ブランク契約場
契約場ブランクの一角にある食堂。
許可証の『ツケ』で食事をしていた。俺とジェリコ、そして狐の獣人。——気まずい食卓だ。
「この食事は依頼紙に同意した者が食えるものだからな?」
「三等分で余りを準備に充てるでしょ。分かってるわよ」
ジェリコが釘を刺す。狐の獣人は苛立ちを隠し、平然を装う。
咀嚼するたびに牙を見せ、食材を刺し込むたびに食器を叩く音まで鳴らす。喉を通る飯に、別の重みがある。
「依頼紙はどんな内容なんだ?」
俺は少しでも空気を変えようと切り出した。ジェリコは依頼紙を食卓に広げる。
「正体不明なのが厄介なんだよ。魔物か魔族なのか分かってねえ依頼はな」
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【緊急依頼】
下層で発生した異常事象を確認。
当該現象は開放領都の支柱に被害を及ぼしている。
原因・正体ともに不明。
当該事象の原因、もしくは正体を特定し、これを差し出せ。
対象の状態は問わず。
生死不問。
確認可能な証、または実体をもって達成とする。
報酬:金貨2枚
期限:定めなし(早期達成を優先)
発行:開放領都スートレス 契約場
応募資格:許可証の所持
署名:
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魔物は下位種。なら魔族は上位種になるのか? そんな疑問を抱きながら眺めた。依頼紙の署名欄に目が止まる。
「自己紹介なんてどうだろう? お互い一緒に仕事する仲になるんだ」
お互いを知れば、少しは空気もよくなるはずだ。
……無反応。
臨時のパーティーに礼節なんていらない。……きっとそうだ。
狐の獣人は頬張りながら、目を伏せて依頼紙を見つめている。
「これっきりの関係だ。飯食い終わったら申請する。署名するから寄こせ」
ジェリコが依頼紙に腕を伸ばした。
狐の獣人は目を見開き、先に依頼紙を掴み取り、ガリガリと音を立てて署名する。
――早かった。獲物に食らいつく、獣のそれだった。
「分配の提案は受け入れてあげたの。だからあたしが署名するで、"おあいこ"にしてあげる。」
少し強引だが、これで落とし所にしてくれるなら、安いものじゃないか。
ジェリコは唸り、ため息を吐き出す。
「まぁいいだろう。許可証がないと報酬は受け取れない。」
食事を終え、立ち上がる。依頼紙を掴み、ジェリコは受付に歩いていった。
「道具の補充はこっちで、立て替えておくからねー」
狐の獣人の穏やかな声に、ジェリコは力なく片手を上げた。
「行くよ。――って短刀だけじゃない! そんな丸腰の賞金稼ぎいないわよ」
言われてみると、ここに来てから皆、腰に革袋やポーチを下げている。
「信じられない……"ロマナス"の田舎からやって来たの?」
狐の獣人は俺の手を引っ張り、契約場を出て大通りへ向かう。
「頼もしい一行だよ。全く」
「今回は賑やかな連中を連れてきたな」
受付で二人を眺めるジェリコに、中年で恰幅がある鯰の魚人が、依頼紙を手続きしながら声をかけた。
「今回のは元々銀貨五枚の仕事だった。肌寒さが残ってた頃からだな」
「今まで何組依頼を受けたんだ?」
ジェリコはカウンターに肘をつき、鯰の魚人を覗き込む。依頼紙から目を上げ、ジェリコを値踏みするように視線を合わせる。
「……五組だ。全員帰って来てない。珍しくもないが、不気味なのは、ここまで正体不明は初めてだ」
分厚い唇の端にシワを寄せる。端正な口髭が僅かに揺れた。
「高額の仕事になるわけだ」
ジェリコは腕を組み直す。
「船を担保に許可証で応募させる。死ねば契約場が船を回収して金に変える」
鯰の魚人はニヤニヤしながら、指を組む。
「余りを報酬に上乗せして依頼紙を張り出す。それの繰り返しだろ?」
ジェリコの問いに、鯰の魚人は口髭を揺らす。
「情報料は"マケ"といてやるよ」
開放領都のカラクリなのか、闇に触れている頃だった。
狐の獣人は店主に商品の傷みや質感を理由に値引き交渉をしている。
俺と狐の獣人は大通りを外れ、露店や出店がごったがえす、静寂を取り除いた商業区域にいた。
革袋とポーチの付いたベルトが並べられている。値段札には二〇〇〇コル。
「下層に潜って死体漁った商品なんでしょ。値段札の三割で買ってあげるわ」
「これは素人が辞めたのを譲り受けた、美品。九割までだ。」
「ここポーチの角は古傷だわ、そして革袋は血が二層に別々に染み込んで乾いてるわよ。四割ね」
狐の獣人は日常会話のように、匂いでかぎ分けたような交渉を詰めていく。
鱗人は簡単に口を開けない。商品の魅力を出せば叩き落とされる。値引きの口実を与えてしまう。
「……七割だ」
「なら向こうの鳥人が出してる六割のを買うことにするわ、縄紐のオマケもあるし」
最初からここを狙って来ていたのだ。俺はこのやり取りを直視できない。
「五割半だ! これ以上は値下げせんぞ!」
「五割で決まりね。中古品を美品で売りつける噂はここで止めてあげる」
歯を鳴らし、睨み付ける視線。
誇らしげに袋から銀貨1枚を取り出し、卓に叩きつけた。
狐の獣人が叩き買いした道具を手渡され、装着した。
「麻縄は余りがあるから、あたしの使っていいわ。魔力根は自分で調達しなさい」
狐の獣人はポーチから取り出した魔力根を口に入れ、カチッと音を鳴らす。
口から煙が昇り、霧散した。
「他に必要な物はないのか?」
「んー? 今回の依頼だとポーションは念のため必要ね」
ポーション? ポーションだって!?
小瓶に液体の入っている、定番の代物。
「こっちよ」
短く言い放つ狐の獣人の後ろを、俺は興奮する胸を押し込んでついていった。
白く無骨な建物に、赤い旗が掲げられている。開放領都の紋章入りの垂れ幕が並んでいた。
狐の獣人が建物の扉を開く。続けて俺も中に入る。
蒸せ返すような鉄と血の匂いが鼻の奥を刺した。負傷し、欠損した様々な人種が押し詰められている。
「ポーションの販売は、こちらで承ってますよー」
そこには丸く平らな白い帽子に、白の前掛けをした、明るく少し抜けた声の持ち主。
「"接合祈療堂 分堂"の販売を務めますー《マリル・ナイマン》。羊の獣人ですー。」
揺れるだけでほどけそうな、柔らかな巻き髪は、血生臭い場所には似合わない造形だ。
狐の獣人とマリルは、ポーションの商談を始め、俺は落ち着かない表情でマリルの顔を凝視する。
「……何かー、御用ですかー?」
「ポーションで傷は治るのか!? 飲むならどんな味か気になるんだ。それとも直接、傷に投与するのか?」
勢いのまま言葉を投げた。
マリルは表情を固めたまま、静かに狐の獣人へ視線を送る。
狐の獣人の目は半開きになり、手のひらを見せ、鼻を鳴らした。
買い物を終え、大通りに戻り、契約場へ向かう。この世界に夢は見ないと決めた。
「それで魔法は何が使えるのよ?」
「魔法は使えない。使おうとしても、道具や、条件があるみたいだ」
俺がつけ心地を調整していると、狐の獣人は背負っていた"家宝"を押し付けてきた。
「短刀だけで魔法なし? ハズレじゃない……。あんた、荷物持ちね」
「なんだよ……! それにこれ大事な物なんだろ?」
「カードで勝った戦利品。値打ちがつかなくて、使い物にならない邪魔な"ガラクタ"よ」
どこまでも信用にならない勝手な態度に苛立ちが募る。
押し付けられた"ガラクタ"を一瞥する。白く光る、滑らかな曲線の結晶。鈍器のような形をしている。
「この形は……銃か?」
手に馴染む。使い方が分かる。
しかし装填する箇所がない。
俺の奥底にある、何かが呼応する感覚。それが魔法武器だと理解するのは、まだ先の話だ。




