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ROYAL BOUNTY  作者: アオキチ
リンプイン監獄

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6/16

獲物の悲哀

 昨夜、初めて『殺される恐怖』を知った。

 重苦しいサイレンの音が、腫れ上がった脳を直接揺さぶる。


 居房に差し込む警告の青は、血の気が引いた顔を照らし出す鏡のようだった。


「……いっ」


 起き上がろうとするだけで、鼻の奥に激痛が走り、視界に火花が散る。昨夜、ガリウに砕かれた現実は、熱を持って顔半分を支配していた。


 隣の寝床にローシャの姿はない。

 ただ、静まり返った石壁が、獲物に成り下がった事実を突きつけてくる。


 震える手で、支給された囚人服の袖を通した。


 この監獄の歯車から零れ落ちないためだけに、重い足取りで、鉱山への通路へと踏み出した。


 通路ですれ違う他の囚人たちが、ひそひそと嘲笑を投げ掛ける。


「昨日の異邦人の語り部だろ?」

「手痛くやられたな。監獄長に興味持たれちまったのか」


 好奇な目で覗き込む者、あるいは関わりを避けるように目を逸らす視線。

 昨日までは、この劇場の主役だと錯覚していた。



 鉱山に到着して震える手でツルハシを握る。いつものように騒がしいはずの親方が、俺を見て一瞬、言葉を失った。


「……なんだぁ、その面は」


 採掘の音で騒がしいはずの坑道。

 一言で凍りついた。


「昨晩……監獄長が訪問されました」


 ゴーグルを外しツルハシを放り出した。鼻をヒクつかせ、俺の顔に刻まれた暴力をじっくりと眺める。


「野郎……オレッチの子分に手を出しやがったな!」


 怒号が坑道内を震わせ、力強く床を踏みつけて歩みだした。


「親方、どこ行くんですか!?」

「子分を痛め付けた輩を叩きのめして、地面に埋めるんだよ!」


 必死に作業服を掴み、引き留める。だが、自分より小さな体から放たれる、巨人に引きずられるような膂力。

 怒りに燃える腕に比べ、俺の腕はあまりにも細く、頼りなく震えていた。


 直談判に向かう道中に、食堂からローシャとミラーラの殺伐とした応酬が聞こえてくる。


「ねぇローシャ。あなたが坊やを潰したように聞こえたんだけど」


 表情という彩りが失われ、氷の彫刻のようになったミラーラに、ローシャは毅然と答える。


「間違いないな、恐怖で震える獲物にトドメを刺したと言ったのだ」


 親方は歩みを止め、ローシャに矛先を向け、詰めよった。

「聞き捨てならねぇなぁ、ジジイ。大事な子分をやられてんだからなぁ!」


 そっとミラーラが俺のアゴを両手ですくい、腫れ上がった無惨な顔を覗き込む。


「痛かったでしょう? 怪我を見せて。今、治療してあげるから」


 ミラーラは怪我の具合を触診してくれる。その指先は精密な医療器具のように淡々と俺の肌を測っていく。


 急に俺達を巨大な影が覆い尽くす。鼻息を荒くし、ルーガディがこちらを見下ろす。


「獲物に成り下がろうと、私に探検家としての原動力を与えてくれた」


 ルーガディはギラついた瞳を、ローシャの目線に合わせた。


「ローシャ。あなたが何者かなど意味を成さん。私は我慢出来ない」


 巨躯から放たれる威圧感が、食堂の空間を震わせる。

「群れて喚くがいい。だが、貴公らが甘やかせば甘やかすほど、死は早まる」


 ローシャの冷徹な一言が、火種を爆発させようとしていた。ここで物音一つでも立てれば、張り詰めた空気は硝子みたいに砕ける。


 俺を庇う者たちが傷付く展開など、想像しただけで胃が焼けるような悲哀がこみ上げた。


 親方の小さな背中も、ルーガディの拳も、眩しすぎて直視できない。


「……悪いのは、俺だ」

 ミラーラの手をそっと拒絶し、ふらつく足取りで一歩前へ出た。


「守られるだけの獲物だ。それを認めるのが……怖かった」


 腫れ上がった顔の痛みをこらえ、震える声を絞り出す。


「ならば貴公はどうしたい?」

 ローシャの問いかけに皆の視線が、突き刺さる。


「この場所は悪夢だと認めなかった。一時でも主役になったと愉悦していた俺の愚かさが耐えられない。」

「抵抗もしないで怯え、何よりそんな俺を守るため何も出来ず、周りが傷付くなんて……やめてくれ」


 小さく呼吸を整え真っ直ぐローシャを見つめる。


「俺はこの世界で生き抜くための力が――俺がこの世界に来た理由を知るための力を身につけたい」


 ローシャは言葉の重みを飲み込むように、踵を返し、食堂の扉へと歩き出した。


「覚悟があるならついて参れ。半端な気持ちなら、ここに残り傷を舐めてもらうがいい」


 食堂を出るローシャの背を、俺は決意に満ちた足取りで後を追った。

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