Vol.078【みつきの願い】
引き続き Vol.33より
2017年4月3日 PM7:53
東都総合医療センター 6階 循環器病棟 603号室
みつきの部屋
篠原「実はな……桜沢空央っていう女……」
みつき「うん……」
篠原「空央がツインライトプロダクションに入社してから安藤という刑事に張られてる!!」
みつき「安藤?刑事?そ……そんな……嘘だ……何かしたの?」
篠原「おそらくSoRaが原因だ!!」
みつき「SoRaって!?」
篠原「ことごとくアンタの思惑には俺も填められるぜ…まぁいい!!説明してやるよ!!」
みつき「どういうこと?」
篠原「アンタから空央を更に調べろと依頼を受けたよな?これは言ってなかったかと思うんだがら空央の双子の妹、繭のネバーランドのアバターがSoRaっていう名前だ!」
みつき「繭ちゃんのアバターが……SoRa……。」
篠原「でだ!その後、空央がツインライトプロダクションに入社したのは中学の時から想いを寄せていた南漓久がいるからだともあんたには伝えたよな」
みつき「それは…聞いた!」
篠原「そして更に俺は空央は勿論、漓久のことも調べたんだよ!」
みつき「依頼以外の件で調べたの?」
篠原「そうさ!!金になるからな!!」
みつき「あなたって人は……」
篠原「まぁまぁ……。
俺は前から、池谷さんに聞いていた“ネバーランド”っていう空央の趣味が、どうにも引っかかってたんだよ。」
みつき「あのコミュニティアプリ?」
篠原「あぁ。
ただ、池谷さんも最初は空央のアバターを見つけられなかったらしくてな。
結局、直接本人からアバター名を聞き出したそうだ。」
みつき「聞き出したって……」
篠原「あの人のやりそうな事だ。
昔話をダシにして、上手く誘導したんだろ。」
みつき「昔話?」
篠原「空央が児童養護施設にいた頃、池谷さんはそこへ出入りしていた配達員だった。
つまり、当時の空央を知ってるってことだ。」
みつき「……世間って狭い、かな。」
篠原「まぁな。
で、話を戻すぞ。
空央、繭、南、この三人とフレンドになるために、俺は約一ヶ月、いや1ヶ月以上毎日★を送り続けた。」
みつき「一ヶ月以上……」
篠原「正直、骨が折れたよ。
仕事とはいえ、途中で嫌にもなった。
……で、ようやく南以外、つまり空央と繭のアバターとフレンドになれた。」
篠原は、そこで一度言葉を切る。
篠原「そして、見たんだよ。
空央のアバター、“あお♡”が——
“SoRa”に対して異常なほど攻撃的なコメントを繰り返しているのをな。」
みつき「攻撃的……?」
篠原「あれは、ただの嫌がらせなんてもんじゃない。
……恨みだ。」
みつき「……」
篠原「そこでピンときた。空央はもう、普通じゃない。
復讐に取り憑かれてる。」
みつき「そ、そんな……」
篠原「一方で、俺は繭のアバター、“SoRa”ともフレンドになっていた。
今は違うが、当時のSoRaは鍵も掛けず、かなりオープンだった。
どんな相手にも丁寧に接して、悩みには真剣に言葉を返してくれる。
……正直、驚いたよ。
空央の話から想像していた人物像とは、まるで違った。」
みつき「じゃあ……」
篠原「一瞬、本当に双子なのか?って思ったくらいだ。
それどころか、“SoRa”は本当に繭本人なのか……
そこまで疑った。」
みつき「それで、どうなったの?」
篠原「俺はネバーランドの中で、空央と思われる人物と、SoRa。
その両方と繋がった事で、この姉妹の壊れ方を、
真正面から見る事になった。」
みつき「壊れ方……」
篠原「空央からの執拗な中傷を受け続けた末、
SoRaはある日、一つの通知ダイアリーだけを残して……
それまで積み上げてきた大量の日記も、コメントも、全部消した。
そして鍵を掛けたんだ。」
みつき「……心を閉ざした。」
篠原「あぁ。
ただ、完全に一人になったわけじゃない。
最後に残したのは、
信頼している十人のフレンドだけだった。」
みつき「……」
篠原「そこで現れたのが、“Kaito”だ。」
みつき「南漓久さん……」
篠原「そういう事だ。」
みつき「でも、SoRaが鍵をかけてたら、Kaitoはダイアリーに入れないはずじゃ……。
どうやって、KaitoがSoRaと繋がってるって分かったの?」
篠原「分かったのは……ついさっきだ。
12月4日。
Kaitoの“ダイヤモンドダスト”の記事らしき投稿に、
SoRaが初めてコメントを残している。
Kaito側のダイアリーを見れば、それで確定だ。」
みつき「……どういうこと?
意味が分からない……!」
篠原「順を追って説明する。
俺がKaitoとSoRaが繋がりをもったのを認識したのは、
SoRaとKaitoがフレンドになった“後”、つまり、ほんのさっきの話だ。
で、SoRaのダイアリーを洗った。
フレンドは、直前まで10人。
その10人のうち、9人は最近まで継続してコメントを残している。
だが1人だけ、コメントが極端に少ないアバターがいた。
そいつを徹底的に追ったが、過去に1度だけコメントしている形跡がある。
……つまり、そいつは既存の10人の中の1人だ。
Kaitoじゃない。
ここでズレが生まれる。
コメントは10人。
だが、スタンプは11人分ある。
1人分、余ってる。
そして同時に、
SoRaのフレンド数が10から11に増え、
Kaitoのフレンド数が0から1に変わっている。
答えは簡単だ。
この“溢れた1人”
スタンプだけを残した存在。
それが、Kaitoだ。」
みつき「……でも、それが南漓久だっていう根拠は……?」
篠原「ダイヤモンドダストだ。
南漓久は、写真を撮る人間だ。
今はそれが高じて、映像関係の仕事をしている。
そして、本物の“ダイヤモンドダスト”の写真。
あれは、南漓久が中学生の頃に撮影したものだ。
父親がそれを作品として出展している。
その一枚がきっかけで、当時の空央は、漓久に強く惹かれるようになった。
……その場には、繭もいた。
つまり——
同じ瞬間に、双子が同じ人間を好きになったってことだ。
こういうケースはな、相手が親友でも姉妹でも大抵、ろくな結末にならない。」
篠原は、わずかに口元を歪める。
「南漓久の過去なんてのは、調べりゃすぐに出てくる。
……俺の捜査を、甘く見るなよ。」
みつき「あなたの情報力……警察の役に立てたりしないの?」
篠原「時には協力もするさ。
警察相手でもな。
俺には知り合いの刑事もいるし、
金になりゃ、基本なんでも調べる。
……それに今回は、優秀な相棒もいるからな。」
篠原は、わずかに笑った。
みつき「相棒?」
篠原「まぁ、その話はいいだろ。」
みつき「篠原さんに相棒がいたなんて、知らなかった。」
篠原「まぁな。でも、アイツがいなけりゃ、ここまでは来れてねぇよ。
……それより、みつき。」
みつき「なーに?」
篠原「今この瞬間も、空央は繭のアバターを攻撃してる。
SoRaは、ネバーランドの中で辛うじて持ちこたえてる状態だ。」
みつき「……そうみたいね。」
篠原「何が目的なんだ、みつき。
空央と無関係の人間が、
大金まで払ってこんな情報を集める。
そこまでして、アンタに何の得がある?」
みつきは少し俯き、静かに口を開いた。
みつき「……もしも、だよ?」
篠原「なんだ?」
みつき「空央さん……空央ちゃんが、昔……
私の命を救ってくれた恩人だったって言ったら?」
篠原「……なっ……」
みつき「だから、“もしも”って言ったでしょ?」
篠原「お前まさか……
空と繭が虐待されてた頃からの知り合いなのか?」
みつき「これだけは言っておくね。」
篠原「……なんだよ。」
みつき「空ちゃんは悪くない。
全部……
繭ちゃんが悪かったんだよ。」
篠原「……お、おい。
アンタ、本気で言ってんのか?」
みつき「空ちゃんは、もう充分苦しんだの。
だから……
早く助けてあげたい……」
そう言ったみつきの表情は、今にも崩れ落ちそうだった。
俺が最初に綾瀬みつきへ抱いた印象。
それは、極端に内気で、消極的な女というものだった。
南とはまた違うタイプの、人間不信。
だが、みつきの過去を調べても、決定的な問題は何一つ出てこない。
家庭環境にも異常はない。
普通の生活を送り、普通に育ってきた。
人間不信になる人間には、大抵、原因がある。
幼少期の環境。
いじめ。
ハラスメント。
裏切り。
喪失。
だが、みつきにはそれが見当たらない。
……いや。
俺が勝手に、“人間不信”だと思い込んでいただけなのか?
だが確かに、みつきは普通の人間より遥かにネガティブだった。
それは誰が見ても感じるほどに。
そして、さっきみつきは言った。
“空ちゃんは悪くない”
“悪いのは繭ちゃんだ”と。
ひょっとすると——
みつきは最初から、空と繭が双子の姉妹だと知っていたのか?
俺が最も不自然だと感じたのは、そこだ。
空央に双子の妹・繭がいる。
その事実を伝えた時、みつきはほとんど反応を示さなかった。
しかも、繭を調べようともしない。
明らかに、空央だけへ執着している。
みつきと空央。
いや、“空”だった頃の空央との関係。
こいつが言う、“命の恩人”という言葉。
その理由が、そこにあるのか……?
……今は、下手に聞かない方がいい。
篠原「みつき。
アンタは、これからどうしたい?」
みつき「……このまま調査を続けて。
篠原さん。」
篠原「いいのか?こんなやり方で。
本当はアンタ自身、空央に直接やらなきゃいけない事があるんじゃないのか?」
みつき「篠原さん……今の私を見て。」
みつきは、自分の腕に視線を落とした。
みつき「ここは病院。私は病気。
……今は、篠原さんにお願いするしかないの。」
篠原「みつき……」
みつき「お願い。
壊れそうな空央ちゃんを、助けてあげて……!」
そこまで言うと、みつきは涙を流しながら崩れるように泣き出した。
篠原「……分かったよ。
出来る限り、続けて調べてやる。」
みつき「……うん。ありがとう……篠原さん。」
篠原「気にすんな。アンタが何を抱えてようが、俺には関係ねぇ。」
みつき「……それより篠原さん。安藤って刑事が、どうして空央ちゃんを?」
篠原「依頼主のアンタにこんな事言うのもなんだが、俺には警察のコネがある。それは前に話したよな?」
みつき「うん。」
篠原「長く付き合いのある刑事がいる。
東都渋谷署捜査一課の、芹沢って人だ。」
みつき「その人が?」
篠原「俺は南漓久を調べるために、ツインライトプロダクションを張ってた。
その時、場違いなくらい気合いの入ったスーツ姿の女を見かけたんだ。」
みつき「……それが安藤さん?」
篠原「ああ。前に署へ情報を流しに行った時、一度だけ見たことがあった。
新人刑事なのかは知らねぇが、不審がった俺にすげぇ勢いで噛みついてきてな。
気の強い女だったから、よく覚えてる。」
みつき「でも、どうしてツインライトプロダクションを?」
篠原「そもそも、芹沢さんの話じゃ、安藤の所属はネット解析班、つまり、サイバー犯罪対策課だ。」
みつき「サ、サイバー犯罪対策課……?」
篠原「ああ。
だからこそ不自然なんだよ。
映像会社なんて、本来あいつの担当領域じゃない。
警視庁には捜査支援分析センター、SSBCがある。
映像データの解析なら、そっちで事足りるはずだ。
なのに安藤は、ツインライトプロダクションの周辺を張っている。
しかも、中へ入る様子もない。
どっちかと言えば、誰かを待ってるように見えた。」
みつき「……誰かを、探してる?」
篠原「おそらくな。
そして、もし安藤が狙ってる人物がいるとしたら、桜沢空央だ。」
みつき「空ちゃん……?」
篠原「ああ。空央は、まだ入社したばかりだ。
社員相手なら、会社を訪ねるなり方法はいくらでもある。
だが、入社したての新人に不用意に接触すれば、相手に警戒される可能性が高い。
安藤ほどの人間なら、そんなリスクは取らないだろうな。」
みつき「た、確かに……。」
篠原「だが、俺が警戒してるのはそこだけじゃない。」
篠原の目が、わずかに鋭くなる。
篠原「安藤は、おそらく、SoRaの存在を知ってる。」
みつき「……え?」
篠原「SoRaのフレンド10人を洗った時、
その中に、妙に警察臭い書き込みをするアバターがいた。」
篠原「名前は——“KoYuKi”。」
みつき「篠原さん、ひとつ疑問が!」
篠原「ん?なんだ!」
みつき「SoRaは2000人のフレンドの中から10人だけを残し、ダイアリーもコメントも全て削除して鍵を閉めたんだよね?どうして篠原さんはそこまで分かったの……!?」
篠原「不思議だよな……本当に不思議だよ!SoRaは最近フレンドになったばかりの俺のアバターを10人の中に残したんだよ!」
みつき「な……なぜ……!」
篠原「こればかりはSoRaに聞かなくちゃわからないな。」
みつき「なぜ……なぜなんだろ!SoRa。いや、繭ちゃんの思考がわからない……」
篠原「だよな、まぁそれは今考えても仕方ないことだ!」
みつき「うん!で、怪しいKoYuKiというアバターが安藤刑事だと?」
篠原「あぁ、間違いない。
コメントに残された言葉の選び方。
言い回し。
妙に理詰めな観察癖。
あれは刑事の文章だ。」
みつき「でも、それだけじゃ……
安藤刑事が空ちゃんを張り込む理由にはならないよ?」
篠原「ああ。だから、ここから先が重要なんだ。」
篠原は静かに息を吐いた。
篠原「俺、さっき言ったよな?
安藤は刑事。
しかも、サイバー犯罪対策課の人間だ。
つまり、ネット解析の専門家ってことだ。」
みつき「……!」
篠原「SoRaを攻撃した相手の痕跡くらい、本気を出せばすぐ追える。
IP、アクセス履歴、接触ログ……
そういう類の解析は、あいつの領分だ。」
みつき「じゃあ……
SoRaが繭ちゃんだってことも、分かるんじゃ……?」
篠原「……それは、どうかな。」
みつき「ど、どういう意味……?」
篠原は、少し真顔になる。
篠原「繭は——
SoRaは……
たぶん、安藤ですら辿り着けない。」
みつき「な、なんで……!?」
篠原「……ここから先はな、みつき。
踏み込んじゃいけない領域だ。」
部屋の空気が、一瞬で冷えた。
みつき「……いったい、何があるの……」
篠原「とにかく、安藤は油断ならねぇ。
新人だが、相当出来る。
芹沢さんもそう言ってた。」
みつき「……南漓久さんって人は、何も知らないのかな。」
篠原「なぁ、みつき。」
篠原は、みつきを真っ直ぐ見つめる。
篠原「お前——
南漓久と知り合いなんじゃないのか?」
みつき「!!…………」




