報酬
依頼を達成し残骸回廊を歩く。
意識が体から離れていく浮ついた感覚と、追われるような焦燥感。
そして自らの体が自分ではないような嫌悪感が混濁している。
「魔法使うと気分が悪くなるのか?」
「魔力がないのよ、使いなさい」
狐の獣人から魔力根を受け取り噛み潰し息を吸う。
相変わらず奇妙な感覚だが少し良くなった、あとは──。
カチッ、カチ、カチッ、カチ。
ベルトにくくりつけた顔の半分がない白と、顔の残った黒の上位種の頭が歩くたびにぶつかる。
「依頼達成の証だけど、気味悪いな」
「そうか? 似合ってるぞ」
ジェリコは刺された腹部を庇うように手を当てている。
「それよりいくつ適正あんの? なんで"ガラクタ"使いこなしてんのよ」
狐の獣人は俺の肩に手を回し寄りかかる。
魔力根を口に含みながら重い足取りで歩く。
「魔法の適正なら六色。そして、おそらくこれは魔法武器だ。魔力を定義祈檻で制御して――」
「なにを訳の分からない事言ってんのよ」
狐の獣人は回した手を戻した。
俺の顔に手を押し付け自分で歩き出す。
「多色持ちなのは戦いで分かった。その……"祈檻銃"――だったか? 魔法を使うための補助を担ってるわけだな」
ジェリコの噛み砕いた回答に頷いた。
狐の獣人は眉間にしわを寄せ「えぇ?」と戸惑いが漏れる。
その背に犬の獣人たちの『収穫』が下がっている。
「ドーナとダーナはどうなったんだ?」
二人は興味なさそうに返事をする。
騙されたとはいえ一時でも共闘した相手に情などなかった。
残骸回廊を抜け下層に足を踏み出した時、後ろで瓦解して降り注ぐ何かが反響した。
「これが残骸回廊の由来だ」
ジェリコが促し振り向くと、上から新しい『船』の残骸が落ちてくる。
古い残骸は下へ押し出され積み上がり――軋む。
限界を越えた層が『落とし』で崩れ、ごそりと剥がれ下へ吐き出される。
歩いてきた残骸回廊の形が変わる。
確かに地図はいらない。
足を引きずり、衣服は擦り切れ、戦いの余熱だけが残るまま中層にたどり着く。
壁沿いに灯が並んでいる。
灯具の中で燃料鉱石が白く焼け熱を感じない光が照らしている。
夜を感じさせる道に急に疲れと眠気がのし掛かり、大通りを歩き『接合祈療堂 分堂』の前を通る。
「鯱、ここで診てもらいなさい」
「まだ大丈夫だ。換金してからでもいいだろ」
「急変して悪化したら後遺症になるわよ?」
ジェリコは眉をひそめアゴを引きこちらを見つめる。
「狐を見張ってくれ、任せるぞ」
「それでいいから治して来なさい」
ジェリコが分堂に入っていく。
「魔物の首下げてるの気味悪いから袋に入れなさい」
それは同じ意見だ。
首を下げて歩くのは誤解を招く。
ベルトに結んだ二つの首を外し狐の獣人が背負う袋に入れる。
「契約場に行くわよ」
「待たないのか?」
「どうせ終わったら契約場、なら契約場で待ちたい」
狐の獣人が歩きだし後ろを追いかける。
「その銃、しばらくあんたに預ける」
「どうして?」
「使える奴が価値を上げるってやつ」
「売れないから預かってろって事か?」
振り向き無邪気に笑う。
「分かってきたわね。そうだ、治療するのにあいつ無一文じゃない?」
小袋を渡される。
音からして、金か?
「あいつに渡してきて」
「見張らないといけないだろ」
「鯱が払えなくて奴隷商人に引き渡されても?」
「……一緒に行くぞ」
「大丈夫よ、換金には依頼紙と許可証が必要なんでしょ? 信用の証に"祈檻銃"預けるから」
どうも引っ掛かるが一緒に戦った仲間を疑うのは嫌だな。
「行ってくる、契約場で待ってろよ」
「小袋の口はちゃんと締めなさい」
確かに紐が緩んでいる。
締め直し分堂へ走る。
一瞬、振り返る。
狐の獣人が、こちらを見送っている。
分堂の入り口に入ると腹部を包帯で巻かれたジェリコと目が合う。
「どうしてここに? 狐はどうした?」
「医療金持ってないだろ。届けに来たんだ」
「それはーとてもー助かりますー」
マリルが医療金を受け取り勘定する。
「許可証でツケが効く。分堂で記録して契約場に請求する仕組みがあるぞ」
「そうなのか? それは言われてない――」
「おい、首はどうした?」
「あぁ、袋に預かって貰った……」
嫌な汗がじわりと滲む。
「依頼紙と許可証は持ってるんだろ?」
「当たり前だろ……腰のポーチに入れてある」
ジェリコはゆっくりとポーチを確認する。
中身のない空のポーチ。
お互い顔を合わせる。
脳裏に狐の獣人が笑う顔が浮かぶ。
扉を蹴破るように一斉に外へ飛び出した。
契約場へ向かって走り出す。
眠気と疲れが吹き飛んだ。
「いつだ? いつ盗られたんだ!?」
「分からん! 片時も離さなかった! 狐からは一定の距離を置いてた――いや! 脇に抱えた時がある!」
狐の獣人が気を失って目覚めてジェリコの革袋とポーチを調べてた――あの時か!
契約場に駆け込んだ。
カウンターへ走り目に付いたロッケンに詰めよった。
「狐が来なかったか!?」
「来たぞ、依頼達成だってな。助かったよ」
「どこにいった! 換金したのか!?」
「入り口の隣で立ってたぞ。お前たちと入れ違い様に出ていった」
「あの狐!」
ジェリコは契約場を蹴って外へ出た。
「ロッケン、依頼紙と許可証はジェリコの物だ。どうして換金出来るんだ?」
「持ち逃げされたのか? そいつは災難だったな」
ロッケンは笑いながら書類をめくり依頼紙と許可証を見せた。
「手続きには何も問題がない、依頼紙の名前は本人だ。後は許可証があれば換金出来る。もちろん名前の記入も頂いてるぞ」
手に取って書類を見る。
そこに記入された名前は──。
《ロルメ・ダズン》。
これが狐の獣人の名前だ。




