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ROYAL BOUNTY  作者: アオキチ
リンプイン監獄

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9/15

異邦人の安寧

「七つの夜を数える前に、貴公の命脈を繋ぎ止める会議を始めるぞ。」


 監獄長が与えた、処刑執行までの猶予。生き延びる術を示せなければ、そのまま首が飛ぶ。

 ――失敗すれば、ここで死ぬ。


 最初の太陽が昇り、朝日が差し込む穏やかな練兵場の陽だまりの中に、俺を囲むのは、ローシャ、ルーガディ、ミラーラ、そして親方。作戦盤の駒が光る。


 「……なんで練兵場なんですか?」


 思考をそのまま口にした。練兵場を囲む回廊には、娯楽に飢えた囚人たちの騒がしい視線と、いつでも制圧に動ける看守たちの鋭い視線が並んでいる。


「監獄長の命令だ。会議は公開で行えとな、まず貴公の武器を選定しよう」


 ローシャが短く切り捨て、ミラーラが自信に満ちた、揺るぎない声で応じる。


「魔法武器ね、譲れないわ。規律を越えるには、定義祈檻ていぎきかんの力が必要よ」


「ハッ、手に馴染むツルハシだろ。監獄長の鉱石みたいな頭を砕いてやれ」


「それでは機動力が損なわれる。ここは短剣か、あるいは短刀ではないか?」


「うむ。ガリウは接近戦で距離を詰めてくる。弓や槍では、奴の間合いに入った瞬間に獲物になりかねんな」


 置いてきぼりの俺をよそに、四人は白熱した会議を繰り広げている。


「魔法武器なんて監獄にないだろ? あれば使ってみたいけど、短刀がいい」


 ミラーラが露骨に残念そうな顔を向ける。何か言い返そうとして、溜息と一緒に飲み込んだ。


 俺はたまらず、壁の上で腕を組む看守たちを見上げる。


「でも、いいんですか? こんな堂々と武器の話なんてして」

「案ずるな。これは監獄長公認の処刑準備だ」


「……公認?」

「ガリウは、生粋の戦闘狂。"七つの日が登る時まで、好きに足掻け。日が沈み銀月の審判。叩き潰してやろう"と」


 ローシャの瞳に、氷のような光が宿る。


「奴の傲慢さが、貴公に七つの夜を与えた。我らはその余興の舞台を借りて、奴の喉笛を喰いちぎる準備を整える!」


 ローシャの言葉はまるで戦場に翻る軍旗のようで、練兵場には囲む囚人たちのざわめきだけが響いた。


 ……俺、処刑される側だよな?


「……というのは建前だよ。生き残るなら脱獄が一番可能性があるんだ」


 ルーガディが作戦盤に指をあて、居房から鉱山までの経路をなぞる。

「オレッチが脱出路を掘ってやる。散歩するより簡単だ」



 七つの日が昇るまで、俺にとって一生よりも長く、瞬きよりも短かった。


 一つ目の太陽が沈む。

 ルーガディから足さばきを叩き込まれる。「小柄な捕食者は止まれば死ぬ」という教えの下、練兵場を這いずり回った。


 ミラーラが「定義祈檻が――」とローシャに魔法武器の必要性を説いていたが、ローシャは「魔法武器など、脆弱な者が楽をするための甘えだ」と一蹴していた。


 二つ目の太陽が沈む。

 ローシャとの手合わせ。「獣になれ」と教えられ、腕で捌き、耳を澄まし、足で躱す。


 ミラーラは看守に魔法武器の支給を抗議していたが、「処刑待ちの囚人に与えるわけないだろ」と冷たくあしらわれていた。


 三つ目の太陽が沈む。

 ルーガディとミラーラによる実戦形式。

 ルーガディの木槌を必死に避けた瞬間、ミラーラの魔法が脇腹を撃ち抜く。崖から海面に叩きつけられたような衝撃に意識が飛びかけた。


 親方は脱出路から掘り出した珍しい鉱石を、子供のように頬擦りして懐に隠していた。……看守に報告する気は、微塵もないようだった。


 四つ目の太陽が沈む。

 ミラーラによる教養の時間。この世界の文明、歴史、図書室にある知識、『アーティファクト』の存在。

 記憶を呼び戻す鍵みたいだ。初めて触れる広い世界の話に、心は一瞬だけ監獄の壁を越えた。


 触発され、ローシャと親方は「武勇伝か体験談か」という、男のプライドをかけた不毛な口論を食堂で繰り広げていた。


 五つ目の太陽が沈む。

 ルーガディの瞳と手斧がキラリと光を反射させる。

「君なら乗り越えられる!」と笑う牛に、俺はもうダメかもしれないと本気で死を覚悟した。


 ミラーラが真剣な面持ちで。

「……ハミトン、あなたの皮の一部と、歯を一本譲ってくれないかしら?」


 正気なのか狂気なのか、考える余裕すら俺には残っていなかった。


 六つ目の太陽が沈む。

「……開いたぜ。外への道だ」

 親方の低い声。監獄の外へと繋がる、泥臭くも希望に満ちた脱出路が完成した。

 

 リンプイン監獄最後の晩餐ばんさん

 皆で食堂の飯を囲んだあの時間は、今では遠い神話の思い出のように、胸の中で熱くくすぶっている。


 七つ目の太陽が昇る。

 監獄で目覚めてから、どれほど経ったのだろう。恐怖にすくみ、悪夢の中を彷徨うだけだった日々。だが今は違う。



「俺はハミトン・ローゼ。異邦人だ」



 立ち上がり居房を出る。

 囚人たちは鉄格子に張り付き、列をなしていた。指を食い込ませ、顔を押し付け、歪んだ笑い声を垂れ流す。


 賭ける声、野次、嘲笑。全てが俺に向けられている。

 監獄の英雄を送り出す狂気の見世物。それらを踏み越えるように、鉱山へと歩いた。


 鉱山には既にローシャ、ルーガディ、ミラーラ、親方が待っている。


 ローシャから短刀を受け取る。


「見送りはここまでだ。我とルーガディ、ミラーラで監獄長らを見張ろう。任せたぞ、ゴルド」


「へっ、任せろいジジイ。オレッチの子分は完璧に脱獄させてやらぁ」

 親方は胸を張り、鼻を鳴らした。


「皆から餞別があるんだ、受け取ってくれ。監獄の外で役に立つ」


 渡されたのはルーガディ直伝の生存技術書を、ミラーラからは精緻せいちに描かれた世界の地図、親方特製の背負い袋。


 ルーガディの手からは皆の思いが詰まった贈り物に胸が熱くなる。

「我からはこれを持たせよう」


 ローシャの手から均整の整った魔力根が数本渡される。

「これが何か分かるであろう。使い所は見極めよ」


「こっちの心配はいらないわ。すぐに追いかけるから」

 ミラーラは我が子のように優しく頬を撫でる。


「ありがとう」


 仲間たちに見送られ、親方と鉱山の坑道へ歩き出した。



 暗い鉱山へ入っていく。



 湿った岩の匂い。



 足音だけが静かな通路に響く、俺たちは気づいていなかった。



 坑道の入口。崩れかけた岩壁の陰。



 その死角に、息を潜めた看守たちが潜んでいることを。



 槍を握る手、張りつめた呼吸、一歩踏み込めば、背後から襲いかかれる距離。



 今まさに――その瞬間。



 坑道の入り口で親方が立ち止まりふところから暗く朱色の鉱石を取り出し渡される。


 岩陰で槍を構える看守たちは舌打ちした。――もう一歩入れば仕掛けられたのに。



「持ってけ。短い付き合いの土産だ」

「親方、これ……大事なやつじゃ?」


 渡された鉱石は美しく、手に馴染み、鼓動を感じる。


「子分は監獄の皆の願いを叶えてくれるいい奴だ。オレッチも一緒に仕事出来て楽しかったぜ」


 触れたこともないのに、懐かしい感覚が甦る。ふと使い方を知ってるように、魔力を流してみる。


「だから今度会うことになったらオレッチの名誉採掘計画の筆頭にしてやるぜ」


 親方が自慢げに鼻を掻いてる横で、手の中の鉱石が、魔力に呼応するように白く輝く。



 ――揺れている。地震?



 足元の砂がわずかに震え、坑道の奥から、低い唸り声のような音が響く。



 ドォォォォォォォォォンッ!!



 親方の顔色が変わった。

「……おい、これはまずいぞ」


 巻き上がる塵土の向こうで、何かが動いた。

 岩肌に張り付く、節くれ立った脚。一本じゃない。何本も、這い出してくる。


 ガリ、ガリ、と壁を削る音。砂が崩れ、足元が揺れ、全体は見えない。

 だが、収まりきらない『大きさ』だけが伝わる。


 音が近づく。


「なっなんだぁ? こりゃ! やべぇ奴が起きてきやがった!」

「魔物が出やがった。死にたくなけりゃ逃げろ!」

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