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ROYAL BOUNTY  作者: アオキチ
一章 リンプイン監獄

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監獄の交流

 監獄での初日。

 心臓が、嫌な音を立てていた。


 役割を確認した俺が案内されたのは、監獄の背後にそびえる山脈の一角、暗い口を開ける鉱山だった。


 俺は鉱石の採掘を命じられ、二人組で作業することになった。


「……よろしくお願いします」

「おう、敬意があるなんて珍しいな」


 相棒となった土竜モグラの獣人は、一見すると愛らしい姿をしていた。


 傷んだ革のドーム帽に、細かな傷がちらつくスチームパンクなゴーグル。

 首元には使い古された黄色いスカーフが誇らしげに巻かれ、紺色の作業着は土で汚れている。


 背は俺の腰に届くかどうかというほど小柄だが、指先には鋭利な爪を備えてる。


「ここには希少鉱石があるはずだ。オレッチの鼻が疼いてやがる」


「えっと、はい。精一杯やります」

「一心不乱に汗水垂らして地の底に眠るお宝と出逢う喜び、おめぇには分かるか?」


「……男のロマンですか?」


 絞り出した答えに土竜の獣人は動きを止めた。そして腹の底を震わせるような声で笑った。


「合格だ! 今日からオレッチを"親方"と呼べ、おめぇは子分だ!  わっはっはっは!」


 豪快に笑う親方は、小さな手の爪を大胆かつ繊細に石の壁に這わせた。


 一瞬、笑い声が消えた。

 大地の呼吸に耳を澄ませるかのような、職人の顔を見せる。


「いいか、石は嘘を吐かねぇ。ここの土が何を食って、何を隠そうとしてるのか。それを暴くのがオレたちの仕事よ」


 職人の目になった親方の後を追う。

 俺は目に馴染まない、煤けた橙色の光を放つ魔鉱石のランタンを灯す。


 震える手についた泥や指の油が、発光を燻らせ、暗い坑道の奥へと足を踏み入れる。


 劣悪な環境に慣れない作業で手のひらは赤く腫れ上がり、肺に吸い込む砂塵に、布越しでも体が蝕まれる。


 何より不気味なのは、掘り起こした石に爪で掘り起こした、模様みたいな筋が刻まれていることだ。


 疲労で霞む視界が覚醒するように、石に抉られた凄絶な傷跡。


 見た瞬間。

 立ってるのに、足の裏の感覚がなくなる。



 一日の作業を終え、泥と汗にまみれて地上へ戻る間際。

 親方が鼻をひくつかせ、掘り進めたばかりの壁の奥を凝視している。


「親方?」


「いや、気のせいか。時折、地の底と目が合う気がしてならねぇ」


 ゴーグルから一瞬だけ見せる、獲物を狙うような冷徹な眼差し。


 達人が神経をとがらせる理由。

 知るはずもない恐怖が、既に自分のすぐ後ろまで来ていた。


 この監獄がなぜここまで閉じているのか。その理由が、あの暗闇の奥にある気がしてならない。


 作業終了を告げる重低音のサイレンが坑道に響き渡った。


 親方の背中を追うように、重い足取りで地上へと這い出した。

 手に握ったあの石には模様が刻まれ、生暖かい不気味な感触が残っている。


 体を拭き、支給された囚人服に着替えるが、心の奥底に染み付いた恐怖までは洗い流せない。


 監獄の食堂は鉱山の闇とは対照的に、眩しいほどの魔導光に満ちていた。

 配給された食事をトレイに載せ、一人隅の席に腰を下ろす。


 周囲では多様な種族が談笑している。


 ここが監獄であることを一瞬忘れさせ、穏やかな時間が流れている。

 この日常みたいな光景は、世界で俺だけが異物な存在だと引き立てた。


 スプーンを持つ手が震え、落ち着かない。

 俺には理解できない、別の生き物の鳴き声のように聞こえる。


 そんな俺の様子を観察するように、影が音もなく正面に座り込む。

「お疲れさま……少し、顔色が悪いわね?」


 ふわりと、石鹸の香りに混じって、甘い柔らかな香りを漂わせた。


 顔を上げると、そこには図書室で見かけた、あの猟虎ラッコの獣人が向かいにいる。


 窓越しに観賞していた美術品が、目の前で微笑みかけている。

 これまで抱えていた恐怖すら、見惚れて忘れてしまうくらいだ。

 

 しかし、その微笑みは優しさの満ちた聖母のようでありながら、俺という存在の根底をそっと探り当てるような影も含んでいる。


 胸の高鳴りと逃げ場のない視線への、微かな戸惑い。

 俺の不安を包み込むように、猟虎の獣人が唇を開いた。


「坊やが噂の来訪者かしら。私は《ミラーラ・トォルフ》。よろしくね」


 凄い……至近距離で見れば見るほど美しい。


 だが、その艶やかな髪のてっぺんから、突き出た丸い耳。

 それがピクリと動くたび、嫌でも現実を突きつけられる。


 これほど惹きつけられながら、その美しき異形と根本から違う種族なのだ。

 胸の鼓動とは裏腹に、どこか他人事のような冷たい感覚があった。


「そんなに怯えないで。ここでは誰もが何かの特別な存在。大切に扱われるべきなのよ」


 包み込むような優しさに恐怖と嫌悪の絡まった糸がほどけていく──その身を委ねることに、一切の抵抗がない。


「坊やのいた世界に興味があるの、良かったら教えてもらえないかしら?」


「お、俺のこと、ですか?」

 ミラーラは微笑み返す。


「……名前は思い出せないです。それ以前のことも記憶そのものが、暗闇の中で立ち尽くすような感覚があって。他にも、別の原因があるみたいです」


 何かを推測したのか、目の奥からうっすらと瞳を覗かせた。

 落ち込む子供を励ますように、柔らかな仕草で俺の顔を覗き込む。


「可哀想に。思い出す手掛かりがあるかは分からないけど、調べてあげるわ」


 慈しみ、手を差し伸べてくれるその姿は、俺の目には優しさとして映る。


「気分転換にもなるし、この世界のこと教えてあげる。興味ない?」


 瞳に射抜かれそうになるのを、男の意地で押し留める。

 平然を装いながら、ミラーラの瞳を見つめたまま、静かに頷いた。

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