいる。それが、逆に気持ち悪かった。


「……ねえ」


 ルリカが、小声で言う。


「これ、普通の生き物じゃないでしょ」


「たぶん」


 確信はない。でも、否定もできない。

 溝は、途中で消えていた。壁に続くわけでも、天井に登るわけでもない。ただ――空気の中で、途切れている。

 僕は、立ち止まった。水の光が、かすかに揺れる。空気が、重い。

 ここまで来て、ようやく分かった。この洞窟は、通路じゃない。棲み処だ。

 そして――いる。今も。何かが。

明日は、二本投稿いたします。6時と16時です。


よろしくお願い致します。

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