久世理沙の躊躇
九日目の試験ログを閉じたあと、久世理沙はしばらく席を立てずにいた。
管理フロアの照明はすでに落ちている。残っているのは、最低限のモニター光と、空調の低い音だけだった。
……担当を外されるのは、これで二度目か。
今回、満足と瀬戸の担当者を外されたのは、結構メンタルに効いた。しかたない判断だったとは思うが、あのときのことがどうしてもフィードバックしてしまう。
矢代美羽、彼女は私の担当だった。「あの件」があり、私は彼女の担当を外された。そして、彼女は学園から姿を消した。
――いや、まだ、あの世界にいる。
端末の画面を閉じても、数字の残像だけが頭に残っていた。
担当を外れた満足燈彦の、本日の試験、そのログと数値。心拍、脳波、判断速度、感情残留――どれも、基準値からはみ出している。それなのに、破綻していない。
……今日は、うまく乗り切ったな。
私は、椅子の背に体を預け、ゆっくりと息を吐いた。そして、かつての彼を思い返していた。
学園にいた頃の彼を、私はよく覚えている。
目立たない学生だと思っていた。優秀ではあるが、前に出ない。議論では鋭い指摘をするのに、結論を自分で引き取ろうとしない。神話や歴史を「構造」として捉えるのは得意でも、それを現代にどう接続するかという問いからは、一歩距離を取っていた。
――踏み込まない学生。
それが、私の評価だった。だからこそ、軽口で誘った。
「いいバイトがあるのだけど……」
矢代美羽が彼の存在に気が付けば、何かのきっかけになるかもしれない。そんな期待があった。正直にいえば、彼は、私が大海原に垂らした、一本の釣り糸、その先端に付けた餌。そういう打算が、なかったと言えば嘘になる。
正直、過大な期待はしてなかった。そして別段、危うさも感じていなかった。彼なら過剰にのめり込むことはないだろう、と安心もしていた。冷静で、引き際を知っているタイプだと、勝手に思い込んでいた。
最初のログイン後も、その印象は変わらなかった。役割選択は地味で、勝ちを急がない。主役にもなろうとしない。管理側から見れば、扱いやすい参加者。リスクの低い学生。やっぱり、満足は満足だ。そう思っていた。少なくとも、最初の数日間は。
だが、どこからだったか。イベントが重なり、分岐が増え、危険な選択肢が目の前に並び始めたあたりから、違和感が積み重なっていった。
迷いが、減っている。判断が、速い。そして何より――引かない。
彼の中に恐怖がないわけじゃない。ログは正直だ。心拍は跳ね、ストレス指標は振り切れそうになっている。だが、それでも判断は崩れない。感情が荒れているのに、選択はむしろ安定している。
私は、そこで初めて、自分が彼に対して行っていた分析評価を疑った。
彼は、踏み込まなかったのではない。踏み込む理由が、なかっただけなのではないか。
今は違う。理由がある。忘れられない誰かがいて、取り戻したい何かがあって、そして世界そのものを、引き受けようとした。
それは成長なのか、と問われれば、私は否定する。そんな言葉で片付けていい変化ではない。
……本性が……出ただけ、か。
元々、そういう資質を持っていた。ただ、それを安全な環境では表に出さなかっただけ。その事実に気づいた瞬間、胸の奥がひりついた。
彼が戻れなくなる——そのとき私は、誰に何を説明するのか。
自分は、彼をここに連れてきた。彼の「踏み込める側面」を、研究対象として開いてしまったのではないか。
担当を外されたことが、悔しくないと言えば嘘になる。だが同時に、どこかで安堵もしている自分がいる。
これ以上、近くで見続けていたら。もし、彼が本当に戻れなくなったとき――自分は、止められなかった責任を、引き受けきれるだろうか。
端末の片隅に、別のログが浮かぶ。
――矢代美羽。未帰還。
その事実を、彼に伝えていないのは、守秘義務だけが理由じゃない。
……ミイラ取りが、ミイラになる。
その可能性を、私は誰よりも現実的に理解している。だからこそ、躊躇している。それでも、いつかは伝えなければならないとも、分かっている。
いつだったか、彼女がふとこぼした言葉が、私の中に印象に残っていた。
「燈彦は、特別」
彼女の中で、そういう評価であるならば、と、その言葉を信じて、彼を誘ったところは大きい。そして、彼と交流する中で、その評価も、私の中で腑に落ちるものになっていた。しかし、今日、私は彼の担当者を外された。
……この先、彼と距離をどう取るべきなのか。守るべきなのか、見届けるべきなのか。
私は、目を閉じた。
神話世界を分析していた学生は、今、VR空間で、その世界と真正面から向き合おうとしている。
その変化は、真価と呼ぶべきものなのか、あるいは成長なのか。はたまた、陶酔と呼ぶのか。答えは、まだ出なかった。
ただ一つだけ、はっきりしていることがあった。
満足燈彦を、現実世界に止める責任が、試験を無事に終わらせる責任が、私にはあるということだ。
それは研究者としてではなく、勧誘者としてでもなく、教師として、あるいは一人の大人としての覚悟だった。ただ、覚悟はできても、覚悟だけで足りるのかは、まだ分からなかった。




