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嵐を超えてシスターに送る Lv.1(一話)

 その中には楽園が広がっている。

 訪れた誰もが、そう口にするのだ。


 神の国バシレイアの中心に聳え立つ、光の塔。

 国のシンボルとも言える塔の周囲には、様々な施設が山のように建てられている。


 どの建物も石工を元にして建て、落ち着きのあるものばかりだ。

 まるで、別の国に来たみたいだと言う者も多い。


 さらに光の塔の影響により植物の育ちがとても良い。

 中庭を作ればそこは楽園と大差ない空間になる。

 西側渡り廊下にも中庭がある。


 ここには蔦を着こなした様に絡みつく東屋と小さな木が生えている。

 こんな素敵な場所に住み続けられるのは選ばれた人だけだ。

 小さな木の上でうたた寝を決める少年もまた、その一人である。


(朝礼をサボってここで寝るのは、最高だな。外と違って余計な風がなくて暖かい……)


 誰かの手を思い出す。

 太陽が照り付ける日だった。

 幼い少年は銀色のジョウロを持っていた。

 彼の頭に優しく手が乗る。

 手からは甘い匂いが漂って来た。


「お前さん、上手に育てたな」


 老人は撫でながらいう。

 幼い少年は嬉しくて鼻をこすりながら顔を上げた。


 不意に全ての頑張りは無意味だったのだと、夢から現実に引き戻された。

 どれだけ努力を重ねても、あとは才能で片付いてしまうのだ。


 少年は寝返りを打つ。


 背中の影が色濃いものになっているのをひしひしと感じていた。

 ぼんやりとしていると、人の気配を感じて目を開く。


 体を起こしてあたりを見渡すと渡り廊下の方に人影が、よく見てみるとそこには、綺麗な金髪の少女の後ろ姿があった。

 彼女は紙切れを見ながら、辺りを見渡している。


 この辺は大聖堂から離れているが、それでも、たまに観光で覗きに来る人がいる。

 彼らは周りの美しい景色に目を奪われて、来た道を忘れてしまうのだ。

 少年は、そういった人たちに道案内をするのが多かった。


 今では、遠目からでも分かったりする。

 少女の動きを見て、少年は道に迷っているのだな、と思った。


(困ってそうだし、声をかけてみるか)


 彼は木から飛び降りて少女に話しかけにいく。


「やぁ、道に迷ったのかい?」


 声をかけられた少女はドキッと肩を弾ませて振り返る。


「病棟に手紙を届けに行きたいの……ベリル姉は今どこにいる?」


 綺麗な黄色い瞳をした少女の顔からは、不安の色が浮かんでいた。


「え? あっ、あぁ、多分、今は病棟にはいないよ。大聖堂にいると思う」


 その人を探しているのだと思い、答えた。


「そっか~ならよかった」


 少女は安堵のため息をつく。

 少年はあれ違うの? と首を傾げる。


(なんでだろ? 大抵の人はあの人に一目会いたいって言うのに?)


 不思議に思った少年は聞いてみる事にした。


「僕の名前はリーフ。ベリル様のことを探してるんじゃないの?」


 少女はこくりと頷いた。続けて小さな声でこう答える。


「ベリル姉を避けてたら……道に迷っちゃった」


「なるほど、良かったら道案内させてよ。君、名前は?」


「キャリー・ピジュン……」


 彼女は恥ずかしげにそう名乗った。


「キャリー、病棟ならこの先を進めばあるよ」


 リーフは歩き出す。

 キャリーも後に続こうとした。その時、背後からふんわりと優しい声が聞こえてきた。


「あら、二人ともどこに行くのかしら?」


 声を聞いた瞬間、二人は後ろを振り返る。


 そこには、薄い桃色の髪に教会の制服を着たシスターが微笑んでいた。

 ただ、他のシスターと違って彼女は黒いレースで目を隠しており、胸には天秤を模した笛がぶら下がっていた。


 手には位の高い事を意味する長い杖。

 杖の先端部分には、大きな青い水晶に二本の出っ張った飾りがある。

 四つのリングがぶら下がっていて、一番上には光輪が付いた。


「ベリル様……」


 リーフはやばいと思った。


(朝礼をサボった事を怒られる。別に怒られるのは平気だ。怖くないから……でも)


 一時間、聞かされるのはめんどくさい。

 身構えたが、ベリルはリーフの横を通り過ぎていた。


「キャリー! なぜ、わたくしを避けるのですか!」


 彼女は流れるようにキャリーに抱き着いた。

 キャリーはうろたえて、後ずさりしたがなす術なく捕まって動けなくなる。


「べ、別に避けてないよー」


 キャリーは困った表情を浮かべる。

 ベリルは顔を近づけて謎の圧をかた。


「本当に?」

 見えない瞳が真っ直ぐとキャリーを見つめる。


「……ごめんなさい」


 キャリーは彼女の圧に耐えきれずに謝った。


「もーあなたと言う子は、どれだけわたくしを心配させるのですか? 前も言いましたが、あなたの怪我は治りきっていないんです。ちゃんと見せに来てください」


「もう治ったよ……」


「いいえ、治ってません。シスターのわたくしの言葉が信じられないのですか?」


「そう言うわけじゃ……」


 キャリーが口ごもるのを見て、ベリルは目線を合わせる様にしゃがみ込んだ。


「なら、言うことをしっかり聞いてください。これはあなたの為でもあるんですよ」


 説教を受けているキャリーを見ていたリーフ。


(こっちに飛び火しないうちに逃げよう……)と廊下の反対側に向く。その時、体が引き戻されるのを感じる。


 振り返るとベリルがしっかりと掴んでじっとこちらを見ていた。


「リーフ、また、あなた朝礼をサボりましたね。罰として、今日は最後までわたくしの仕事を手伝って下

さい」


 リーフは苦笑いを浮かべるが、諦めてため息を吐いた。


「さあ、二人とも病棟のお手伝いを頼めるかしら?」


 彼女は優しく笑ったが妙な威圧感を放っている。

 キャリーとリーフは、断れる雰囲気ではないのでこくりと頷く。


「いい子です」


 二人の様子を見てポツリと呟いた。

 ベリルは立ち上がる前にいつの間にか手放してしまった杖を手探りで探しだす。

 すぐ横にあるのに、なかなか手に当たらず、掴めないでいた。


「はい、杖」


 キャリーはすぐに杖を取り、ベリルの前に差し出した。

 ありがとう、と言ってキャリーの頭を撫でる。

 彼女は立ち上がり歩き始めたかと思ったら、石の出っ張りに足をつまずいてしまう。


「ベリル姉大丈夫?」


 キャリーは慌てて尋ねた。


「えぇ、平気よ」


 苦笑いを浮かべながらまた、歩き始める。



 

 病棟の一室、ベッドのシーツを変え終わったキャリーとリーフは窓辺に寄りかかりながらベリルの様子を見ていた。

 彼女は重い病気を患った患者の胸に手を添えて淡い光を漂わせていた。


「どんな怪我でもすぐに治せるベリル様でも治せないものがあるんだな……」


 リーフは呟く。

 対してキャリーは彼の言葉に何か言うわけでなく黙ってベリルの様子を見て言った。

 雑談程度に目の前のベリルの説教についてリーフは話してみる。


「ベリル様はよく説教をしてくるんだ。サボった時とか特に。でも、全然怖くないんだよね。嘘を見破る祝福の力を持っているのに不思議だよね」


「そんな事ないよ」と先ほどまでぼんやりとしていたキャリーが目を見開いて話す。


「ベリル姉は怒るとすっごく怖いんだよ」


 その言葉にリーフは首を傾げる。

 あの人の声と雰囲気はどんなにどんな怒鳴り声を出しても怖いイメージが湧かなかったからだ。


「でも……」キャリーは話を続ける。「ベリル姉はあたしの為に叱ってくれるんだ。怪我をした時とか、あたしよりも泣きそうな顔をしてね、怒るの。そんで、あたしが分かったって言うとギュッと抱きしめてくれるの」


 彼女は自慢するかの様に満面の笑みを浮かべる。

 慈愛の女神の様なベリル様ならそんな風に叱るだろうなと納得する。

 あの人が怖いかどうかと言われると怖くないとやっぱり思う。


 笑みを浮かべていたキャリーだが、不意に悲しげな表情に変わる。


「ベリル姉はいつも優しいんだけど……お礼をさせてくれないんだ」


「お礼?」


「うん、怪我を治してくれた時にミンツを渡そうとしてもいらないって言うの……なんでだろう?」


 口を尖らせて俯く。


「他のものじゃダメなのか?」


 キャリーは首を振る。


「ダメだった。野菜を上げようとしたら気持ちだけもらうって言われたし、いつものお礼に手伝わせてって言っても何もさせてくれないの」


「今日はシーツ替えをやらせてもらっただろ?」


 それに対してキャリーは首を振る。


「これはベリル姉なりのお仕置き。だから、恩返しになってない」


「そうなんだ……」


(どうしても、ベリル様はキャリーからお礼をもらいたくないのだろうか?)


 リーフは首を傾げる。


 ふと、ベリルが喜びそうで必ず受け取ってくれそうなものを思い付く。しかし、距離的にちょっと大変かもと思ったが話題に出してみることにした。


「ベリル様は甘党だし、ケーキとかなら……」


「ケーキ⁉︎」


 キャリーの目が星の様に輝く。

 リーフは動揺しながらも頷いた。


「う、うん。あーでも、この辺りのケーキ屋は全部踏破してるだろうな……」


 食べたことあるケーキを渡したら、

「もう食べた事があるので、代わりにあなたが食べて下さい」

的なことを言いそうだと想像してしまう。


「ねぇ、リーフ、美味しいケーキ屋さんってどこにあるか知らない?」


 キャリーは眉を八の字の様に垂らして聞く。

 いろいろ考えたが、良さげなところが思いつかない。

 リーフはそうだなぁ、と呟きながら空を見つめる。


 気持ちのいいほど、青い空が目に入る。


(昔はこうやって、あの人と空を眺めていたっけ……)


 ふと、故郷に美味しいケーキ屋がある事を思い出す。それも格別に美味しい店だ。

 リーフはキャリーの方を見て言った。


「故郷の村に美味しいケーキ屋がある」


「ほんと!」


 リーフはニヤリと笑って頷く。


「バシレイアから南に行って、雑木林を抜けた場所に二つ目の村があって、美味しいケーキ屋があるんだ。そこは昔、食の国にあるナンバーワンホテルでパティシエをやっていた人が開いてるんだって」


「そんな人がどうして、村でケーキ屋を開いてるの?」


「なんでも変わり者だったみたい。実は僕もあまり覚えてないんだ……小さい頃に買ってもらったぐらいで、美味しい事だけは確かだよ」


 苦笑いを浮かべながら頬をかく。


 キャリーは鞄を取りやすい位置にずらして中身を確認する。

 じゃらじゃらとお金の音が聞こえてきた。

 しばらくしてからこくりと頷く。


「よし、多分買える。ねぇリーフ、そのケーキ屋さんの場所を教えて欲しい」


 迷いのない真っ直ぐな瞳で彼女は見つめてきた。

 そんな眩しい顔をされると思わなかったリーフは狼狽える。

 こんな風に頼まれたら断るわけにもいかない。それにベリルにサプライズしたら彼女も喜ぶと思った。


「いいよ、でも、結構な距離があるけど大丈夫? 途中、大きな森もあるんだけど……ランサン郵便に依頼を出したら?」


 運送から討伐まで何でも引き受けるあそこならなんとかなるだろうと思った。

 彼女は首を振ってドヤ顔を見せる。


「ううん、平気だよ。だって、あたし、ランサン郵便協会の職員だもん!」


 リーフは目を見開く。


「マジか……え、つまり……?」


「もちろん、自分で買いに行くけど?」


 動揺するリーフに当然でしょとキャリーは首を傾げながら答えた。

あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。

どうも、あやかしの濫です。

お待たせしました!

キャリー・ピジュンの冒険「嵐を超えてシスターに送る」を出させていただきます。

バシレイアの象徴、光の塔から始まるのですが、そこで登場したベリル様、実は当初から出したい出したいと考えていたキャラクターなんです。しかし、当初はまだ、名前が決まっておらず、「射影機とドラゴンと雨宿り」では美人なシスターとしか書けませんでした。書けて良かった。

今作、「嵐を超えてシスターに送る Lv.1」

最後まで面白いと思って下さると嬉しいです。

どうぞ、よろしくお願いします。

「キャリー・ピジュンの冒険」に興味を持ってくださったら、

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