エピローグ:20年後
「今夜、桜を見に行こう。」
言いだしたのはフェアリーだった。
でも、なかなか腰を上げようとしない。
昔、フェアリーが作ったおとぎ話について娘の彩音と話し始めた。
小さい頃、その話を聞かせてほしいねだっていた彩音も
この4月からは大学生だ。
「妖精の女の子、母さんなんだよね。
『さんざ貢がせた恩知らずの母さんが、
不器用な父さんを捨てて、若い男に走ったけど
途中で飽きて戻ってきた。』
って、婆ちゃん、言ってたよ。」
彩音は智美ちゃんと気が合うらしく、西荻の家によく遊びに行ってる。
「酷い言い方するのね。」
涼音は顔をしかめた。
「違うの?」
彩音はなんだか嬉しそうだ。
「そりゃまあ大きくは違わないけどさ。」
「婆ちゃん『私が入ってない』って怒ってたよ。」
「4歳の子にドキュメンタリーを聞かせないよ。」
フェアリーが答えると2人で笑った。
「母さんも真面目だなぁ。
私だったら、もっとたくさんの他の男の子と
付き合ったのにな。」
「あらそうですか。
そうしたら、もっとかわいくて素直な子供に恵まれたかもね。」
「フェアリー、そろそろ行こう。」
僕が声をかけた。
「はーい、ちょっと待って。」
彩音が呆れたように言った。
「またお手々をつないで散歩?
飽きないで、よく行くね。」
「今日は夜桜。私たちにとっては特別なの。」
「あーはいはい、出会った日の思い出ね。
ところで父さん、今年はパリに行くの?」
「うん、取材旅行で5月から2ヶ月ちょっと。」
「母さんも一緒?」
「去年のニューヨークは誰かさんが受験だって騒いで行けなかったから、
今回はずっと一緒に行きたいんだけど。仕事もあるから、最初の2週間だけ。
寂しくてダーリンが死なないといいんだけど。」
「それは母さんの方でしょ。」
彩音が笑った。
「でも、母さんが研修の講師って信じられないな。」
「なんで?分かりやすいって一番人気があるんだから。」
「ソファに寝転がって足をバタつかせてる人がどんな
ビジネスマナーを教えるのかなって思うじゃない。」
「緊張するときと緩めるときときちんと考えなさいってことよ。」
スーツ姿のフェアリーは柔らかな威圧感と嫌みのない説得力がある。
会社から頼まれて嘱託社員として仕事を続けているのも、そのためだろう。
とはいえ、娘と同じレベルで言い争いしているのは、どうなんだろ?
「フェアリー!外に出てるよ。」
もう一度、声掛けた。
「ほら、怒られちゃったじゃない。じゃあ、行ってくるね。」
「はいはい。行ってらっしゃい。」
玄関で待っていたら背中にフェアリーが抱きついた。
「待ってください、旦那様。」
「あれ?ダーリンじゃないの?」
「今日は彩音もいないし、
甘える時は旦那様の方がぴったりなんですよ。
たまにはいいでしょ?」
そう言いながら腕にしがみついた。
今年の桜も見頃になっていた。
満開の桜並木の中を僕たちは寄り添って歩いた。




