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ROYAL BOUNTY  作者: アオキチ
三章 上層 王冠宮

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開戦の合図

 ガリウは会場を一段見下ろす壇上の脇で、静かにグラスへ口をつけている。


 エイダは誇らしげにガリウの隣で胸を張っており、力強さと優雅さの奥に、刃のような危うさを隠している。

 


「こんな下らん夜会に参加してなんのつもりだ」

「これも捜索対象の情報を得るための良い機会です」


 背後では列を揃えた鬼人たちが視線だけを動かし囁き合う。


「大将は華やかなのが苦手なのにな」

「エイダに言いくるめられてたぞ」

「記録のない脱獄者の情報収集だとよ」

「まだ軍国のどこかを彷徨ってるだろ」


 聖王国の聖女が数名の騎士を引き連れガリウの前に歩いてくる。


「ご機嫌よう、皆様」

「ご機嫌よう、聖女様」

「ご壮健のようで聖女殿。何かご用かな?」


 三人のやり取りこそ穏やかだった。

 甲冑の騎士と軍服の鬼人にはお互い品定めするような視線をぶつけている。


「このような席でお目にかかる機会は稀です。ぜひ、お聞きしたいことがございました」


「それは興味深いですね」

 エイダが笑顔のまま応じる。


「雷鳴騎士"ローシャ"卿はお変わりありませんか?」


 ガリウの表情が引き締まり静かに口を開いた。


「雷鳴騎士は死んだ。この目で最後を見届けた」


 騎士たちはどよめく。


 一人の青白い顔の騎士が声を張り言い放つ。

「詳しく聞かせ願えないか」

「私からもお願いします」


 聖女が口を開く。

 そこに笑顔はなく、わずかに身を乗り出している。


「国家機密に関わります」

 エイダが短く切り捨てる。


「ローシャは国に多大な貢献をしてきた騎士です。私が最も信頼のおける存在でした」


「興味ないな……だが、武人は語り継がれてこそ誉れ、国の内密な話になるが聖女殿には最後を知る権利はある」


「では、会場中央でいかがでしょうか? ()()までは、まだ時間があります。人もおりません」


 エイダの目元が"ピクリ"と動く。

 ガリウは頷き歩き出し、エイダも後に続く。


「貴様は情報ハミトンを探して周れ」


 ガリウと聖女は中央に歩き出す。


 その背をエイダは笑顔を張り付かせたまま見送っていた。



 フェスカはすでに天井裏へ潜って小型ノコギリで吊り鎖を削っている。


 俺とシノは別々に会場を練り歩き給仕を装っている。

 テーブルの皿を片付け空いたグラスに飲み物を注ぐ。


 俺は何をしてるんだ? これじゃ本当に給仕の仕事をしてるだけだ。

 ふと壁際に腕を組んで目を閉じている大男が視界に入る。


 確か……連合国ロマナスの獅子顔、入場してからずっと動かない。


 誰も近寄ろうとしなかった。


 一人だけ壁際から動かず、周囲も距離を取っている。


 せめてグラスでも持っていれば、夜会の客らしく見えたかもしれない。

 そう思い俺は獅子顔へ飲み物を運ぶ。


「お飲み物はいかがですか?」


 獅子顔は微動だにしない。


「テーブルの食べ物などはどうでしょう? 特に肉料理は私も思わず手が止まらない一品でした」


 再び笑みを浮かべ獅子顔に勧める。

 変わらず動かない。


 会場の一部のように銅像のごとく息すらしているか分からない。


 笑顔のまま立ち尽くす……気まずい。

 獅子顔と話す俺に視線が集まるのが伝わる。


 潜入が目的で目立つ訳にはいかない。


 俺が立ち去ろうとした時、獅子顔が目を開き視線だけこちらに向けた。


「貴様、私が誰か分からないのか?」


 笑顔のまま立ち尽くし背筋に冷たい何かが走った。


 マズイ……もしかして相当ヤバイ状況になっているのか? 猛獣の尾を踏んだ気分だ。


 何か言わなければ――何かないか? 無知に呆れたロルメの言葉が脳裏によぎった。


「申し訳ございません。"ロマナスの田舎"から出てきた者なので」

「ロマナスの田舎だと? 黄金の辺境地か!? 貴様、同郷の者だったか!」


 獅子顔は目を見開いて組んだ腕をほどき、その巨体が真正面からこちらへ向いた。


「そうか! 働き口を探してここまで登りつめたか。確かに給仕に最適な体つきをしておる」


 だから給仕に最適な体ってなんなんだよ。

 でも、窮地切り抜けた安堵感からか強張った体から力が抜けた。


「会えて嬉しいぞ! この私が領主になった。もう安心していいぞ! 夜会が終わったら共に黄金の辺境地を建て直すぞ!」


 どうしてそうなるんだ?

 急な展開もいい加減慣れてきたな。



「おい、そこの給仕」


 誰の声だ? 


 振り向くと真っ直ぐこちらだけを見据えている男がいる。

 目元の黒い模様が特徴的で祭司のような豪華な民族衣裳の近衛将だ。


 もう少し幼い声だったはずだ。

 視界の下に誰かいるのに気付き目線を下げる。


 豪奢な衣裳を纏った皇子がこちらを見上げている。


「何かご用でしょうか」

「お前の種族はなんだ?」

「……人間です」

「ニンゲン? なんだそれは?」 


 皇子は近衛将へ視線を向けると近衛将は首を横に振る。


 この世界に来てから一度も人間を見たことがない、人の姿をした異形と魔物と呼ばれる虫だけだ……まさか人間がいないのか?


「――おい、聞いているのか!?」

 皇子の言葉に意識を引き戻される。


「お前を国に連れて帰る。オレ様の蒐集品しゅうしゅうひんに加えてやる。嬉しいだろう」


 俺の意見も聞かず勝手に決めていく。


 皇子の決定には人権などないのか? いや、この世界に人権などないのかもしれない。


「待て」


 獅子顔の大男が会話へ割って入る。


「この者は我輩の国の大切な配下。勝手な決め事は見逃せない」

「オレ様の言うことは絶対だ、邪魔するなら父上に言いつけるぞ」


「笑わせる。温室育ちが主張を押し通すなど我輩には通用せんぞ」

「オレ様に刃向かうのか!」


 皇子と獅子顔の大男の言葉がぶつかり、周囲にどよめきが広がる。


 二人の意識が逸れた隙を見てその場から逃げ出して裏方へ向かう。


「飲み物を頂けるかしら」


 エイダの声に俺は足を止めた。

 給仕の仕事をしなければ怪しまれる。

 グラスに飲み物を注いでいく。



「語らう立ち姿、鋭い目付き、そして雄々しい存在感。その微笑みを私以外の女に向けるのが──妬ましい」


 視線の先を追うと確かにガリウと聖女が向かい合い、ガリウが微笑んでるようにも見えるが、愛想を無理に作り出した笑顔にも見える。


 戦場で見せた狂喜的な貌のほうが、ガリウに似合っていたな。


「そうですか? 愛想を繕った笑みにしか見えませんが」


 エイダが俺の腕を掴んだ。

 獲物を捕えるように力強く食い込ませ、銀盆を支える手が揺れグラスが音を鳴らす。


「貴方、将軍の何を知っているの? 近しい存在なのかしら?」


 なんだ!? また余計な事を言ってしまったのか──よく見たら軍国の服を着ている!? 何でこんなに続くんだ……。


「仕事があります。私はこれで――」

「私は軍国監察官のエイダ、将軍の知ってる事を吐きなさい。秘密立てすれば連行して軍法会議にかけるわ」


「えぇ、将軍が"戦鬼"と呼ばれる存在としか」


「それは"大戦争時代"を生き残った者が知る呼び名。貴方、何者なの?」


 『大戦争時代』? 

 この世界の歴史にそんなものがあるのか、それより話を反らさないと本格的にバレてしまう。


「あ! 将軍が今、聖女の髪に触れてますよ!」


 エイダが視線を二人のいる中央へ素早く向いた。

 咄嗟についた嘘ではあったが、エイダの意識を反らす事には成功した。


 その時、演奏が切り替わる。


「将軍殿。貴重なお話を聞かせていただき、光栄でした」


 聖女は微笑みを浮かべる。


「差し出がましいお願いではございますが、どうか、私と一曲踊ってはいただけませんか?」


 聖女はガリウに()を差し出した。


 フェスカは天井裏で吊り鎖へ足を掛け、削った箇所が軋む。


 シノは聖女へ歩み寄っていく。


 エイダの掴む腕が"ミシィ"と骨が軋むように悲鳴を上げて、握り潰されそうになる。


 本当に女性の力なのか!?


 痛みに耐えられず銀盆を落としグラスが地面に叩きつけられ割れる。


 『ガシャン』


 ガリウは聖女の手を取る寸前で止まる。


 フェスカは全体重を乗せるのを踏みとどまり僅かに照明が揺れ、シノが予想外の動きに歩幅が崩れ立ち止まる。


 皇国の近衛将が音に反応して全体を見渡す。

 聖女の近くで不自然に止まるシノに、視線を鋭くさせた。


 ガリウの視線が、割れたグラスの向こうからこちらへ突き刺さった。


 俺とガリウの視線がぶつかる――純粋な笑顔になり、聖女を置き去りにしてこちらへ歩いてくる。


 エイダの掴む腕に力が抜けていく。

「将軍? そんなっ、私を選んで!?」


 エイダは頬を赤らめ視線が泳ぐ。

「いけない……まだっ、準備が」


 ガリウは腕を掴み強引に引き寄せる。



 俺の腕だった。


「まさかこんな場所にいるとはな、退屈していた所だった。会えて嬉しいぞ」


 ガリウの無邪気なかおが目の前に迫る。


 隣でエイダが固まり、その顔からは色味がなく目の輝きが失われていた。


「ここで何してる? 面白い事でも考えているのだろう、言え」

「手を離せ! お前には関係ない」


「寂しいではないか。貴様に付けられた腕の傷、世界が紅く染まるたびに疼き、あの日を思い出す」


 エイダが目を見開き視線が突き刺さる。

 その瞳には深紅に染めた嫉妬が滲んでいた。


「もう関係ないだろ! 何で追い回すんだ」

「貴様が私の獲物だからだ」


 エイダは首もとのボタンを外し首をゆっくり傾ける。

 聖女が口に手を添えて驚きを隠していた。 


 鎧の軋む音を鳴らし、聖王国の青白い顔の騎士と数名の騎士がこちらに歩み寄る。


「軍国の将軍殿! 聖女様のお誘いを袖に振るとは、些か無礼ではないか!」


 ガリウは眉を下げて舌を鳴らす。

「非礼は詫びよう。国の勅命により、この給仕の身柄は我らが預かる」


「そいつは皇子のお土産だから置いていきなよ」

 皇国の近衛将は軽口で歩み寄る。


「キザな兄ちゃんは聖女さん口説いて持ち帰りな」


 その場にいた俺以外が近衛将へ鋭い視線を向けた。


「素晴らしい! さすが我輩の忠実な配下!」


 連合国の獅子顔が入場の時とは別人みたいな軽やかな足取りで、上機嫌に両腕を広げ歩み寄ってくる。


「他国が独占したがるほど優秀。しかし! 我輩の隣が一番相応しいな。さぁ有象無象どもよ――散れ。さもなくば蹴散らしてやろうか?」


 鋭い視線が互いに飛び交い、喉元へ刃を突きつけられているような圧が場を満たしていた。

 

 軍服を着た鬼人たちは拳を握って骨を鳴らし、首を傾けて野太い音を響かせる。


 皇国の従者は指先が武器に触れて、目を細め呼吸が浅くなる。


 聖王国の騎士たちは聖女を囲み陣形を作る。

 微かに鎧の軋む音から歴戦の騎士らしい繊細な動きが伝わる。


 もはや戦争の火種を通り越して開戦だ。

 しかも中心に俺がいる。


 助けを求め周りに視線を走らせる。


 シノと目が合うと左目を二回瞬きして小さく頷いている。


 フェスカが舞台の片隅から現れ満足した顔で拳を作り、胸を小さく二回叩いて頷いている。


 何の合図だ? もしかして称賛の意味なのか?


 その隣でバイオリンを持つ年老いた女性と目が合い片目を瞬き、頷く。


 バイオリンを奏でる指の動きが止まる。


 会場の音が洞窟の泉に水滴が落ちるように、ゆっくりと遠のいていく。



 次の瞬間。


 弦が悲鳴を上げ耳を裂くような高音が広間を切り裂いた。


 激しく、荒々しく。

 血を騒がせる音色へ変わっていく。


 楽団は一瞬呆気に取られるがすぐに演奏へ割り込んだ。

 

 違う! そうじゃない。


 殺伐とした円を取り囲むように周囲の要人たちがざわめく中、人混みに紛れ皇国の皇子が瓶を掴む。

「オレ様を侮辱しやがって!」


 獅子顔へ向け瓶を投げつける。

 瓶は横顔すれすれを飛ぶ。


 獅子顔の拳が唸り、空中で叩き割る。

 砕けた破片が舞う。


 その一片がガリウの目元へ走った。

 ガリウが反射的に目を細める。


 ――その刹那。


 皇国の近衛将の蹴りがガリウのかおを捉えた。


 鮮血が舞い会場の空気が一変する。

 皇国の従者が武器を抜いた。


 鬼人の怒声が響き、騎士たちが剣を引き抜く。


 揺れる照明の下、怒号が王冠宮を埋め尽くしていく。


 ――もう止まらない。

 王冠宮で武力衝突が始まった。

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