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ROYAL BOUNTY  作者: アオキチ
リンプイン監獄

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2/15

監獄の交流

 監獄での初日。

 心臓が、嫌な音を立てていた。


 役割を確認した俺が案内されたのは、監獄の背後にそびえる山脈の一角。


 ――深い闇が口を開ける鉱山だった。


 俺は鉱石の採掘を命じられ、二人一組で作業することになった。


「……よろしくお願いします」

「おう、敬意があるなんて珍しいな」


 相棒となった土竜モグラの獣人は、一見すると愛らしい姿をしていた。


 傷んだ革のドーム帽に、細かな傷がちらつくスチームパンクなゴーグル。その首元には使い古された黄色いスカーフが誇らしげに巻かれ、紺色の作業着は土で汚れている。


 その背は俺の腰に届くかどうかというほど小柄だが、指先には鋭利な爪を備えていた。


「ここには希少鉱石があるはずだ。オレッチの鼻が疼いてやがる」


「えっと、はい。精一杯やります」

「一心不乱に汗水垂らして地の底に眠るお宝と出逢う喜び、おめぇには分かるか?」


「……男のロマンですか?」


 絞り出した答えに、土竜の獣人は動きを止めた。それから腹の底を震わせるような声で笑った。


「合格だ! 今日からオレッチを『親方』と呼べ。おめぇは子分だ!  わっはっはっは!」


 豪快に笑う親方は、その小さな手の爪を大胆かつ繊細に石の壁に這わせた。


 その一瞬、笑い声が消えた。

 まるで大地の呼吸に耳を澄ませるかのような、職人の顔を見せた。


「いいか、石は嘘を吐かねぇ。ここの土が何を食って何を隠そうとしてるのか。それを暴くのがオレたちの仕事よ」


 職人の目になった親方の後を追い、俺は目に馴染まない、煤けた橙色の光を放つ魔鉱石のランタンを灯す。


 震える手についた泥や指の油が発光を燻らせ、暗い坑道の奥へと足を踏み入れた。


 劣悪な環境に慣れない作業で手のひらは赤く腫れ上がり、肺に吸い込む砂塵に布越しでも体が蝕まれる。


 だが何より不気味なのは、掘り起こした石に、爪で掘り起こした模様みたいな筋が刻まれていたことだ。


 疲労で霞む視界が覚醒するように、石に抉られた凄絶な傷跡。

 それを見た瞬間、立っているのに、足の裏の感覚がなかった。


 一日の作業を終え、泥と汗にまみれて地上へ戻る間際。ふと、親方が鼻をひくつかせ、掘り進めたばかりの壁の奥を凝視している。


「親方?」


「いや、気のせいか。時折、地の底と目が合う気がしてならねぇ」


 ゴーグルから、一瞬だけ見せる、獲物を狙うような冷徹な眼差し。


 達人が神経をとがらせる理由、知るはずもない恐怖が既に自分のすぐ後ろまで来ていた。


 この監獄が、なぜここまで閉じているのか。その理由が、あの暗闇の奥にある気がしてならなかった。


 作業終了を告げる重低音のサイレンが坑道に響き渡った。


 親方の背中を追うように、重い足取りで地上へと這い出した。

 手に握ったあの石には模様が刻まれ、生暖かい不気味な感触が残っていた。


 体を洗浄し、支給されたサンドベージュの囚人服に着替えても、心の奥底に染み付いた恐怖までは洗い流せなかった。


 監獄の食堂は、鉱山の闇とは対照的に、眩しいほどの魔導光に満ちていた。

 配給された食事をトレイに載せ、一人、隅の席に腰を下ろす。


 周囲では多様な種族が談笑し、ここが監獄であることを一瞬忘れさせるような、穏やかな時間が流れている。


 だが、その清潔さが、かえって俺の孤独と異物感を強調した。


 スプーンを持つ手が震えている。

 落ち着かない。俺には理解できない、別の生き物の鳴き声のように聞こえる。


 そんな俺の様子を観察するように、影が音もなく正面に座り込む。

「あら、お疲れさま。……少し、顔色が悪いわね?」


 ふわりと、石鹸の香りに混じって、海のような柔らかな香りが鼻を突く。

 顔を上げると、そこには図書室で見かけた、あの猟虎ラッコの獣人が向かいにいる。


 窓越しに観賞していた美術品が、いま目の前で俺に微笑みかけている。

 これまで抱えていた恐怖すら魅力が上塗りしていく。

 

 その微笑みは優しさの満ちた聖母のようでありながら、俺という存在の根底をそっと探り当てるような影も含んでいる。


 胸の高鳴りと、逃げ場のない視線への微かな戸惑い。それらすべてを包み込むように、唇を開いた。


「坊やが噂の来訪者かしら。私は《ミラーラ・トォルフ》。よろしくね」


 凄い。至近距離で見れば見るほど、美しさは均整の整った彫像に生命が宿ったみたいに完成されていた。


 だが、その艶やかな髪のてっぺんから突き出た、丸い耳。それがピクリと動くたび、嫌でも現実を突きつけられる。


 これほど惹きつけられながら、その美しき異形と、根本から違う種族なのだ。


 そんな当たり前の事実に、胸の鼓動とは裏腹に、どこか他人事のような冷たい感覚が頭の隅を掠める。


「そんなに怯えないで。ここでは誰もが何かの特別な存在。大切に扱われるべきなのよ」


 包み込むような優しさに恐怖と嫌悪の渦潮がほどけていく。その身を委ねることに、一切の抵抗がない。


「坊やのいた世界に興味があるの、良かったら教えてもらえないかしら?」


「お、俺のこと、ですか?」

 ミラーラは微笑み返す。


「……名前は思い出せないです。それ以前のことも、魂そのものが、すり減ってしまったような感覚があって。他にも、別の原因があるみたいです」


 何かを推測したのか、目の奥からうっすらと瞳を覗かせた。落ち込む子供を励ますように、柔らかな仕草で俺の顔を覗き込む。


「可哀想に。思い出す手掛かりがあるかは分からないけど、図書室で調べてあげるわ」


 慈しみ、手を差し伸べてくれるその姿は、俺の目には聖母そのものとして映った。


「気分転換にもなるし、この世界のこと教えてあげる。興味ない?」


 瞳に射抜かれそうになるのを、男の意地で押し留める。俺は努めて平然を装いながら、ミラーラの瞳を見つめたまま、静かに頷いた。

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