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ぼっち・ダンジョン  作者: 内藤ゲオルグ


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【Others Side】因果応報の代償

【Others Side】


 ――ある日の深夜、飯塚庄蔵の自宅。



 日付が変わる時間帯になっても、電話が鳴りやむことはなかった。

 自宅の電話機とスマートフォンには、ひっきりなしに着信やメッセージが押し寄せているが、もはやいちいち対応する気にならない。


 どうせ内容は決まっている。

 たった一人の警察官が公開した暴露動画に関してだ。あれから数日のうちに、状況が激変した。


 あんな誰も目に止めないような動画がどうしてか注目を浴び、次々と関係者や関連する事件が暴かれている。

 そしてついには、この私にまで繋がる証拠が見つかってしまった。言い逃れや誤魔化しが通用しないと思えるほどいくつも。

 まさに私が長年をかけて作り上げた、一蓮托生となる繋がりから芋づる式といった具合だ。


「……なぜだ」


 目立ちたくても決して目立つことのなかった私が、最悪の形で注目を浴びている。

 これほどまでに連絡が殺到することなど、長い政治家人生で初めてだ。


 しかし、その内容は極めて不快だ。


 愚かな者たちは、今更になって手を切りたいなどと喚き散らしていた。

 震える声で私との関係をなかったことにしてくれと懇願する者もいた。

 この私が騙したなどと、罵倒する者さえいた。


 あるいは火消しに協力してやるなどと言う者もいた。あれは暴露動画が公開された直後、まだ余裕があった数日前のことだ。

 これまでの関係性から、保険のためにもやらせておくかと思ったのが間違いだった。

 多額の前金だけ取られて、何の成果もなしだ。むしろ、そうした工作さえ暴かれ立場をより悪くしてしまった。


 裏切者どもめ。


 抜け目のない秘書の三男は海外に高飛びしたようだが、裏切りに目をつぶればその思い切った判断は評価できた。

 あのようなクズでも血を分けた息子だ。それにあれがいたところで、この状況が変わりはしない。もうどうでもいい。


 しかしだ。多岐に渡る人脈も、投じたはずの多額の金も、いざとなれば何の役にも立ちはしない。

 腹の底から煮えたぎるような怒りが湧き上がり、春の涼しい深夜のはずがとにかく熱い。


 熱い、熱い、熱い。


「警察官ごときが……ハンターごときが……」


 脳裏にあの顔が繰り返しよみがえる。

 暴露動画の警察官も憎々しいが、特にあのハンターだ。剣聖杯を台無しにしたのがあの小娘だった。あとから思えば、あれからすべてが狂ったように思えてならない。


 名前を確認するのも癪だったが、もう何度も調べてしまった。

 永倉葵スカーレット。よわいまだ十代後半の取るに足らない小娘。

 なぜか、あの能天気で何も考えていなさそうな顔が消えない。


 私は長年をかけて人脈を築き、金を動かし、この国の陰で幾つもの決断を左右してきた。免許証も持っていないたかがハンターの小娘など、私の人生において塵芥以下の存在だったはずだ。


 それが。それが、なぜ。


「……なぜ、お前ごときに」


 口に出して初めて、自分が震えていることに気づいた。

 認めるものか。あんな小娘ごときに、この飯塚庄蔵が。


「ははっ、はははっ、ははははははっ!」


 熱い、熱い、熱い。体が熱い。


「クズどもが、裏切り者めが!」


 体の熱さと怒りに任せて、シャツを破って脱ぎ捨てた。

 まだ熱いが、少しばかり爽快な気持ちになれた。


「ははっ、はははっ、ははははははっ!」


 熱い。まだまだ熱い。

 笑いが止まらない。何が面白いのかわからない。しかし笑いが止まらない。


 ズボンを脱ぎ捨てた。

 まだ熱い。ちっとも涼しくならない。

 いっそ、すべて脱ぎ捨てよう。


 どうでもいい。すべて、どうでもいい。



* * *



 ――シンガポールの国際空港。



 汗を拭いながら手荷物を回収し、さり気なく周囲を見回した。

 ひとまず、ここまで来れば大丈夫だろう。


 だが一度飛行機に乗った程度では、足取りなど簡単に掴まれる。

 急ぎ偽造パスポートを用意し、さらに南か西の国に行くとしよう。

 大丈夫、俺は大丈夫だ。資金はまだまだあるし、コネもある。逃げきる見込みは十分にある。


 気持ちが焦る。

 タクシーを使って移動し、まずはホテルにチェックインした。

 もう夜だ。本当は急ぎたいが、記憶に残る偽造屋の場所が少し曖昧だ。こんな時間に探しに行って、別のトラブルに遭うのは御免だ。

 急いては事を仕損じる。焦っている時ほど、努めて冷静になれといつも父さんが言っていた気がするな。


 父さんは今頃どうしているだろうか。

 いや、そんなことより少しでも体を休めなければ……。


 眠れない夜を過ごし、朝になった。

 まったく疲れは取れていないが、早速行動開始だ。

 数年ぶりに訪れた偽造屋のいる界隈を歩き回る。この辺りだったはずだが。


「よお、飯塚さん」


 背後から突然声をかけられて、思わず跳び上がってしまうくらいに驚いた。

 慌てて振り向けば、そこには派手なスーツにサングラスの男が二人いた。

 本能に任せてとっさに走り出したが、細い路地を曲がった先でいきなり殴られた。


「がはっ、げほっ、げほっ……」


 鼻先への衝撃と激痛に倒れたら、思い切り腹を蹴られたらしい。なんて奴だ。


「飯塚さんよ、あんたわかりやすいな。ここらの町や店は、俺らの組が紹介したの忘れたのかよ?」

「それに余所者の出入りにも厳しいって言ったよな? 政治家先生の秘書ともあろうモンが、物忘れが酷いじゃねえか」


 忘れるはずもない。ただ、こんなにも早く日本から追手が掛かるとは思わなかった。

 あまりにも早い。しかし、警察ならともかくどうして組の人間が。


「おいおい、今となっちゃ元議員秘書だろ? さすがに現役の秘書さんに無体な真似はできねえよ」

「いや、まだ飯塚のジジイは議員のはずだ。どうせすぐ辞めることになるだろうが」

「だったら同じじゃねえか。まあ、細かいことはいいんだ。とにかく飯塚さんよ、あんた知らん顔して高飛びできると思うなよ」


 どういうことだ。まさか秘密裏に当局から依頼でも受けたのか?


「あ? わかりませんって顔してねえか、こいつ」

「わざわざ説明してやるほど、俺らは親切じゃねえが……まあいい。その情けないツラに免じて話してやるか」


 そう言った男がしゃがみ、倒れる俺に顔を近づけた。


「いいか、あんたのツレはうちの組の四次団体の人間なんだが、そいつのせいで何人もパクられちまったんだよ。あんたが持ってきた仕事のせいでな」

「ある程度まとまった金をバラまいてでも事を収めねえと、もっと上のほうにまで迷惑が掛かりそうなんだ。その責任てもんが、てめえにはある」

「そういうことだ。逃げられると思うなよ」


 話はわかった。つまり金の問題だ。

 痛みをこらえながら、なんとか口を開く。


「……いくらだ。幾らあれば、見逃してもらえる」


 男たちは顔を見合わせ、それからおかしそうに笑った。


「見逃す? 誰がそんなこと言ったよ」

「金は出してもらうぜ。当然な。でもそれで終わりじゃねえんだよ、飯塚さん。金だけ払ってお終いなんて、そんなわけねえだろ。ケジメってもんを取らねえとな」

「何年もこっちの世界に関わってんだ、わかるよな?」


 逃げ場など、どこにもないということか。


 父さんをかばって自首していれば、まだマシだったのか。

 いや……刑務所に入っても、関係ないのか。こいつらは。


 俺は、これからどうなるんだ。



* * *



 ――警視庁、刑事部捜査第六課の会議室。



 この忙しいのに、急な呼び出しに加えて二人での面談か。嫌な予感しかしない。

 呼び出した張本人は涼しい顔で、これ見よがしに何かの書類を眺めている。

 用があるなら早く言えよ、嫌味な奴だ。


「見ろ」


 こっちの思いが通じたのか、唐突に書類を投げ渡された。仕方なしに、テーブルに落ちたそれを手に取る。


「……人事異動」

「左遷だ」


 はっきりと言いがやる。


「理由は言わなくてもわかるな?」

「永倉葵、あのハンターの件ですか。しかし、俺は命令に従っただけで」

「黙れ。例え命令だろうが、お前のしたことは明らかな違法行為だ。しかも警察のメンツを大いに潰してくれた。お前の元上司の逮捕程度で、事は済まんということだ」


 さらに上の連中がお怒りということか。

 だが、なんで命令通りに仕事をしたにすぎない現場の俺に責任があるんだ。しかも俺は書類作りで少し手を貸しただけだ。


「不満そうだな」

「そりゃそうでしょう。俺はほとんど関わってませんよ。謹慎中の連中はどうなるんです?」

「お前の元上司とそのまた上司が逮捕されたことは知っているだろう。警察からの逮捕者は2人で済んだが、ほか免職が5人に停職が8人になる見込みだ。お前はまだ関与が薄いことを考慮して、左遷と減給の処分で済んでいる。感謝するんだな」


 左遷先はド田舎だし、事件がそうあるとは思えない。

 明らかな閑職で、戻れる見込みも薄いだろう。キャリアなんて終わったも同然だ。


 冗談じゃない。


 こうなったら警察なんて辞めてやる。

 永倉葵の事件以外にも、臭いネタはいろいろ持っている。

 知り合いの記者やメディア関係者に、洗いざらいぶちまけてやる。


「……用件はそれだけですよね? 失礼します」

「待て」


 立ち上がりかけた体が、思わず止まった。


「今、何を考えていた?」


 上司はこちらを見てすらいない。何かの書類に目を落としたまま、淡々と続けた。


「退職して、持っているネタをメディアにでも流そうと思ったか?」


 何も言えなかった。図星だ。


「お前の行動はすでに監視されている。退職しようが変わらん。持っている情報の流出経路も把握済みだ。お前、何年刑事やってんだ? 警察はそんなに甘くねえんだよ」


 最後の最後で口調を崩した上司が蔑むように言い放ち、席を立って部屋を出て行った。


 扉の閉まる音がやけに大きく響いて耳鳴りがする。

 何かを言おうとしたが、言葉が出なかった。



* * *



 ――クラン『天剣の星』本部。



 クランメンバー全員を集めたのはいつ以来だろうか。

 我ら天剣は常に忙しく、多く集まる時でも大抵は半分程度だ。あとは何かしらの仕事をしているし、代表の俺自身もクランに顔を出すことは少なかった。


 振り返ってみれば、本当に久しぶりだ。その久しぶりの状況で、こうも最悪の話を聞くことになるとは考えもしなかったが。

 未だに、どこか現実感が薄い。


「――以上が、現在判明している賠償金の内訳です」


 会計担当の声は淡々としているが、顔面蒼白とは今のあいつの状態そのものだ。平静を装って話せるだけでもたいしたものに思える。


「総額は約80億円」


 示された恐ろしい金額には、もはや笑うしかない。

 クランの年間総収入に比べればまだ低いが、ダンジョン攻略の最前線に立つ我らは常に最高の物資を潤沢に集めておく必要があり、そしてクランメンバーには労力に見合う報酬を与える必要がある。当然、クラン外の多数いる協力者にも謝礼は必要だ。

 どれだけ収入があろうが、余剰な金などほとんどない。


「冗談だろ……」

「こんな性質たちの悪いこと、冗談でも言えません。すでにご覧いただいたように、主にはスポンサー契約の違反と多くのメンバーが関与した事件に対する和解金です。無関係な人はほぼいませんし、事件については和解で済んでまだ良かったと考えるべきでしょう。それでは済まないケースも、いくつかありそうですが……」


 誰かの呟きに、会計担当が丁寧に答えていた。言葉を濁してくれたが、俺も含めた幹部や一部の者は調子に乗り過ぎていた。おそらく起訴は免れない。


「それにしても80億……80億だぞ……」

「いくらうちでも、そんな貯えはないよな」

「貴重な道具を売り払えば、それなりにはなるはずだ」

「売り払う? 足元見られるに決まってんだろ! まともな金額で引き取ってもらえるなんて、考えが甘すぎるにもほどがある!」

「俺に怒鳴るんじゃねえよ!」

「なんだと!」


 クラン代表として、俺はすでに権威を失っている。こいつらを諫めても、お前が言うなと言い返されるだけだろう。

 ハンターとしての実力はこの場の誰にも負けないつもりだが、多勢に無勢の状況で、今のこの最悪の状況が重なっている。下手なことを言えば、なぶり殺しにされかねない。


 代表の俺も副代表の神崎も、すでに居場所を失っているに等しい。ただ償いから逃れられないよう、ここに繋がれているだけだ。


「言い争っていても何も解決しませんよ。黙ってください」


 会計担当は意外と肝が据わっている。

 金勘定が得意なだけだと思っていたが、この様子なら剣士としての成長は思った以上に見込めたのかもしれないな。


「い、今の貯金はどのくらいあるんだよ! うちの稼ぎはかなりのはずだろう?」

「何かと入用なので、貯金は3億円程度しかありません。ただ、資産はそれなりにあります。このクランハウスやサブクランのものを含めて、各地にいくつも不動産を持っています。それに溜め込んだ物資を売り払えば、例え相場未満でも相当額は賄える計算です。それでも足りませんが」

「足りない分はどうするんだ?」

「メンバー各位の貯金や売れそうな装備品を提供してもらいます。そこまで含めて現金化すれば、全額賄えるでしょう」

「ふざけるな!」


 怒鳴り声でまた会議は錯綜しているが、ほかに手はない。

 今の我ら天剣の星を助けてくれる者など、どこにもいない。


 日本トップを目指し、一時的には手が届いたはずだった。少し前の我らは、まさに日本トップだった。


 どこで間違った?

 なにを間違えた?


 不意に脳裏に、あの試合が浮かんだ。

 剣聖杯。我らが日本一のクランであると、その立場を盤石にするための舞台だった。

 だがそこで、若手のエースだった鷹宮が圧倒的な実力差で敗北した。


 あの相手はたしか、永倉葵。

 なぜ今、あんな小娘の名前が浮かぶ。


 いや、わかっている。あの試合から歯車が狂い始めた。あの敗北で我らの名声は地に落ち、鷹宮たち期待していた若手が何人もクランを抜けてしまった。


 焦りが生まれた。焦りで、俺も神崎も判断を狂わせた場面がいくつもあった。

 それでもあんな小娘に負けたなどとは思わない……が、きっかけにはなったのだろう。


「ふっ」


 笑うしかない。終わる時というものは、こんなものなのか。

 だが終わるにしても、あまりに早い。そしてあまりに呆気ない。

 我ら天剣は、日本最強のクラン。日本で一番の剣士のクランだったはずが……まるで砂上の楼閣ではないか。


 いまとなっては、ただただ空虚だ。

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― 新着の感想 ―
いや、やらなきゃ良かったいやがらせの出場予定の噂ばらまきしたんだから葵に負けたんだよwww そんなんしなきゃきっと今でも紫雲館と政争できてたよ
更新お疲れ様です。 良かった、きちんと大量ざまぁされてる!悪党・金持ち・権力者が破滅するさまはいつ見ても気持ち良いですな! リアルの政治家や官僚もこうなって欲しいわマジで…。 それでは今日はこの辺…
聖域のインチキだけなら可愛いもんだったのに一線を越えてしまったからな というか大会出場の件の嫌がらせをした時点で虎の尾を踏んでいたのか
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