取り戻す日常のルーティーン
「うおーっ、世界は広い! やっぱシャバは開放感が違うわ」
島の刑務所から船で港まで戻されて、そこでほっぽり出された。
せめて駅まで送ってくれよと思ったけど、全然大丈夫。私には仲間がいるからね!
ちょうど真っ赤なオープンカーが、ブオオオーンと派手な音を鳴らしながらこっちに向かってくるのが見えた。
王者の車でお迎えなんて、気分が高まるわ。
「おいすー、まゆまゆ!」
迎えにきてくれたまゆまゆは、いかついサングラスに、ぴっちりめの革ジャン姿。王者の車に似合うアメリカンスタイルだね、カッコいいわ。こうして直接会うのは久しぶりだけど、あんまり久しぶりな感じはしない。
「よう、葵。元気そうじゃねえか」
「元気は元気だけどさ、ムショの中は退屈すぎて死ぬかと思ったわ」
ケンカしても刑期は伸びないけど、お金取られちゃうからね。まあムカついたらぶっ飛ばすけど、気軽にはやれないよ。
「ははっ、変わんねえな。とにかく、お勤めご苦労さん。乗れよ、毛布あるから寒かったら使え」
「気が利くねえ、ありがたや」
今日はいい陽気だけど、3月はまだ空気が冷たい。
いつもの英国お嬢様風スタイルにスカジャンで、オープンカーはちょっと寒そう。でも毛布があれば全然大丈夫。
ささっと乗り込んで、準備完了!
「どっか寄りたい場所あるか?」
「行きたいところはいっぱいあるけど、みんな待ってんだよね?」
「首を長くして待ってるぜ」
「ほいじゃ真っすぐ帰ろうよ。早くみんなに会いたいわ」
王者の車が走り出せば、いよいよ塀の外に出られた感がマックスになった気がした。自由!
どこへだって行き放題だ。また前みたいに、みんなでダンジョンアタックしまくりたいね。
移動中はまゆまゆと、景色を見ながらどうでもいい雑談をしまくった。
このどうでもいい時間が、仲間としかできない感じでいいんだよね。ムショの中はいつも誰かに見張られていたから、あんまりリラックスできなかったし。
「え、マジかよ」
信号待ちしている時に、ちょっと離れた場所のお店が騒がしい感じになった。なにかと思って見たら、全裸のジジイがいるんだけど。なんだよ、あいつ。やべーよ。
なんか先生とか呼ばれてね? どういうこっちゃ。変態の先生ってこと? マジかよ。
「どうした?」
「いやー、あっちのほうに全裸のジジイがいたんだよ。やばくね?」
「なんだそりゃ。まあ、もう春だからな。そんな奴もいるだろ」
「そんなもんかねー」
ちょうど信号が青になって出発した。あんな小汚いものは忘れるに限るね。なんなんだよ、まったくもう。
気を取り直して最近の面白い出来事なんかを聞いていたら、練馬の空気を感じ始めた。知っている場所だと思っていると、やがて懐かしの商店街に入った。
王者の車は目立ちまくるから、お店の人たちがこっちを見て私たちに手を振ってくれた。仲良くなったもんだよね。
知った顔のおっちゃんやおばちゃん、兄ちゃんや姉ちゃんたちの顔がめっちゃなつかしい。
「うおー、帰ってきた感じするわ!」
「商店街の連中、葵が戻るのを楽しみにしてたぜ」
「そうなん?」
そういや目が合ったっぽい人たちは笑顔だったもんね。
うお、そうだよ。私ったら全然悪くないのに、ムショにぶち込まれちまったからね。前科モンだよ。普通に考えたら評判が悪くなりそうなもんなのに、私の帰りを楽しみにしてくれるなんて、マジでありがたいわ。
「葵がストーカー野郎を威嚇するなんて、商店街で何度もあっただろ。ここの連中はそれを知ってるからな」
そんなことはもう日常過ぎて、いちいち気にしてなかったけどね。私は悪くないってわかってくれるのはうれしいわ。
「嫌われちゃったら、買い物もやりにくくなっちゃうもんね。あぶねー」
「日頃の行いが大事だって、アタシも勉強になったな。これからもよろしくやっていこうぜ」
「ホントだね。買い物とか、いっぱいしまくるわ」
今度は逮捕されないように、ちょっとは人目を気にしてケンカしよう。うん、私も学習したよ。
住宅街に入ると、すぐにおなじみの塀と門が見えてきた。
王者の車が派手な音を響かせながら近づけば、自動的に開く門。誰か待っていて、開けてくれたっぽいね。
敷地に入って車を降りたら、みんなが待ってくれている。
「アオイ!」
「マドカーっ、みんなー!」
「葵姉はん……お勤めご苦労様」
「お勤めご苦労だったな」
「お勤めご苦労様、葵さん」
「お勤め――」
いや、みんなお勤めご苦労って言いすぎだろ。
雪乃さんの部下一号の詩乃さん、二号の綾乃さんにまで加わって、全員に言われてしまったわ。
まったくもう、言いたいだけじゃん。
全員との再会を喜んでから、まずは仮のクランハウスへ。
すると食堂に案内されて、そこには盛りだくさんのメシやお菓子があった。
「なんじゃこりゃー!」
「出所祝いよ。食べたいだろうと思って、みんなで買ってきたの」
マジかよ。
めっちゃでかい桶に入った寿司とか、ハンバーグとか、からあげとか。え、牛丼まであるじゃん。それに商店街の名物スペシャル大王ミックスとか、神楽坂名物のどら焼きまであるわ。
すごすぎる。ムショのメシも意外と悪くはなかったけど、やっぱシャバのメシのほうが断然いいわ。
「よっしゃ、パーティーだ! 今日は無礼講だよ!」
「無礼講の意味、わかっているのか?」
「そんなことはいいんだよ、銀ちゃん! とにかく、みんなありがとね。お腹減ってるし、さっそく食うわ!」
まずはなにがいいかね?
こいつは迷うよ。だって、シャバに戻って最初のひと口目だからね。
――開けて翌日。
自分の部屋での目覚めの、なんて快適なことか。
もうパジャマもベッドもクオリティが違う。ぐっすり眠れて早く起きてしまったわ。
昨日は食って飲んで騒いで、みんなに聞かれてムショの話をしまくって、めっちゃ満腹になって寝てしまった。
よし、今日からはいつもの私を取り戻そう。ムショボケするほど長くは入ってなかったはずだからね。
まずは朝風呂に入ってシャキッとしよう。自分の家のお風呂ってのもやっぱいいわ。ムショではシャワーだけだったし。
「ういー、最高っす」
首まで浸かれる熱々のお風呂がどれだけありがたいか、最近はお金持ちになって忘れていたわ。この幸せよ。
のぼせる前にはちゃんと上がって、お次はあれだ。お庭の散歩としゃれこもう。
いつもの英国お嬢様風スタイルにピシッと着替えたら、まだ朝のさわやかな空気がただようお庭に出るよ。
「これだよ、これ。バラが素敵ですわねー」
日課の復活だ。バラを愛でるこの時に感じる、文明レベルの上昇感。ムショ暮らしを経験してしまっても、私の文明レベルは決して下がってはいないんだよ。いい感じ。
咲き誇る綺麗で豪華なバラを一輪ずつじっくり鑑賞していると、沖ちゃんが庭にやってきた。これもいつもの景色だね。
「おはようございます、葵」
「沖ちゃん、おいすー! 今日も素振り?」
「はい。こうして葵と朝の挨拶を交わすと、日常が戻ったようで安心します」
そうだろう、そうだろう。やっぱ私はクランマスターだからね。ここの主だからね。いると安心するよね。
「ほっほー、久々に沖ちゃんの素振りを見てあげるよ」
「じゃあ気になるところがあったら教えてください。準備しますね」
沖ちゃんは軽く準備運動すると、さっそく木刀を振り始めた。
体を前後に動かしながら、剣をビシビシ鳴らして振っている。
うん、綺麗な動きだね。あ、でもよく見ると気になるかな。
「えっと、沖ちゃん。たぶん5ミリくらい右に傾いてるわ。あと、歩幅も毎回ちょっとだけズレるね」
「……本当ですか? よくわかりますね」
「なんとなく? 1,000回くらい連続で1ミリもズレないでやれたら、もっと強くなると思うよ。たぶんね」
たぶんだけど! まあそのくらいできないと、激しい戦いの中だと超あれこれズレるからね。私ったら戦いの時はなにをするのも正確だし、そういうのも大事だと思うんだよね。
「葵がそう言うなら、間違いないです。まずは100回を目指してみますね、このまま見ていてもらえますか」
「いいよ。ズレたら言うわ」
「はい!」
たまにはこういうのもいいね。
そうしてどれくらい時間がすぎたのか、ちょっと飽きてきたタイミングでリカちゃんが呼びにきてくれた。
「これからミーティングが始まりますよ。葵ちゃんがいなかった間の出来事を、雪乃さんがまとめてくれたみたいです」
よくわからんけど、みんなもあれこれやっていたみたいだからね。昨日は雑談でちょろっと聞いただけだから、ちゃんと聞くとしよう。
なんてったって、私はクランマスターなんだから!
よっしゃ、これでやっと花園の日常が始まるぞ。




