Vol.084【偽りの日】
漓久「な、んだと……!?」
ケンジ「なんでお前、沙羅のことを知ってる!!」
来夢「ケンジよぉ……
お前って奴は相当おめでたい野郎だよなぁ?」
ケンジ「な、なんだと!?」
来夢「そう簡単に俺がお前に詫びを入れると思ったのか?
このタコが!!」
来夢はグラスを乱暴にカウンターへ置く。
来夢「今日は美味ぇ酒が飲めたぜ……
最高だ……アハハハ!!」
ケンジ「てめぇ……!!」
そんな空気を見かねた可憐が、ついに声を荒げた。
可憐「あなた達!!
喧嘩するなら外でやってちょうだい!!
他のお客さんの迷惑だわ!!」
店内の空気が、一瞬で凍りつく。
二代目として長年この店を守り続けてきた可憐の一喝は、その場にいた三人を圧倒するには十分だった。
漓久「……す、すいません。」
漓久は頭を下げると、すぐにケンジの腕を掴んだ。
漓久「おい、やめろケンジ!!
店で暴れるな!!
相手にすんなって!!」
ケンジ「止めんな、漓久!!
コイツだけは——
ぶん殴らねぇと気が済まねぇ!!」
漓久「だから俺は、お前を止めるためについて来たんだろうが!!
落ち着け、ケンジ!!」
ケンジ「っ……!!
来夢……このクソ野郎……!!」
来夢はそんなケンジを見つめたまま、小さく鼻で笑った。
来夢「……漓久さんよ。
俺ァ、アンタのことは嫌いじゃねぇんだ。」
そう言うと、来夢は可憐へ軽く手を上げる。
来夢「ママさん、騒がせて悪かったな。
安心しろ。この店じゃやらねぇよ。」
来夢「……俺も覚悟決めて、コイツと話してんだ。
覚悟をな。」
漓久「……アンタ、ケンジをどうする気だ。」
来夢「だから言ってんだろ、漓久さん。
そんなにケンジへ肩入れすんなって。」
漓久は、まっすぐ来夢を見返した。
漓久「悪いな、来夢さん。
俺は——ケンジの“一番のダチ”なんだ。」
来夢「……」
漓久「頼むから、もうケンジを放っておいてやってくれないか。」
来夢「っくく……泣かせるねぇ〜!!」
そして来夢は腹を抱えながら笑い出す。
来夢「ひゃはははははッ!!」
ケンジ「……来夢。
てめぇが沙羅をどこまで知ってるのかは知らねぇ。」
ケンジ「だが——アイツに手ぇ出したら、殺す。
本気でぶっ殺してやるからな。」
来夢「はん……!お前さぁ、沙羅の何なんだよ?」
来夢「俺はな、沙羅が消えた時点で、もう人生終わってんだよ。」
来夢「だったら最後は、道連れにしてやるだけだろうが。」
漓久「来夢さん、やめとけ。ケンジはマジだ。
……コイツを本気で怒らせない方がいい。」
来夢「漓久さんよぉ。聞いてみるんだが——」
来夢「アンタ、女を本気で好きになったことあるか?」
漓久「…………。」
来夢「……その様子じゃ、アンタにもいるんだな。
大事にしてた女がよ。」
漓久「そんなもの、いる訳ないさ!」
来夢「まぁいいさ。」
来夢は煙草を咥え、ゆっくり火をつける。
来夢「沙羅はな……
ドブネズミみてぇに地下潜って生きてた俺に、
アイツだけが声をかけてくれた。」
来夢「沙羅は——俺の“光”だったんだよ。」
漓久「……光?」
ケンジ「ど、どういう意味だ……。
お前と沙羅、一体何が——」
来夢「うるせぇ!!ケンジよぉ!!
お前だって分かんだろ!?」
来夢「ガキの頃から好きな奴がいるならよ!!」
ケンジ「またその話かよ!!
バカの一つ覚えみてぇに言いやがって!!」
漓久「……ケンジ。ガキの頃から好きな奴って……。」
来夢「さっきアンタ、動揺してたよな。」
来夢「漓久さんにもいるはずだぜ?
いや、“いた”はず、って言った方が正解か?」
来夢「ずっと大事にしてきた女ってのが。」
漓久の声が、わずかに震えた。
漓久「……居ない。
そんな女なんて……居ない。」
漓久「……要らないんだよ。」
ケンジ「来夢!!
適当なこと言ってんじゃねぇ!!」
来夢「黙ってろ、ケンジ。」
ケンジ「来夢……!!」
来夢は、漓久を真っ直ぐ見つめる。
来夢「なぁ、漓久さん……」
来夢「ひょっとしてアンタ——」
来夢「女を、“捨てた”のかよ?」
漓久「――っ!!」
その瞬間だった。
漓久「っ……はぁ……!!
はぁっ……!!」
突然、漓久の呼吸が乱れる。
漓久「う……うぅ……」
来夢「はぁ?なんだよ急に。」
漓久「知らない……!!
知らないんだよ……!!」
漓久「俺は……何も知らない……!!」
ケンジ「おい、漓久!?」
漓久「うわぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!
頭が……!!
頭が割れそうだぁぁぁぁ!!」
激しい頭痛。
来夢の放った一言が、
漓久の奥底に封じ込められていた記憶を激しく揺さぶる。
ケンジ「漓久!!しっかりしろ!!
お前は悪くない!!悪くないんだ!!」
漓久「はぁぁっ……!!
はぁ……はぁ……!!」
ケンジ「漓久!!大丈夫か!?」
漓久「お、俺は……何を……。」
ケンジ「今は喋るな。また発作が出たんだ。」
ケンジは漓久の肩を支え、そのまま立ち上がる。
ケンジ「行くぞ、漓久。」
漓久「あ……あぁ……。」
ふたりの背中が、ゆっくりと店を後にしていく。
来夢「……はぁ?なんだよ、アイツ。」
そして——
来夢は煙草を深く吸い込み、吐き出すように笑った。
来夢「……まぁいい。ケンジよぉ。
せいぜい気をつけるんだな?」
来夢「ぷはっ……。
アハ……アハハハハハハッ!!」
その笑い声は——
歌舞伎町の夜に、
いつまでも不気味に響き続けていた。
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2017年3月24日 PM10:05
眠らない街――歌舞伎町。
ネオンが濡れたアスファルトを照らす中、
漓久とケンジは無言のまま歩いていた。
漓久「……おい、ケンジ。
俺は今まで何してた?」
ケンジ「……なんだ?覚えてないのかよ!」
漓久「知らない奴が沙羅を知ってたってとこは覚えてる。けど、どんな奴と飲んでたかが思い出せない。」
ケンジ「お前……また記憶無くなったのかよ。」
ケンジ「まぁ、いい。
思い出さない方がいいくらいな奴さ!」
漓久「俺の記憶……どうなってる……。」
ケンジ「お前は知らず知らずのうちに、
罪の意識から悪い記憶を消そうとしている。」
ケンジ「アイツは、お前に都合の悪い記憶を目覚めさせた。」
ケンジ「だからお前は、自己防衛でアイツごと記憶を消してしまったんだ。」
漓久「怖いよ、ケンジ……
思い出すのが怖くて仕方ねぇ……。」
ケンジ「1つだけ、お前に言っとく。」
漓久「……え?」
ケンジ「お前は悪くねぇ。」
ケンジ「お前がこんなにも人間嫌いになったことも、沙羅やみつきに悪態つくことも、俺は理由がわかってる。」
ケンジ「お前は本当は、凄く優しい奴だってこと——
俺が一番よく知ってるから。」
漓久「ケ、ケンジ……。」
ケンジ「だから安心しろ。」
漓久「あ、ありがとよ、ケンジ……。」
漓久「でもアイツ、なんで沙羅のこと知ってたんだよ。」
漓久「アイツと沙羅の間で、何があった……?」
ケンジ「わかんねぇ……。」
漓久「“知ってる”ってレベルじゃなかった。」
ケンジ「……あぁ。」
漓久「まるで、前から関わってるみたいな口ぶりだった。」
ケンジ「沙羅とは何でも話してきた。
けど、来夢の名前なんか一度も聞いたことねぇ……」
漓久「ケンジ……」
ケンジ「沙羅……お前、いったい何隠してる……?」
漓久「直接聞いてみろよ。」
ケンジ「今は無理だ。」
漓久「なんで?」
ケンジ「旅行に出てる。
“旅行中は連絡できない”って言ってた。」
漓久「……タイミング悪すぎだろ。」
ケンジ「とりあえず留守電だけ入れとく。」
漓久「あぁ、それがいい。」
ケンジはスマホを取り出し、沙羅へメッセージを残した。
ケンジ「沙羅、俺だ。
帰ってきたらすぐ連絡くれ。」
短いメッセージだった。
だがその声には、
これまでにない不安が滲んでいた――
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2017年3月31日 AM12:15
1週間後。
深夜。
ケンジの携帯が鳴る。
トゥルルル……トゥルルル……
ガチャ。
沙羅「もしもし、ケンジ?」
ケンジ「……沙羅か?」
沙羅「どうしたの?留守電入ってたけど。」
ケンジ「いや……大した用じゃねぇんだけどよ。」
沙羅「うん?」
ケンジ「ちょっと聞きたいことがある。」
沙羅「……なに?」
ケンジ「青柳来夢って奴……知ってるか?」
――その瞬間。
電話越しの空気が止まった。
沙羅「……え?」
ケンジ「知ってんのか?」
沙羅「あ……あぁ……」
ケンジ「……」
沙羅「ぅ、ううん!!知らない!!そんな人!!」
ケンジ「……本当か?」
沙羅「ほ、本当に知らないって!!その人がどうかしたの?」
ケンジ「……」
ケンジは黙り込む。
沙羅の返答――
それは明らかに“不自然”だった。
ケンジ「……知らねぇなら、いい。」
沙羅「…………」
ケンジ「じゃあな。」
沙羅「……うん。」
通話が切れた後――
ケンジはしばらく、暗い部屋の中でスマホを見つめていた。
そして静かに呟く。
ケンジ「……嘘、ついてんだろ。」




