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ROYAL BOUNTY  作者: アオキチ
開放領都スートレス

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開放領都スートレス

 ジャンバラヤ号の中は寝ることすら困難だ。


 揺れが続き、低い唸り声をあげるような軋み、人が生活する環境ではない。


「飯だぞ。ジャンバラヤ号特製だ。」

 出てきた食事はスープであろう、川魚特有の泥臭さ……濁りが強い。スープから空気が抜け出せず膜を張っている。


「食材が傷んでたからな、しっかり火は通したから問題ない」


 傷んだ食材ってなんなんだよ……。


「これ、毒も入ってるのか?」

「笑えねぇよ。魚に野菜と香草だ」


 眺めるだけで喉が閉まる。空腹でさえ食欲が引いていく料理だぞ。


 目を閉じて、鼻で息を止める。それでも匂いは逃げ場を失ったみたいに、内側へ入り込んでくる。


「大袈裟なんだよ、早く食え」


 当たり前のように食べて見せる。

 ……意外といけるのか?


 口へ押し込んだ途端、雑味が一斉に暴れ出した。焦げと泥、それに得体の知れない酸味が絡み合い、まとめて鼻の奥を突き抜ける。


 むせて、こぼす。刺繍の入った服に濁った汁が垂れ、元からの汚れの上に重なるように広がっていく。


 噛むたびに、シャリ、と異物が歯に当たる。濃いのに、酸味だけが際立って残る。


「……他には、保存食、なんなら食材でもいい。何かないのか?」


「全部切らしてる。それが次の街までの最後の飯だからな」

 カラン、と食べ終えた食器が置かれた。


「……残さず食え」


 監獄の時は寝床なんて質素だし、食事は味の薄い料理だが――ここよりはマシだったな。



 寝床に使っている倉庫から、背負い袋をどかし、前の船員が残こしていったであろう、服を拝借して着替えた。


 甲板に残った汚れを擦り落とし、濁った水で布を叩く。

 手はすぐに黒ずみ、臭いが染みついた。


 この船には、本当に余裕がなかった。それでも乗せてもらってる限り船内の仕事をしなくてはならない。


 補強された木材は黒ずみ、触れれば崩れそうなほど腐食していた。船体の甲殻に触れている部分だけ、侵食が深い。


 動力部に近づくと、火花が断続的に弾けている。乾いた音が、船の奥で響く。


「……本当に大丈夫なのか」

 呟いた直後、ジャンバラヤ号全体が軋みを強め、悲鳴のような音をあげて動きを止めた。


 何が起こったんだ? ジェリコが遮光マスクを片手に動力部にやって来る。


「開放領都スートレスに入港する、準備しろ」


 ジェリコに付いていき甲板に出る。これが開放領都? 塔に船が連なって縦に繋がれている。



 ジャンバラヤ号の振動が変わる。


 ズザァ……と削る音が断続的に途切れていく。船首が『噛まれた』感覚だった。速度が落ちていく。

 押し返されてはいない。前から引かれている。


 前方に影がある。見えているのに形が掴めない。黒い断崖が行く手を塞いでいた。削られた跡が無数に走り、荒れている。


 ジャンバラヤ号が唸る。直後、前方で金属が噛み合う音が響いた。ガギン、と衝撃が走り、船首が固定される。身体が遅れて引かれ、思わず視線を上げた。


 断崖から鉄の構造が突き出ている。擦れた跡の残る細いレール。その先に船がある。いくつも並び、縦に吊られ壁に固定されている。


 ジャンバラヤ号もまた、引き上げられていく。


 床が傾き、重さの向きが変わる。鎖が締まる音が短く連なり、軋みが船体に広がって止まる。

 固定された。振動が消え、代わりに乾いた静けさが残る。


 視線の端で別の船が軋む。同じように吊られている……停泊じゃない? 繋がれている。


「ここが開放領都だ。しっかり稼いでもらうぞ」

「今の言い方、俺も頭数に入っているのか?」

「乗船料と家賃は"ツケ"だからな」


 顔の上半分は黒いマスクに覆われ、内部から白く発光しているように見える。視線を読ませない。だが、不敵な笑みを隠しきれてない。 


 船を降り開放領都に踏み入れた時から露店や出店が賑わっている。


 最後に食べた残飯から丸一日。肉の焼ける音すら空腹をかき立てる。


 一際目立つのがドッグと併設されてる『ブランク契約場』が賑わっていた。


 船の備品に魔導石、鉱石燃料の取引。依頼紙《賞金広告》が張り出されている。


「船舶許可証を発行してくるぞ」

「許可証?」


「あのなぁ……許可証がないと船を停泊出来ない、依頼紙の受注範囲も狭まる。高額依頼は船がないと受けられないし、滞在費の精算も兼ねてるんだよ」


 入場許可証の担保みたいなもんか?

 

「船長のオレがやっとくから、田舎者は掲示板に張られた依頼紙を見繕ってこい」


 掲示板の人混みの中、飾り紐で高く結い上げた紅の髪。その上で、耳がぴくりと動いた。


 俺は掲示板に視線を向ける。人混みに圧倒され踏み込めない。


 良し悪しも分からないのにどうすればいいんだ?


「何かお困りですか?」

 鈴が鳴るような凛とした透き通る声が喧騒を掻き分け問いかけられる。


「不躾に失礼します。私はさすらいの者、狐の獣人です」


 しなやかに引き締まった体。その眼差しには感情の揺らぎが少なく、美しさと危うさが同時に宿っていた。


「実は私も困りまして、声をかけさせてもらいました」


 一歩踏み込まれる。両手で俺の手を胸まで持っていき強く握る。その手には黒いフィンガーレスグローブとリストガードが前腕を保護していた。


「生まれ育った家を買い戻したいのです。今は差し押さえられ帰る場所もなく、危険な賞金稼ぎを生業としてる身」

「今やこの背負う"ガラク"――んっ! 家宝しか残っておりません」

「私が依頼紙をこなします。どうか許可証を貸して頂けないでしょうか?」


 急に早口になったな。


「俺の一存では決められないから、あのボロ船の船長に聞いて――」

「分け前の二割! いや、三割を差し上げます。どうか内密に事を運んで頂けないでしょうか?」


 ……困っているのは理解できたが、焦り方が不自然だ。許可証を渡せば、何もせずに分け前を"俺"に渡すのは、どうにも引っかかる。


「なら、この依頼紙をお渡しいたします。許可証とともに申請して頂くだけで――」


 狐の獣人が言い終える前に俺に付き出した依頼紙をジェリコが取り上げる。


「何やってんだ」


 チッ。


 ……? 確信はないが、微かに舌を鳴らしたように聞こえた。依頼紙を眺めるジェリコの前で狐の獣人がうつ向く。


「しかも、これ、正体不明じゃねえか。こんな危険なのどうするつもりだ」


「……そうでしたわ。引渡しには男手が必要ですもの。これでいかがでしょうか?」


 ぎこちない笑顔に片眉を潜め、両手を開きこちらを向けた。同等の取り分の提案。


「ダメだ。そもそもお前は誰だ? それに、こいつは船員じゃなく客人だ。協同でやりたいなら、三等分にして余りを道具と手数料の出費に当てる」


 狐の獣人は表情を変え、ジェリコに詰め寄る。戦装袴で広がる逆三角形シルエットが揺らいだ。


「冗談じゃないわ! あたしが先に見つけて提案してるの!」


 喧騒に咲く水花の後ろから、威嚇する獣が出てきた。気に入らないのか?


「納得いかないんなら諦めろ。こいつは俺たちに任せるんだな」


 二人の言い争いが空腹に響く。

「……腹、減ったな」

 ぽつりと呟く声は喧騒にかき消された。


「だから言ってるでしょ! それはあたしの獲物よ!」

「現実を見ろ、この依頼紙は一人じゃ無理だ」



 足元の奥で、鎖が外れる音がした。

 ここが中層。その下は――命に値札が付く場所だ。

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