【Others Side】決して楽ではないお仕事
【Others Side】
九十九里沖島女子特別刑務所、ダンジョン入り口前。
刑務所内に存在するダンジョン前には、重装備に身を固めた7人のハンターが集まっていた。
「――自己紹介は不要だと思うが、改めて名乗っておく。俺がこの検証チームのリーダーを任された石井だ。クラン『夜鴉の翼団』に所属している。よろしく頼む」
「僕が副リーダーの上野です。さて、目的を改めて確認しましょうか」
リーダーの石井がうなずいたのを確認し、上野が続ける。
「僕らの仕事は第二階層への階段を確認すること。次に第二階層へ下り、転送陣の設置を確認すること。そして第二階層に存在するモンスターを確認すること。以上の3つです」
「それだけ聞くと簡単に思えるんですけど……」
「ここはかなり厄介なダンジョンですからね。まあ、そのための俺らなんですけど」
この場に集められたのは、沖島ダンジョンに異変が生じた際、調査を行うことで正式に登録されたハンターだった。各々がこのダンジョンを探索するにあたって、特化した能力を持っている。
「前回の大規模探索は、もう20年以上も前の話だ。この中に経験者はいないだろう? しかし今日は歴史的な日になると思っている。楽しみだな」
「僕もです。それに今回は結界系スキルと支援系スキルのエキスパートが集まっています。目的地もはっきりしているので、問題なく仕事を終えられると考えていますよ」
「おまけに全員、そこそこ戦えると。未確認の階層で、何が出ても大丈夫そうですね」
参加しているハンター全員が、緊張しながらも自信のある表情をしていた。
「各自、装備の点検は十分にしているな? 早速、行くとするか」
「最初の目的地は簡単です。真っすぐに北、それだけです。万が一にもルートが逸れないよう、僕が確認し続けるので、その点は安心してください」
「距離は20キロくらいでしたよね?」
「そうだ。皆も知っているように過酷な環境下での移動になるが、結界を二重に展開すれば問題ない。このチームなら交代で結界を展開し続けられるから余裕だろう。休憩込みでも、片道4時間程度を見込んでいる」
「ほかに気になるところがなければ出発しましょう」
検証チーム全員がうなずき、続々とダンジョンに入った。
階段を下った場所で、あらかじめ決めたとおりに結界系スキルが展開した。
強風や寒さが結界によって大幅に和らぐ。さらに各々がライトを点灯した。
「……やはり小型のライトでは、最大出力にしても足元しか見えんな」
「暗視装置も機能しないですからね。このダンジョン、どうなっているのやら」
「まあ、足元が見えるだけマシですか。しかし、ここは相変わらずひどい環境です」
雑談に加わりながら、副リーダーの上野がカメラと通信の確認をしている。
「結界がなかったら、強風だけで参ってしまいますね」
「まだ実感はないが、乾燥や空気の薄さも気になってくるだろう。何か問題があれば、すぐに報告してくれ」
「しかし、不気味ですね」
「別名、深淵ダンジョンでしたか……闇に吸い込まれてしまいそうな気分になります」
闇が支配する空間で、根源的な恐怖がこみ上げる感覚を誰もが感じていた。
「行くぞ、上野が先行してくれ!」
リーダーの石井が手を叩き、気を奮い立たせるように声をかけた。
「任せてください。約4時間、頑張って進みましょう」
そして上野が足音を鳴らしながら歩き出すと、全員が気を取り直して後に続いた。
濃い闇の中で、先頭を歩く副リーダーの背中と足元を照らすライトの光を頼りに歩き続ける。ただひたすら真っすぐに。
時折、リーダーの石井が声をかけ、結界系スキルの維持を交代しながら。無駄話をせずに、北へ北へと歩き続ける。
闇と過酷な環境は厳しいがモンスターはおらず、平坦な地形を進むことに問題は生じなかった。
「――石井さん、そろそろです。照明弾、いえ、サーチライトを使います」
副リーダーの上野が言いながら足を止め、次元ポーチから道具を取り出した。
大きなライトを点灯し、前方を照らし出す。
「闇が濃いですが……ああ、岩の残骸が見えます」
「あの辺りが紫水晶の採掘地点か? 移動しよう」
約20キロの移動で疲れていた一行は、ほっとした空気をにじませながら移動する。
「……これは」
到着した採掘地点を見て、石井が絶句した。刑務官に聞いた岩山の特徴とは異なっている。強力なライトで辺りを照らせば、ごつごつとした大きな岩が辺り一面に散らばっていて、整った形の岩山や平坦な地形という話とは明らかに違っていた。
その原因は岩山が大きく崩されているからだと、すぐに察しがついた。
「永倉葵がやった、ということですか」
上野は呆れたように言いながら、カメラで撮影している。
「ハンマーで壊したと証言していたようだ。まさか、これほどの破壊とは……」
「八つ当たりでもしたのか? まあ刑務所にいるなら、ストレスが溜まるのかもしれんが」
「どうやったら、こんな風に破壊できるんですかね」
散開して岩山の跡地を確認した一行は、改めて集合した。
「聞いてくれ! 事前の情報どおりなら、第二階層へ下る階段は左前方約50メートルの場所だ。このまま階段を探そう。見つけたら第二階層に進む前に、少し休憩時間を取る」
「了解!」
また移動中と同じ隊列を組むと、階段を求めて先に進んだ。そして間もなく、それはあった。
「石井さん、階段です。階段がありました」
上野が照らすライトの先には、ぽっかりと口を開けた下り階段があった。ハンターなら見間違えようもない、次の階層へ向かう階段だ。
「……本当にあった」
沖島ダンジョンの第二階層は、大昔のハンターがその存在をスキルによって感知しながらも、長らく発見できなかった。
その歴史的な発見を喜ばしいと思う一方、検証チームは誰もが同じことを考えていた。
暗い穴の底から滲み出る、言い知れない不気味な気配。それに本能的な恐怖を覚えていた。
「ここに入らないと、いけないんですよね」
「それはそうだ。ここで引き返すわけにはいくまい。それに第二階層に降りれば転送陣があるはずだ。すぐに戻れる。それにしても、やけに不気味な雰囲気だな……」
「リーダー、休憩よりも早く済ませて帰りませんか。長居したい場所じゃないですし、小休止ならもう十分です」
大発見と言える場面にもかかわらず、検証チームの多くはハンターらしい危機察知能力で退避することを考えていた。そしてリーダーと副リーダーも、それについては同感だった。
「わかった。第二階層へ向かおう。上野、引き続き先行してくれ」
「では第二階層の探索は最低限にとどめ、まずは転送陣の確認、そしてモンスターを確認します。確認が済み次第に戻りましょう」
「第二階層は環境がより一層厳しくなるらしい。だが、あと少しの辛抱だ」
気を奮い立たせた一行は、第二階層へと下っていった。
さらに厳しい寒さと風が検証チームを襲った。耐えきれなかった一人が結界を展開し、三重結界を形作る。
明らかな空気の薄さ、そして体の底から込み上げる恐怖感に、全員が早急に帰ることを考えていた。
「……転送陣がありました。見たところ、不具合もなさそうです」
「じゃあ、我々が持参した分を使う必要はありませんね。残りもさっさと片付けますか」
「青鬼のモンスターですよね。階段から見て北の方角、今度は数百メートルの位置でしたか」
「距離ははっきりしないけど、そう遠くはないらしいですよ」
検証チーム一行は、転送陣を発見できたことで多少なりとも余裕を取り戻していた。しかし、得体の知れない恐怖感はぬぐい去れていなかった。
「情報によれば、モンスターは強力だがわずか1体にすぎない。それに戦う必要まではない。存在を確認次第、撤収しよう」
「照明弾を使います。この濃い闇の中で、どこまで効果があるかは不明ですが……」
「強力な照明弾だ。数は少ないが、ここで出し惜しむ意味はない。それに未知のモンスターが、いきなり目の前にいるなどという状況は、さすがに勘弁してもらいたい」
「ですね。誰か、カメラを代わってもらえますか?」
「じゃあ俺が持ちます」
上手くいけば、もう少しで仕事が終わる。検証チームはやるべきことに集中した。
三重に結界を展開したまま、慎重に歩みを進める一行。
前方上空に照明弾を放ちながら移動を続けるが、モンスターはなかなか姿を現さない。
濃い闇が強力なはずの照明弾の光をあまり通さず、50メートル程度の先までしか見渡すことができなかった。
そうして数百メートルの距離を進むうちに、徐々に歩くペースが落ちてきた。理由は誰もがわかっていたが、口にはしない。
暗闇の向こうから、圧倒的な力の気配を感じていた。
ただの恐怖感から生じる錯覚とは違う、ハンターとして培ってきた経験がそれを教えている。
しかし、仕事はあと少しで終わる。あとほんの少しで目的を遂げられる。
本能は逃げ出したいと強烈な警鐘を鳴らしていたにもかかわらず、その正体を確かめてみたいという相反する本能もまた働いていた。
――そして。照明弾の光が照らす先に、それを見た。
目の良いハンターは50メートル程度の距離なら、はっきりとその先のものを視認できる。
情報どおりの姿だ。黒い靄をまとった、大柄の青鬼。頭部がドクロで巨大な剣を持っている。
それがゆっくりと検証チームに向かって動きだした。




