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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【十日目】

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選択肢と、判断と

 しばらく、二人とも何も言わなかった。洞窟の入口は、外よりはましだが、決して快適ではない。小さな羽音が、うっとおしく耳元でなる。僕は、それを払いながら岩に腰を下ろし、背中を壁に預ける。濡れた服が冷たく貼りついた。


「……ねえ」


 沈黙を破ったのは、ルリカだった。


「今の状況、どう見てる?」


 質問の仕方が、もう落ち着いている。感情じゃなく、判断を求めている声だった。


「船は無事じゃない可能性が高い」


「探しに来る?」


「来るかもしれないし、来ないかもしれない」


 僕は正直に思ったことを言った。


「海が荒れてた。判断としては、一度は港に入ってからだと思う」


「つまり、すぐじゃない」


「それが普通だと思う」


 船に残ってる面々の顔が浮かぶ……。結構、まともな判断をする面子に思えるが、実際はわからない。

 ルリカは、短く息を吐いた。


「じゃあ、ここで待つのは賭けね」


「そうなるかな、ただ、山本さんだっけ……、彼女の判断は僕にはわからない」


 そういうと、ルリカは少し驚いた顔をして、それから少し考える。


「……彼女なら、多分、一度港にまでいって、役所に圧力かけて探させる……かな」


 ただ、ここにすぐに助けが来るかはわからない。そもそも、探索がすぐに為されるかもわからない。

 火を焚ければ、狼煙くらい上げられるが、今は火も使えないし、そもそも、それも風が止んでからになる。明日、朝以降の天候次第になるだろう。

 彼女は、洞窟の奥をちらりと見る。


「進めば、何かある可能性」


「留まれば、いつまでも待つ可能性」


「……嫌な二択」


「一応、雨の中、荒れた波にさらされながら、岸壁をつたって岸を探しながら移動するという手もある」


 多分、僕一人ならば考えてみる可能性。だが、彼女には難しい選択だろう。


「それは選択肢とは言わない」


「じゃあ、選択肢はそれしかない」


 ルリカは苦笑した。


「あなた、こういうサバイバル慣れてるでしょ」


「まあ……うん」


「私は、舞台の上なら慣れてるけど」


 彼女は肩をすくめる。


「こういう裏側は初めて」


 少し間が空く。


「火はおこせる? HPが徐々に減ってる……」


 ルリカはそう懸念を口にした。僕は、そう告げられて初めてそれに気づく。最近では、榊原との朝練のとき以外、ほぼ確認しなくなっている数値だった。いつからかはわからないが、自然とそうなっている。


「……現状だと難しいかな。火は出るけど、燃やせるものがない」


 そう正直に言うと、ルリカは大きくため息をついて、いきなり外套を脱いだ。そして、それを思い切り絞ると、しみ込んだ海水が滴りだす。

 ただ、僕はいきなりの衝撃から目が離せなかった。張り付いた薄手の上着。むき出しになった肩と、そこから伸びる紐は、豊満な胸を包みこむ真紅のビキニにつながっていた。同色のミニスカートからはすらりと伸びた脚、白のニーハイに強調された絶対領域が流れる水滴で輝いている。

 つい、見とれてしまっていると、ルリカがその視線に気づいて言う。


「あんたも脱がないと、死ぬわよ」


 その声色には、とがめるようなところはない。非常に事務的な口調だった。僕は、そう急かされて、我に返り、彼女の言葉に従った。

 お互いに大体の装備を脱いで、絞り、海水にも雨水にも当たらない洞窟の奥の岩場にそれを広げる。ここで、ようやく一息ついた。HPの減少は緩やかにはなったが、それでも確実に減ってはいた。


 ルリカの恰好は、ビキニの上下に、ミニスカートを腰に巻き付けているだけ。そして僕は、いわゆる「ふんどし」一丁の恰好である。


「さて、じゃあやりますか」


 ルリカは何か覚悟を決めたように言う。僕は素直に尋ねる。


「何を?」


「乾かすのよ。当たり前でしょ」


 そういうと、彼女は僕の前に一歩出る。


「ただ、これは伏見稲荷に伝わる秘伝スキル。絶対に誰にも言わないこと」


 そう凄まれて、僕は黙って頷く。


「あと、私もまだちゃんと使えない微妙な力。失敗するかもしれない。それでもいい?」


「本音は、被害の程度によるといいたいけど、このままじゃHPはゼロになる。選択肢はなさそうだ」


 僕が了承したのを確認すると、彼女は、僕らが脱ぎ捨てた装備の横に座り込み、それにそっと手を当てる。

 指先から衣の縁に、細い、青白い何かが走る。音はしない、火花も出ない。ただ、熱が出ていることが感じられる。


「……いなり、……電気か」


 僕は、思わずそう口にしていた。彼女はそれには直接は答えずに、言った。


「水を震わせる程度、微弱だけど、服が燃えたりはしない……はず」


 それからは、僕はただ黙って、彼女が黙々と装備を乾かす様子を見守っていた。

 どれくらい経ったかはわからない。最後に自分の外套を乾かし終わったルリカは、その乾き具合を確かめながらいった。


「まあ、こんなもんでしょ」


 そういって、装備を身に着けだす。そして、座り込んでいた僕に視線を向けて告げる。


「あんたも確認して」


 僕は立ち上がり、自分の装備に触れる。水気はほとんど感じない、そしてまだ少し暖かい。


「すごいな……」


 ちゃんと口に出していった。ルリカはそれに少しだけ笑顔を向けて返しつつ、順に装備を着ていた。そして僕もそれに続く。

 全ての装備を着付けると、ようやくHPが減少するデバフが止まる。そして、少しずつだが回復していくのが確認できた。


「助かった、ありがとう」


 僕がそう正直にいうと、ルリカは少し驚いた顔をして、それから目を反らす。


「正直さ」


 彼女は、視線を落としたまま続けた。


「死んでも、まあ仕方ないとは思ってた。ゲームだし」


 淡々としているが、軽くはない。


「でも」


 彼女は、指先で濡れた岩をなぞった。


「このキャラ? 役? 結構、気に入ってた」


「……」


「落ちるなら、もっと派手なとこが良かったな」


 冗談めかして言うが、声は笑っていない。

 僕は、洞窟の奥を見た。


「行こう」


「即決ね」


「待つ理由がない」


「……確かに」


 ルリカは、一瞬だけ目を閉じてから、立ち上がった。


「で、聞いていい?」


「なに」


「さっき」


 彼女は、こちらを見る。


「ガン見してたでしょ、私のこと」


 心臓が跳ねる。そして、つい目が泳ぐ。


「いや、……」


「別に、いいのよ。私をおかずにしても」


 いたずらっぽく笑う。やっぱり……こいつ、品がない。


「しないよ!」


 ムキになって否定したことで、彼女はさらに調子にのる。


「私をおかずにしている男子が、世界にどれだけいると思ってるの? 私のファースト写真集、売上部数おしえてあげようか?」


「別にいい。そもそも、僕はそこに含まれていないし、これからも含まれることはないから」


 そう正面から答えると、彼女は僅かに表情を変えた。


「なら……、なんで、飛び込んだの?」


 答えを用意していなかった。


「特に……何も考えてなかった」


「でしょうね」


「体が動いただけ」


「最悪」


 そう言いながらも、彼女はどこか納得した顔をしている。


「無駄死にだと思った」


「今は?」


「……ちょっと、考え直してる」


 その答え。それだけで心が少し落ち着いた。


「じゃあ、行きましょ」


 ルリカは、洞窟の闇を指さす。


「助けを待つより、前に進む」


「ああ」


「役割分担は?」


「僕が前」


「私は後ろで、水の確保と、祈り担当ね」


 短いやり取りだったが、決まることは決まった。

 僕は、洞窟の奥へ踏み出す。背後で、ルリカの足音が続く。

 波の音は、もう遠い。

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