魔法の適正
ミラーラの話から、この世界の輪郭が少しだけ見えてきた。
この世界では、各国が提示する依頼紙《賞金広告》を遂行し、賞金を得る。そんな『賞金稼ぎ』という自由業が生業として確立されている。
だが、リンプイン監獄はただの牢獄ではない。
世界中から捕らえられた賞金首の中でも、特に一芸に長けた者だけを選別し、国家への貢献という名目で搾取し、飼い殺すための施設だった。
さらに、この世界には『魔法』が存在すると聞き、高鳴る鼓動が顔にまで連動する。興奮を冷静の仮面で押し込めた。
夢物語みたいな話だ。
だが現実なら――この清潔で気味の悪い地獄にも、希望が残っている。
本当にそんな奇跡があるなら、今すぐこの手で試してみたい。
俺はずっと喉の奥に仕舞い込んでいた、この世界で最も知りたかった問いを口にする。
「魔法って俺でも使えるんですか?」
「あら、試してみたい?」
案内された訓練施設は殺伐としていた。それでいて充実しており、壁に並ぶ年季の入った対人用武器、弓術や射撃のスペース。
その喧騒を避けるように一段高い石壇の上に、その秤は据えられていた。
磨き上げられた重厚な魔導合金の台座、こちらを向く円形の盤面に淡い水晶球が嵌め込まれていた。
水晶の奥底では、弱い光がゆっくり明滅している。
「お国柄なのよ。主に看守達が定期的に訓練のため使用しているわ」
「国柄?」
「そうよ、リンプイン監獄は軍国ブラックフォージの領土。優れた軍事力と統率力で構成された国ね。ただ中には野心家がいて、良くない噂もあるみたい」
軍国、監獄、野心。
俺が放り込まれたのは、思った以上に厄介な場所だ。
「……何でこんな身の危険がある場所に、俺がいるんだ?」
指先の体温が、すっと引いていくような感覚があった。もし俺に、そんな連中が欲しがるような力が眠っていたとしたら。
「それより魔力測定器で測ってみましょう。異世界からの来訪者の魔力に興味あるわ」
声に純粋な好奇心が混じる。
俺は唾で喉を鳴らし、秤の前へと踏み出した。
「もし特別な力があるなら、この理不尽な世界を覆すため、俺をこの地獄へ放り込んだ何かを突き止めてやる」
作法は至極単純だった。中央に鎮座する水晶へ、ただ掌をかざす。
吸い寄せられるように右手を伸ばし、水晶に触れた。
一瞬の間、四隅に刻まれた紋章が掌を起点として、赤、青、緑、琥珀――四色の光筋が盤面を這い、回路を駆け抜けた。
そして。四色の光を飲み込むように、水晶の中心で白と黒の光が螺旋を描き、互いを喰らい合う、だが小さく明滅を繰り返す。
四色の光が一つに溶け、やがて――この世界のどこにも存在しない、古代の色彩へと収束していく。隣に立つ研究者が小さく息を呑む。
四色の残光、塗り潰されていく白と黒。その異様な光景が、震える瞳に好奇心を刻んでいる。
ミラーラの驚きは、落ち着かない俺の胸に確かな、そして熱い期待を灯した。
「どうですか!?」
思わず身を乗り出した俺に、視線を落としたまま答えた。
その瞳に宿るのは俺じゃない。中身を標本みたいに観察している。存在感をなくし、体温や感情を感じさせないくらい静かだった。
「四属性すべてに適性がある、まるでお伽話の英雄譚だわ。さらに、文献でしか見たことがない第六属性まで……。けれど」
「けれど?」
「どれも光が弱すぎるの。濃く発光すれば、歴史を塗り替える魔術師になれたけど……この薄さじゃ、成長見込みもないわね」
声は淡々としていたが、その瞳には古代の色彩が網膜に焼き付いていた。
「そんな……だって、色んな色が、色々と色取りどり、取り合って!」
判然としない熱が、胸の奥を焦がす。その答えを出す前に、室内の空気はピリッと一瞬で氷結した。
廊下から響く、重厚で統制された軍靴の響き。現れたのは、リンプイン監獄の規律そのものを体現する、鬼人の看守たちだった。
強靭な体躯。額から突き出た、雄々しく権威を固めた鈍色の角。
ただそこに立つだけで、その場の空気が重くなり、上手く呼吸できず、喉が詰まった。まさに鬼の名に相応しい。
制服には一点の皺もなく、その鋭い眼光は、囚人という名の部品が正しく機能しているか値踏みし、ふるいにかけていた。
「お前ら。ここは遊び場ではない、他所へ行け」
地鳴りのような声が、重苦しく室内に響く。
「……失礼しました。行きましょう」
ミラーラは短く応じ、俺は測定器から手を放した。俺の手を強く引き逃げるように、その場を後にした。
「あいつが、異邦人か。華奢でとても強そうには見えんな」
背後で重く、のしかかる声が聞こえた。だが、その声はすぐに困惑へと変わる。
「ん? おい、見てみろ。この機械とうとう壊れたか。」
看守の視線が、魔力測定器に注がれる。
「四色の光筋が……消えんぞ。それどころか、中央の白黒がより濃くなってやがる」
立ち去る俺たちの背に、消えるはずのない古代の色彩が、静かに、消えず、濃くなっている。
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