異世界の演目
夢じゃなかった。
あの結果が、どうしても納得できない。
「本当に……見込みなしなのか」
監獄の朝に感傷に浸る暇はない。
昨日よりさらに過酷な地底での作業が、鈍く重い筋肉痛と共に俺を現実に引きずり戻す。
肺を焼く砂塵と、石を穿つ単調な音。
魔法の素質を問いただす機会もないまま、太陽の昇らぬ地下で時間は磨り減っていった。
そんな不安に駆られる俺を他所に親方は仕事熱心だ。
ツルハシを動かし鉱石を掘り、珍しい発見には鋭い爪で大胆かつ繊細に削りあげる。
「いいかぁー男に必要なものが、何かわかるかぁー」
「何でしょうか?」
「こだわりと生き甲斐だぁ!わっはっはっは」
夢中に作業する姿は、生き甲斐を謳歌しているみたいで羨ましくなる。
どんな環境でも楽しそうに採掘する姿に憧れすら抱いた。
「そうだ、オレッチ達が掘った、地下道を掘り抜いた話を聞きたいだろう?」
「遠慮しておきます」
「よしよし、耳穴向けてよぉく聞きな、巨大な魔物が横穴から湧いて出るわ、青白く輝く鉱石だわ――」
聞こえてないのか、言葉が伝わらなかったのか。地下トンネルの完成話が始まった。
しかし、何気ない返答に一つの疑問が浮かんだ。
「何で言葉が通じるんだ?」
この世界の言語も文字も初めてのはずだ。それなのに、不思議なくらい自然に理解できる。
作業の手を止めて親方を見つめた。
「……一つ、聞きたい事が」
「心配すんな。おめぇならオレッチの名誉採掘計画に動員されてるぞ」
「この国の言語って何ですか?」
「はぁ? フロップ語だろ、それ以外知らんぞ」
意味は理解できる。
そして、自分の意志に関係なく、意味が直接脳に流れ込んでくる。
そのたびに、裏側を熱い針でなぞられるような、屈折した熱が這い回っていた。
一日の作業を終え、思考が停滞する。
険しい顔をしていた俺の前で、親方は足を止めた。
そのまま懐を探り、乾いた根を取り出す。
「これ知ってるか? "魔力根"だ。広く流通している乾燥した植物の根でな、オレッチ達みたいな労働者には欠かせない嗜好品だな」
「木の根っ子……ですか?」
小指より細く短い、均整を欠いた一本の枯れ枝のようだった。
「魔力根はなぁ、嗜好品として嗜む程度であれば体力を損なうことなく、微量の魔力を補うんだ」
器用に爪で魔力根を掴み、眼前の距離まで近付ける。
「実用的な魔力を引き出そうとすれば、使用者の体力を燃料として激しく燃焼させちまう。品質が高いほど吐き出す白煙は濃く、激しく光り輝く――まぁ"命が燃える光"っところだな」
眼前にある魔力根をゆっくり戻され親方の口へ運ばれていく。
「こいつを奥歯で噛み潰しながらふかすのが、一丁前だ」
安物の魔力根を軽く噛み、"カチッ"と音を鳴らした。
呼吸に合わせ、細く頼りない煙が立ち昇り、魔力の残滓を儚く煌めかせながら、闇へと霧散していく。
「仕事終わりには、これが一番効くってもんよ」
親方がニヤリと笑う横顔を見せ、作業終了を告げる重低音のサイレンが響き渡る。
泥を洗浄して食堂に移動すると、親方も食堂で相席になる。
異世界に興味があるらしく、無邪気に聞いてくる。
「異世界から来たんだろ? 異世界の鉱石はどんなのがあるんだ?」
後ろの席で牛の獣人の耳がピクリと動く。
「……装飾に使われるかな?」
「子分の世界に鉱山はどれぐらいあるんだ?」
「鉱山はどれくらいでしょう。一つ一つ確認したら一生かけても数えきれないので――」
ガタッと椅子が揺れ重い音が響く。
背後に巨大な質量が屹立していた。
振り返れば、天井を突かんばかりの不動、雄々しい双角と鋼のごとき筋躯。
その存在感だけで周囲の空気が重くなり、息をのみ込む。
けど、俺を射抜く視線にあるのは、深く、静かな厳格さだけだ。
「私は《ルーガディ・スィクサー》。その話、詳しく聞かせてくれないか?」
低く響く声は、獣の唸りとは無縁だった。
一言一句が知性的に研ぎ澄まされ、この地獄に似つかわしくない洗練された響きを聞かせた。
何が起きてるのか理解出来ず、親方に助け舟の視線を送る。
「監獄であの探検家ルーガディに火をつけたのは、子分が初めてだな」
周りで食事をしてる囚人達は手を止め、こちらを値踏みする視線が突き刺さる。
「探検家ですか……覚えてる限りでよければ」
鼻息が空気を震わせ、ゆっくりと横に腰を下ろした。
厳格さある瞳は生気を宿し、こちらの視線を繋ぎ止める。
食堂から食器の触れ合う音が消えた。
文明や文化、広大な大陸を説明していくうちに『元』探検家は俯く。
巨大な肩が、まだ見ぬ大地への歓喜に震えていた。
その瞳には監獄の壁を越え、遥か彼方の地平を見つめるような熱が宿っている。
周囲の囚人達もいつの間にか食事の手を止め、吸い寄せられるように集まっている。
渇いた大地を潤す、雨を待つ飢えた獣の群れのようだった。
俺が語る異世界の断片を囚人達は一滴もこぼさぬよう、吟味している。
「名残惜しいがもう消灯の時間だ。続きはまた今度だな」
親方が酔いしれた語りに終止符を打つ。
日は沈み、食堂の魔導灯が淡く瞬いていた。
「そ、それじゃ、また今度にしましょうか」
我に返り突き刺さる視線に気恥ずかしさを覚えた俺は、逃げるようにその場を後にした。
囚人達が散り散りに去っていくなか、ルーガディだけが一人、椅子に座り込んでいる。
巨大な両拳が、ミシリ、と小刻みに震えながら握り締められ、テーブルに伏していた。
──食堂の灯が消える。
差し込んだ月明かりが、ルーガディの頬を伝う一筋の涙を優しく照らしていた。




