追跡者と監察官
「ブラックフォージ軍法会議、開廷」
重厚な扉が閉じる音が、軍議室に重く響いた。
長机を囲むのは、軍国の上層部。厚みのある軍装と、権威を誇示したような勲章。
そのどれもが、ここでは重みを持たない。机の上に置かれた一枚の報告書だけが、この場の空気を支配していた。
リンプイン監獄、機能停止。
誰もが理解している。
それが意味するものを。
「これは国家級の損失! 十年単位の投資が吹き飛んだぞ!」
机を叩きつける拳は強く握られる。背中の翼から羽が散った。
「将軍。我々が用意した責務を随分軽く捨ててくれたな」
鱗の並ぶ腕が魔力根を無造作に掴み、口に放り込む。ガチガチと噛み砕き、煙を吐き出した。
「黙れ」
ガリウの一言で、空間が切り取られたように凍りつく。殺意と敵意の視線が突き刺さる。
「僭越ながら申し上げます」
殺伐とした空気に踏み込んだのは、短髪で白髪の鳥人だった。瞳は自信に満ちた光を宿している。
「所属と名を紹介してくれないかね?」
頬杖をつきながら書類を選別する獣人。毛に覆われた手が、興味をなくしたように催促する。
「ブラックフォージ軍国、監察官。エイダ・キュンメネン。白鷺の鳥人です。」
身体に沿う仕立てのベスト。
動きに無駄がない。
「リンプイン監獄は魔物被害により機能停止。囚人の避難誘導、資産保護の指揮を確認。責務は果たされていたと見る余地があります」
エイダの報告を聞き、ガリウは訝しげに眉をピクリとさせた。
「例の個体はどうしたのかね?」
「記録が存在しません」
上層部の鳥人が獣人を睨む。魚人は思案を孕んだ視線を落としている。
「私から一ついいかな?」
ガリウが口を開く。
「将軍! この失態を抱え申し開きなぞおこがましい! 恥を知れ!」
「ガリウ将軍。それは提案かね?」
獣人は淡々と口を挟む。場を収めにかかっている。
「例の個体、ハミトン・ローゼは"魔石"を所持し魔物を呼び寄せたと部下から報告があった」
「我々は聞いてないぞ」
魚人は威圧的にガリウを覗く。獣人は口角を上げガリウの言葉を促す。
「ハミトン・ローゼを捕まえ、軍の、いや貴様の元に連れてこよう」
「……その報告、提案に偽りはないかね?」
「勿論。貴様の研究対象を捕らえ、連れ戻す。……私もここを退く。いかがかな?」
誰も口を開かない。空気が沈んでいる。
「エイダ・キュンメネン監察官。君も将軍の任に同行しないかね?」
獣人は下衆な笑みを浮かべ、提案した。この際まとめて追い出す算段が含まれている。
「……拝命しました。これよりガリウ将軍の任に同行します」
「気が済んだなら私はこれで失礼する」
ガリウとエイダは軍議室の重い扉を開け、退出する。
軍議室に残った上層部の三人は『例の個体』について協議していた。
「どういうつもりだ! 何を隠してる!? 首謀者は将軍ではなく、魔物を呼び寄せた、その"例の個体"なのか!?」
「魔石とは何だ? 魔物とは何の話だ?」
「――神秘の賜物。失念していたよ、追い込まれて真価を発揮するとは……我らの野望には必要かね」
軍議室に様々な思惑が飛び交う。
軍国の野心が、静かに膨らんでいく。
石床を鳴らし、ガリウの後をエイダが歩幅を合わせて進む。
「貸しを作りたかったのか?」
「あのままでは、将軍が最悪の事態を招く恐れがあるので、然るべき対処をしたまでです」
「戦場の傷もなく、狡猾に手に入れた椅子に縋る者に」
「私を監獄に追いやった仕打ち、思い知らせるいい機会だった」
ガリウは立ち止まり、エイダは続けて止まる。
「エイダ。貴様、考えがあって口出したのだろう?」
ガリウは振り向かず、背からは怒りが滲みだし、空気が重く震える。
「将軍。ハミトン・ローゼについてお耳に入れたい事が」
ガリウは振り向き、睨み付ける。
エイダはそのまま続けた。
「軍国の記録に“魔石”という総称はありません。どこで知り得た情報ですか?」
「何が言いたい」
「ハミトン・ローゼが現れてから、神秘の賜物や魔石が定義されたのではないですか?」
「エイダ。何を知っている」
「魔物には記録があります。ですが――世界に一斉に定義された可能性があります」
「上層部がハミトン・ローゼを研究対象にしたのであれば、泳がせて真実を突き止めるのが有益かと」
ガリウは向き直す。
「そんなものに興味はない」
ガリウは歩きだす。
「あれは私の獲物だ」
エイダは小走りで距離を合わせる。
「来るのか?」
「貴方がいない場所に興味はありません」




