【Others Side】日陰で生きる男
【Others Side】
飯塚庄蔵は政治家として13度も当選を繰り返し、目立たないながらも陰の実力者として力をつけた。
しかし、そこが限界でもあった。
表舞台に立つということは、党としての看板の役目を担うことでもある。何かしら民衆を引きつける魅力がなくてはならない。そうでなければ例え権力の椅子を手に入れようと、座っていられる時間が短いことは自明だ。
党の力と強い地盤を引き継いだお陰で当選に苦労はしなかったが、注目を浴びることもなかった。それでも若いころはまだ希望に満ちていた。
それ相応の働きをすれば民衆からの人気が集まり、党の中で要職を勝ち取れる。そうなれば必然と目立ち、人気はさらに増していく。政治家として、もっと自分のやりたいことがやれるようになる。そう、信じていた。
ところがだ。現実は厳しい。
寝食を惜しんで働き続け、結果を出したつもりでも評価する人は数少ない。そもそも、その過程どころか結果さえ知る人がほとんどいない。熱心な地元の支援者以外では、もはや誰もいないのではと疑うほどだ。
自陣営での広報にはそれなりの力も入れたが、影響は微小に留まっていることが現実だ。
代議士として果たしたはずの成果が、まるでなかったかのように無視される。
誰も自分の働きなど気にしない――そのことを心の底から思い知るのに数年を要した。
原因を考えてみるに、それは非常に単純なことだと理解した。
まず、自身には華がない。凡庸な容姿に加え、痩身だが表情が暗いせいか腹黒そうに見える。
かすれたような声ではどれだけ内容に気を配ろうが、元気に話そうが、話術を意識しようが、他人の耳にはなかなか届かない。
クリーンでいても意味がない。同僚が汚職にまみれる中、清廉であろうとしても無意味だ。清廉であることが当然だからだが、その当然の状態では評価の対象になりはしない。
老獪な重鎮の意のままになるまいと必死に抵抗し、独自の勢力を作り上げ、真っ当な活動に邁進しようが、それすら旧来の派閥と同列に語られる。あるいは存在を無視されて終わりだ。
すべて、意味がなかった。
だからといって、誰かの腰巾着になるのは嫌だった。
結局のところどこに原因を求めようと、それが己の才覚だった。
では、何ができる。
真っ当と思っていた仕事に、どれだけ労力をかけても日の目を見ない。そんな己に、いったい何ができるだろう。
答えは簡単だ。これほどまでに目立たないのは、もはや才能だ。これを活かす道しかない。
これまでの努力は無駄ではない。
懸命に活動を続けていれば、多くの人と知り合うのが政治家だ。その中には怪しい人物も多数含まれる。清廉であろうとすれば当然避けるべき人物だが、頭の片隅では利用価値について考えてはいた。
細くても繋がりはある。ならば、一歩を踏み出してみればいい。これまで忌避していたことを、やればいい。
運がいいのか悪いのか、あるいは運命か、早々に機会が訪れた。
同僚のスキャンダル。その男は中堅の議員だったが、とにかく華があり、本流の出世街道を順調に歩んでいた。私からすれば、恵まれた才能の持ち主だ。
ところがつまらないスキャンダル一つで、華々しい未来がすべて台無しになる。こんな屈辱はない。嫉妬の感情はあっても、同情を禁じえなかった。
そしてその時の私には、決して褒められた類のものではないが力があった。
状況を変えられる伝手と情報網だ。その少しばかり黒い力を使えば、中堅議員の男を救ってやれるかもしれない。
そのついでにだ。もし救えば貸しを作れた上に、今度は私が弱みを握るのだ。本流の出世街道を歩む男の弱みを。これほど愉快なことはない。
いざやってしまえば、どうということはなかった。
初めての悪事は脅しだったが、私にとっては人を使うだけだ。そしてそれは拍子抜けするくらいに上手くいった。
簡単だ。
さて、少数派閥の仕切り役というのは、表には出にくいが活躍の場は意外と多い。
表向きには多様性がどうの、党内民主主義がどうのと言う向きもあるが、そのようなものではなく、実効的な役目だ。
それは主流派に対するバランス役。さらにこの少数こそが、割れた意見をどちらかに傾ける鍵を握る場面も多い。
世間に向けて目立つことは少ないが、最後のピース足り得る存在だ。
交渉できる立場ということは、権力に一定程度の影響力を持つことになる。逆にその一定程度以上にはなり得ないが、過小に評価する必要はない。
無論、交渉は難しい。凡庸な政治家にできることでは決してないが、やり方次第だ。
そうやって、これまでとは違う意味での人脈を増やし、独自の情報網を整備し、力を蓄え、目立たないなりにも評判を高めていった。
何か困ったことがある同僚を助けてやる機会も増えた。
するとどうだ。やがてこうなった。
「困ったことがあったら、飯塚に相談しろ」
政界の裏で秘密裏にささやかれる言葉だ。
これこそが、飯塚庄蔵という政治家が活きる道だった。
だが、我こそが本流として上に立つという野望の火が、胸の中から消えることはなかった。
――ある日の昼下がり。
自宅にいた飯塚庄蔵は漠然とした胸騒ぎを覚えていた。
虫の知らせという言葉を思い浮かべていると、タイミングがいいのか悪いのか、電話が鳴った。自身の私設秘書として働く三男からだ。飯塚は言い知れない予感を抱きながら電話を取った。
「父さん!」
「騒々しいぞ。何事だ、落ち着いて話せ」
いきなりの大声にも、飯塚は顔をしかめながら先をうながした。
「不味いことになった」
「だから何があったと聞いている。順を追ってわかるように話せ」
電話の向こうで三男が悪態をついたのがわかったが、飯塚は辛抱強く待った。
「例のハンターの件だ。警察を動かしただろ? その件がバレたんだよ!」
素行の良くない三男は、その手の知り合いが多かった。駒としては使える上に、三男は政治家を目指しているわけではない。
親子ではあったが互いにいつでも割り切った判断ができ、それでいて血縁者ならではの信用が置けた。飯塚としては非常に使いやすく得難い存在だ。
「バレたとは、どのことだ」
数々の問題を引き受けては解決する飯塚の頭には、思い当たることが複数あった。
「永倉葵の件だ! 地方に飛ばした警官が口を割りやがった。口を閉ざすよう、入念に仕込んだはずなんだが……」
「それがどうした。警察内部の不祥事であって、こちらには無関係だ」
「当然、俺だって表向きには何もしてないし、直接そいつに会ってもいない。だが、その野郎が告発だとか言って、洗いざらい吐いた動画を公開しやがった!」
「……告発?」
「説明するより動画を見たほうが早い……いまリンクを送った。まだ話題になってないが、それも時間の問題だ。父さんでも、もみ消せるかどうか……」
埒が明かないと思った飯塚は、電話を切ると言われるままにスマートフォンから動画を閲覧した。
そこでは現役の警察官を名乗る男が、堂々と顔をさらして語っていた。
曰く、一人のハンターを陥れる悪事に加担してしまったと。
上司の命令と見え隠れする脅しの気配に、従わざるを得なかったのだと。後悔していざ反発すると、本格的な脅しが始まったのだと。
飯塚自身は知り合いの警察上層部にほのめかしはしたが、具体的なことは何も言っていない。上司の命令とはそれが原因ではあるだろうが、まったく知ったことではない。
脅しに関しては三男が別の線から裏切らないよう口を塞いでいたが、それも簡単に発覚するような下手を打つはずがない。
動画を見て呆れていた飯塚の電話がまた鳴った。
「父さん、見たか?」
「あんな戯言が証拠になどなるものか。世間は見向きもするまい。口を出せば無駄に騒ぎが大きくなるぞ。放っておけ」
「ちゃんと最後まで見てくれ。いいか、俺の連れはしっかりした組の人間だから、こういう時に裏切らない。裏切ればどんな目に遭うかわかるだろ? だからこそ信用できる。だがどう調べたのか、その連れと俺の繋がりを嗅ぎつけられた。それを動画の中でしゃべってんだよ! 証拠写真まで出せると言ってやがる。俺と父さんの関係は隠しようもないし、これを言い逃れできるのか?」
その場合には飯塚は秘書が勝手にやったことだと切り捨てるつもりでいる。息子だろうが関係ない。それに一時的に騒がれようと、そのような噂など長くは続かない。
そもそもマスコミには以前から鼻薬をかがせていて、騒ぎ立てられる心配自体が少なかった。
数々の恩恵を受けておきながら、いまさら自分を裏切れるはずがない。破滅する時は諸共だ。一蓮托生の関係を築いてしまえば、誰も裏切れなくなる。皆が当事者だ。
ただ、本格的に発覚してしまえば、何もしないというわけにはいかない。見せかけだけでも、けじめは必要だ。
「……最悪の場合、何をすればいいかわかるな」
「自首でもしろって言うのか? 俺が数年臭い飯を食うだけで済めばいいけど、父さんも無傷でいられるか? 問題は警察だけじゃない」
「どういうことだ。まだ何かあるのか」
「父さん、あちこちに手を回しているだろう? それこそ最悪の場合は芋づる式に持っていかれるぞ。俺は自分がヤバい時の鼻は利くんだ、この状況はまだ何か出るぞ」
「馬鹿なことを」
どうやって情報をつかんだが知らないが、たかが警察官の一人に何ができる。
動画の中で好きにわめいていればいい。




