狂暴の練兵場
「あれは魔物……毒針機甲。相当な数ね」
独身……奇行?
……違うな。
ミラーラの切迫した面持ちに、聞き返せなかった。
「毒針で体の自由を奪い、強力なアゴで噛み砕く魔物よ。下位種だけど、とても危険な存在……何より数が多すぎるわ」
「下位種? って事は上位種も……」
「講釈中に悪いが、ローシャの助けに向かった方がいいんじゃないか?」
ミラーラの説明をルーガディが遮り、そう提案した瞬間――
監獄の奥から、激しい衝突音が響き渡った。
正門前の広場に武器を持った脱走者の集団が押し寄せる。
ローシャが空中から飛来し、俺たちを見つけ、向かってくる。
「巨大な連鎖装甲機が監獄内まで進行し、暴れている。
看守どもで防衛線を張っておるが、長くは持たん。
脱走者達も混乱に乗じて訓練施設から武器を持ち出し、反旗を翻しておる」
毒針機甲と呼ばれるハチの魔物が次々と目と鼻の先まで接近してくる。
脱走者の集団も魔物の群れに困惑し、ハミトンに向かって叫ぶ。
「こんなの聞いてねぇぞ…どうすんだよ異邦人の頭目!?」
異邦人は俺か……頭目?
「頭目? 俺が!?」
脱走者の集団の一人に頭目と言われ、遅れて理解して聞き返す。
「ゴルドが逃がす時に誇らしげに言ってたぞ。"オレッチの子分、ハミトンに感謝すんだな"って!」
ガリウの視線が、俺に突き刺さる。その視線は鋭く、無邪気で残酷な悦びに溢れていた。
「ならば好都合よ。貴公が脱走者どもの指揮を執れ。今戦わずして退けば、追い討ちを受けて全滅しかねん」
ローシャは迫る。戸惑うが、半ばヤケクソに叫んだ。
「魔物を倒して自由を勝ち取れ! 皆で生き残るぞ!」
脱走者達は雄叫びをあげる。
熱気が一気に膨れ上がった。
魔物との戦いが、始まった。
襲い掛かる魔物の群れに正面衝突する俺と脱走者の集団。
夕日がリンプイン監獄を紅に染める。
瞬く間に練兵場は戦場となった。
ローシャは天高く舞い上がり、槍を構え急降下する。
「光彷徨う雷雲の断罪を下さん――紫電雷槍!」
槍に宿った紫の雷光が、魔物の群れを真っ向から貫いた。
紫の電光が爆ぜ、魔物の群れを刺し貫く。狂乱する雷は連鎖し、一瞬にして空を制圧した。感電音が響き、黒焦げに朽ち果てる。
生き物が焼ける臭いが広がり、生臭さのない乾いた匂いが鼻に残る。
魔物の群れがローシャの背後から不意打ちするが、ミラーラと鱗人による魔法と弓の連携で圧倒する。
「凄い……あれも魔法なのか?」
「あれは魔法に槍技を合わせている。ローシャの経験による奥義だ」
俺の言葉にルーガディが説明してくれた。
「奥義? もしかしてローシャって凄い人物なんじゃ……」
「奴は聖王国の雷光騎士。紫電雷鳥と大陸中に名を轟かせた歴戦の騎士だ」
驚いて振り返る。ガリウがローシャの戦う姿を見つめながら説明した。
「国のため生涯戦いに身を置き貢献した。戦士ならば誰もが知ってる」
「ローシャが聖王国の騎士……?」
ガリウの言葉に混乱するが今は考える暇などない。真実を確かめるためにも、まずはこの戦いを生き延びる。
雑念を振り払い、眼前の敵に意識を研ぎ澄ませた。
魚人とルーガディが力任せに蹴散らす。怯んだ魔物に、鳥人達が追撃を重ねる。
しなやかに動く獣人が、魔物の背に飛びかかり地面に組み伏せる。
その隙に、首元へ刃を突き立て、反動で跳ねる。
硬い、何より手が震える。
魔物の転がる頭と目が合う。
今、戦場にいる。
血と土煙の匂いが本物だと物語る。
戦争の怒号、血肉を引き裂く音。
力尽きて倒れ砂煙が舞い上がる。
ガリウは、音の余韻すら楽しんでいるように見えた。
「素晴らしい……予想以上だ。異邦人、いやハミトン・ローゼ!」
鬼人の看守たちを押しのけるように、ガリウが闊歩して現れた。
振り回す六角鉄鞭は優雅で――恐ろしく美しい。
矢継ぎ早に襲いかかる魔物の頭を粉砕し、胴体も無惨に砕く。
「監獄長という下らない椅子に縛り付けられた私に、極上の獲物だけでなく戦場まで用意してくれる」
ガリウは制服を引き裂き、怒りの咆哮が戦場に響き渡る。
「監獄長はここに死んだ! 戦場を震わせた古の戦鬼が、再び戦場で骸をならべよう!」
呼応するように看守達は感情の失った表情に口角が僅かに上がり、一瞬の歓喜が宿る。やがて怒気に染まり戦場を蹂躙する鬼になる。
ガリウは肉塊となった魔物を俺に投げつける。
慌てて短刀で受け止めた。ガリウのギラついた瞳に射貫かれる。
「メインディッシュの時間だ。この戦場の勝者は私達鬼人のみ。貴様らは一匹残らず叩き潰してやろう」
戦場の空気に狂気が混ざりこむ。どよめきや迷いが飛び交い、一気にガリウの混沌に染まっていく。
「今は魔物を討つことが先決。味方同士で刃を交える時ではあるまい!」
「弱き者の慰みごとに同席する理由はない! 生きたければ、――殺せ」
不味い……。空からは魔物が飛来し、その数すら見通せない。
後方には巨大ムカデ、正門からはガリウ率いる看守たちが迫る。
何より――監視塔の準備が心許ない。
「望むところだ! こっちは札付きの懸賞金かけられた賞金首だぜ?」
「どのみち脱獄にはお前の首が通行証だからな!」
興奮した囚人達が暴発寸前だ。
狂気の手が扉をこじ開けるか。
暴力の牙が網を食い破るか。
その境界は、もはや紙一重だった。
「大将! ランナーランナーの準備が整いました」
「目標は魔物だ、射貫け」
ランナーランナーは監視塔の左右二つから展開し、魔物の群れに高速で矢を発射する。発射された矢は次々と魔物に命中し群れの勢いは失速していく。
監視塔から放たれた矢が、魔物の胴を貫いた。その勢いは止まらず、ミラーラの肩口をかすめる。
ミラーラの身体がよろめいた、次の瞬間――背後にいた囚人の胸を貫き、そのまま地面へと縫い付けた。
一瞬の静寂。
リンプイン監獄は、かつてない怒号に包まれた。言語は殺意に変わり、差し出された手には武器が握られた。
勢いよく飛び出した鳥人は、力の限り振りまわす看守の戦斧に切断される。
風を裂く矢。魔物を圧倒する魔法。
――だが。
鬼人の体躯を止めるに至らない。
獣人の長剣の横薙ぎがガリウを襲う。
身を伏せて躱し、足首を掴み引き寄せ、体勢を崩す。
六角鉄鞭を振り上げる、恐怖に歪み両手で顔を隠すが、無慈悲に振り下ろされる。
命を潰した直後――
ドゴォン!
ガリウを大槌が吹き飛ばす。
巨体の傷だらけの魚人が次の獲物を見つけ、襲いかかる。
看守を翻弄する小柄な獣人は短剣を巧みに操る。
両目を切り付け、失明に両手を覆う看守に喉元を戦鎚がなぞる。
顎を切り裂く片目の鱗人。
ミラーラの肩から血が流れた——その瞬間、何かが切れた。
目の前の看守に奇襲を仕掛ける。短刀を脇腹に突き刺し力任せに引き抜いた。
苦痛に歪む看守が戦斧を唸らせる。刃が胸をかすめた。
すぐに後退した、姿勢を低く落とす。歩幅をばらつかせ、狙いを散らすためだ。
看守が戦斧を振り上げる、見え透いた誘い――だが。一気に踏み込んだ。
次の瞬間、膝が眼前に跳ね上がる。
避けて斬る――それが奴の型だ。
斬りつけた瞬間に、振り下ろすつもりだろう。
ならば、身を逸らす、だが斬らない。
振り下ろしを引きつけた、一瞬のためらい。――動きが止まる。
その虚を突き、地面を蹴りあげ、短刀を喉元へ深く突き刺す。
看守は、糸の切れた人形のように、音すら立てず横たわった。
背後で断末魔が上がる。怒号に鉄のぶつかる音、戦場はもう完全な殺し合いだった。
全員が戦場の狂気に染められた時だった。看守が慌ててガリウを起こし、報告する。
「巨大連鎖装甲機に防衛線を突破されました! 看守の半数以上が戦列を離れています!」
「想定以上だったか……負傷者は撤退させろ! 残りは援護だ!」
ガリウが指示を出してすぐだった。
――地面が揺れた。
次の瞬間、リンプイン監獄が轟音と共に崩壊した。
瓦礫の中から、巨大ムカデが姿を現す。監視塔に狙いを定め、甲殻が擦れ合う不快な金属音が練兵場に響き渡った。
鋭い牙を鳴らし突進する。節の連なる装甲が岩壁を削りながら迫り、その巨体が監視塔に巻き付いた。
ランナーランナーを鋭い牙で破壊し、巻き付いた監視塔を締め上げ倒壊させる。残りの塔に標的を定める。
「いかん! 最後の塔が陥落すれば総崩れ、何としても死守せよ!」
魔物はランナーランナーに標的を変え、監視塔に攻め込もうとする。ローシャが阻止するべく防衛に入る。
「空を駆ける者は我に続け! 防御の要を守るぞ!」
ローシャ率いる鳥人が残りの監視塔に集結するが、無造作に現れる魔物に阻まれる。
魔物は背中の毒針を何度も突き立て、覆いかぶさる。
さらに強力な顎で噛み砕き、数で囲んで仕留めていく。
徐々に数を増す魔物の群れが押し始め、戦いは一気に劣勢へ傾いた。
ローシャの言葉で俺達は一斉に監視塔の防衛に入る。
突進する巨大ムカデに、それぞれ魔法や弓矢を打ち込むが、勢いは止まらない。
側面から攻撃を浴びせるも、城壁を砕く甲殻には小さな傷をつけるのがやっとだった。
勢いに乗った巨大ムカデは監視塔に勢いよく巻き付き、締め上げる。
次の瞬間――残りの塔が破壊された。
希望の支柱が崩れ落ちる音が、リンプイン監獄に重く響き渡った。




