Vol.043【サスピシャス・マインド】
何故か久しく話してないような二人からの連絡に、安堵する俺が居る。
なぜこんなにも人と接することが暖かいと感じるのだろう。
身近にいた者が急に居なくなった悲しみ。
それが例えどんなに狂った者だったとしても。
愛のせい。
それは愛のせい。
愛は時に人を苦しめ、そして破滅へと向かわせる。
俺はそんな「愛」と呼べるものが大嫌いだった。
俺も桜沢と同じようなものだ。
だって俺も……確か……
「はっ!!俺は今、何を考えていたんだ……」
微かな記憶が蘇るのがとても怖い。
なぜ俺はこんなにも愛に対して恐怖感を味わうんだろうか。
沙羅「ねぇ!大丈夫?漓久の会社、大変だよね!」
沙羅もLINEで心配してくれてる。
いつもお節介で余計な一言が多い。
人を苛立たせるのがとても上手い沙羅。
あれから沙羅は知り合いの男とはどうなったんだろう。
みつき「漓久君?ずっと心配してるんだ……社員さん、気の毒だったね……元気出してね」
みつきも相変わらず面倒なガラケーメールか。
いつも物静かな奴で、いるのかいないのかわからない。
みつきも体が弱く、入院もしていたみたいだ。
人の心配より自分の心配だ。
とりあえず事情聴取だ。
これに行かずに消えたら、犯人は俺だよな。
出頭……任意だが嫌な言葉だぜ。
2017年4月6日(木) PM12:15
出頭するやいなや、安藤が待機していた。
朝、初めて会った顔なのに、もう何年も見ているようにも感じる。
安藤「ご苦労様です」
漓久「俺も朝から色々聞かれて参ってるんだ!早く終わらせてくれよ?」
安藤「それはあなた次第ですから」
漓久「ったく若いのに可愛げがない……貫禄からすると30歳前後だよ!」
安藤「失礼ですね……あなたと同じ23歳ですから!関係ないお話はここまで!こちらへどうぞ」
漓久「俺の歳も把握済みか……しかし、刑事ってのは冷酷だな!」
安藤は無言だった。
漓久「無視かよ……」
安藤「ここにお座り下さい」
漓久「なんだよこの部屋!!テレビでよく見る取調室みたいだよな!」
安藤「取調室ですから」
漓久「は?本物の取調室?なんでよ!?」
安藤「普通そうなんです」
漓久「全く、本格的な容疑者じゃないかよ……」
安藤「いいですか!?あなたの立場、今一番危ないんです!お分かりですか?任意でも警察としては応じていただかねばいけないんですよ!!」
漓久「まぁ、桜沢とは事件の数時間前までは話していた訳だし、仕方ないと言えば仕方ないけど……俺はやっちゃいねぇよ!」
安藤「その話はあとで……まずこれを見てください」
漓久「は?ってこれ……俺の……」
安藤「ネクタイ……空央さんの部屋から発見されました!」
漓久「は!?え!?どうして……」
安藤「こっちが聞きたいんですよ!」
漓久「わかんねぇ!!俺は知らねぇ!!!」
安藤「一人暮らしの女性のマンションに男性のネクタイ……考えられることは?」
漓久「な、なんだよ……」
安藤「ネクタイを外して放置!男性はかなりリラックスした状態だった……」
漓久「知らねぇって!!同じネクタイしてる奴が他にもいるかもしれないだろ!仮にそうだとしても、そんなものを忘れるわけがねぇ!!」
安藤「はい!忘れませんよね?普通は!」
漓久「だいたい俺は桜沢の自宅なんて知らないんだよ!5日前に新入社員として入ってきた桜沢の自宅を、その期間に知ることができりゃ、それはそれで凄くないか!?それに俺は女に興味がない!」
安藤「へぇ〜!女性に興味がない!?あなた、ひょっとして!!」
漓久「え!?何を勝手に想像してんだよ!」
安藤「MTF……考えられなくもない」
安藤「空央さんみたいな素敵な女性にあれだけ思われたら、大抵の男性は落ちるんじゃない?」
漓久「は!?違う!俺は本当に違う!なぜか知らないけど本当に女性が嫌いだ!」
安藤「なぜか知らない?」
漓久「あぁ。けど不思議なもんだ!」
安藤「何が!?」
漓久「アンタが男勝りなのか、女性に見えないのか知らないが、不思議にアンタには俺のツレのケンジみたいに話せる!」
安藤「な……男勝りだって!?大概あなたは口の利き方を知らなさそうね!」
漓久「あれ?怒ったか!?優秀な女刑事さんもそんな顔したら美人が台無しだぜ?まぁ、俺にはアンタが幼なじみのケンジみたいな顔に見えるがな(笑)」
安藤「あなたを絶対逮捕してやる!私をナメたらどうなるか思い知らせてやる!」
漓久「やってみなよ!俺は何もやってないし、誤認逮捕なんてしたら、安藤さんの顔に泥を塗ることになるよ?」
安藤「減らず口も今だけだから」
漓久「ほぉ。あのネクタイはやっぱり俺のものだと思ってるんだな」
安藤「そうね。あなたの挑発に乗って、私も理性を失うところでした。数々の御無礼な発言、失礼しました」
漓久「調子くるうよ……急に」
安藤「質問の続きを話させていただきます。あなたは先程、このネクタイは自身のものではない!とおっしゃいましたね?」
漓久「あぁ、確かに言った」
安藤「実はこのネクタイにはアルコールが付着。度数の強いテキーラだと判明」
漓久「テキーラ?」
安藤「はい。で、そのテキーラがこちら!ミクスト。あなたが愛飲されてるお酒です。昨日の犯行時間前に空央さんは誰かと飲んでいたと思われます」
漓久「俺は知らない!!俺はさっきから言っているが、桜沢の自宅を知らない!!」
安藤「何とでも言えます。不思議ですよね?どうしてあなたのネクタイが空央さんの部屋にあったのか」
安藤「行かれました?」
漓久「行ってない!!その時間、俺は……俺は……疲れて寝てしまったんだよ!!」
安藤「どこで?」
漓久「家だよ!!」
安藤「だれの?」
漓久は言葉を失った。
安藤「さて、ここから本題に入りましょうか、南さん!」
漓久「本題って……」
安藤「あなたの幼少期、小学生、そして中学生時代の過去を調べさせていただきました」
漓久「なんだよそれ!!」
安藤「あなたは昔、とても明るい子供だったみたいですね」
漓久「はっ、どうせ親父から聞いたんだろが。優秀な仲間がいてアンタも心強いな!」
安藤「ですね。情報は全て私に集められるので、なぜか」
漓久「なぜか?安藤さんも若いのに大したもんだ!」
安藤「ありがとう。でもお世辞はいらないから!」
漓久「アンタ、恋人いないだろ!」
安藤は一瞬、言葉を詰まらせた。
漓久「ん?その顔はいないね!わかるよ!」
安藤「あなたってホントにデリカシーのない人ね!私はね、警察の仕事一筋でやってきた人間なのよ!恋とか愛とか、そんなくだらないものに興味はない!!」
漓久「ずいぶんムキになるんだな……悪かったよ」
安藤「いいわ。お話の続きを」
漓久「どこまで話した?」
安藤「中学生になるまでは、あなたはとても明るい子供でしたね。よく話し、よく笑った」
漓久「みたいだな」
安藤「でもある日、なにかがあなたを変えた」
漓久は息を呑んだ。
安藤「例えば小さな恋……とても小さな恋」
漓久「は!?」
安藤「今から言うことをよく聞いてくださいね」
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あなたが思春期の頃、
ある女の子を純粋に好きになってしまった。
毎日毎日その子を見るだけの生活に満足していた。
それはとても小さな恋から始まり、暖かい愛の始まりでもあった。
でも純粋なあなたは、その女の子にどうしても言わなくてはいけないことがあった。
理由は何かはわからない。
でもそれはあなたにとって、とても悲しくて辛いこと。
あなたのその小さな恋は、あなたが言った別れの告白と共に大きな大きな腫瘍となり、心を蝕んでいった。
自分を責め、女性を嫌いになることで、あなたは罪の意識から逃れようとした。
そして日に日に自分の殻に閉じこもるようになり、極度の人間嫌いになってしまった。
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漓久「だ、誰からその話を……」
安藤「さぁ、誰からですかね。あなたをよく知る人からの情報ってことにしておきます」
漓久「俺をよく知る?何でもかんでもよく喋る身内だな……」
安藤「聞いた話から様々な推測をし、あるストーリーも立てていきます。私は犯罪行動科学、いわゆるプロファイリングもしますから。だから警察を甘くみてもらっちゃ困ります」
安藤「特にこの私を」
漓久「ぐくっ……」
安藤「そしてもうひとつ!今から大事なお話をしますね」
漓久「あんた……怖いよ……」
安藤「よく言われます(笑)」
漓久「で?その大事な話は?」
安藤「解離性健忘。あなたは中学生の頃、一度、記憶が飛んでしまうパニック症状に陥り、救急病院に運ばれています!!その記憶喪失の時間は、なんと1時間!」
安藤「診療履歴、見ます?」
漓久は言葉を失った。
安藤「ではお聞きします!」
漓久「な、なんだよ!!」
安藤「これまでに、自分が知らない間にある場所にふと居た……という経験がありますか?」
漓久「そんなことがあるはず無い!けど酒を飲んで酔いつぶれたら、誰でもそういう経験あるだろ!」
安藤「お酒を飲んだら……の話をするんですか?」
漓久「言ってる意味がわかんねぇ!!」
安藤「じゃあこの方、ご存知ですか?」
安藤は冷たい笑みを浮かべ、ある男の写真を俺に見せた。
安藤「わからない?」
漓久「誰だ?これ!?」
全く俺の身内にはいない顔だった。
しかしどこかで見たこともある顔だった。
どこだ?
安藤「そうですか……じゃ、この写真は?」
その写真を見たとき、俺は背筋がゾッとした。
何か冷たいものが体を這う感覚。
その写真の男と俺が、どこかの店で楽しそうに飲んでいる姿。
全く覚えがない。
漓久「なぜ……俺が……知らない奴と……」
安藤「私も、あなたとこの男が仲良く飲んでいる写真だけなら何も聞きませんよ!ただ一度会い、昔の写真であるなら、記憶がないのも頷けるし、覚えているわけもない!」
漓久「どういう意味だ!」
安藤「空央さんのアルバムから出てきたんですよ。この写真が」
漓久「なんだと!?なぜそんな写真を桜沢が……」
安藤「しかも……です」
漓久「な、なんなんだ!背筋が凍りつく!怖すぎる……」
安藤「この男は数ヶ月前にあなたの会社の撮影部に短期で派遣され、4月4日……2日前に神奈川県の山林深くに死体遺棄されていた。つまり、あなたの周りで二件の殺人事件が起こっているんです!しかもあなたは、この両者に関連する一部の記憶を無くしている!!この状況に何か説明できることはありますか?」
漓久「俺は知らない!!俺は……」
安藤「私は、まずあなたが本当に記憶障害なのかを明白にしたい。あなたがもしどちらかの事件にも関与していないのなら、記憶障害ではないという証拠を見せて下さい」
漓久「証拠なんてどうやって見せるんだよ!!アンタらは俺を容疑者として決めつけてるじゃないか!」
安藤は何も答えなかった。
その瞬間、俺は安藤の異変に気づいた。
冷え切った視線の奥で、何かを必死に伝えようとする意志が、確かに揺れていた。




